変わる日常と心模様
翌日、二人で登校して、いつも通り校門前で銀次の知り合いに朝の挨拶をすることにしたのだが、少し様子が違うようだ。
「よう、髙城おはよう」
斎藤を見つけたソラが挨拶しようとすると、先に挨拶をされて出鼻をくじかれる。
「お、おはよう?」
「なんで疑問形なんだよ」
銀次がツッコみを入れるが、ソラにとって銀次以外に相手から挨拶をされるということはあまりない経験で戸惑ってしまう。
「テスト見たぜ。一位だってな。お前頭いいんだな」
「え、あ、うん。えへへ」
緊張しながらもニヘラと笑うソラに斎藤は沈黙する。
「……じゃあ、俺教室に行くわ」
そのまま斎藤はギクシャクと不自然に手と足を同時に動かして下駄箱に向かう。
「なんだあいつ?」
「部活で筋肉痛なのかもね」
そのおかしな様子に二人して顔を見合わせ首を捻るのだった。その後も、男子達からテストのことを褒められその都度、照れながらソラは受け答えをしていく。中には、銀次の知り合いではない男子の姿もあった。
「ほんとに校門前で挨拶しているよ……お前、テスト一位の髙城だろ?」
「だ、誰? 銀次!?」
知らない人だとさらに挙動不審が加速するソラを見て銀次は苦笑する。
「知らねぇよ。テスト結果見ただけだろ。俺は桃井 銀次よろしく」
悪人面なのに、どこか人なつっこい笑みで銀次が男子に挨拶する。
「あぁ、3組の吉田だ。テストで2位だった男だよ。問4の応用問題よく解けたな。あれ国立大学入試レベルの図形問題だぞ」
「数学は割と好きで、とくに図形は美しい……から。ロボ的なニュアンスとかあると思うし」
銀次以外とはまだ目線を合わせられず、俯きながら、それでもちゃんと話せることはソラにとって成長だった。
「なんだそれ?」
「はは、変わった奴だろ? よろしく頼むぜ」
銀次がソラの頭をワシワシと撫でると、目を細めて気持ちよさそうにされるがままのソラ。
どことなく猫っぽい。
「悪い……どうだろうな? 俺、来年は学生会に入りたいから……」
暗に副会長である愛華側であることを、言葉を濁しながら伝える吉田に銀次は笑みを崩さない。
「ありがとな」
「え?」
「そんな立場なのに、わざわざ話してくれてよ。ほら、アイドル様や取り巻きが来る前に行きな。今なら取り巻きになんか言われても、嫌みを言ったとか言い訳できんだろ」
「……お前も変わってんな桃井」
「銀次でいいぜ」
吉田を見送って、銀次はソラを見る。
「話せるようになってきたじゃねぇか。見違えたぜ」
「銀次がいるからだよ」
「なぁに、すぐに一人でも大丈夫さ。お前ができる奴ってのは知ってたからな」
ソラは銀次を見上げる。
「一人でできるようになっても、銀次は傍にいてくれる?」
言葉はわずかに震えていた。誤魔化し切れない不安とこの関係の変化に対する恐怖。だけれども銀次はそんなものを吹き飛ばす。
「あったりまえだろ。なんだ、そんなこと心配してたのか? 俺はお前のこと親友だと思ってんぜ」
ここまでが限界だった。思わず滲む視界を誤魔化す為に俯いて。
「トイレっ! 時間だから先に教室行ってて」
「お、おう。我慢してたのか?」
返答せず走り出す。生徒会室横の備え付けの共用トイレに入った。
「……銀次はずるいなぁ」
とーんと腑に落ちた感情は、ジワジワと染み出して涙になって溢れて止められない。
というかこんなの無理じゃない? 一番辛い時に助けてくれて、カッコよくて、可愛くて、『私』が歩き出すことを手伝ってくれて……そんなのずるい。
「親友じゃ、我慢できないよ……」
そう思ってしまった。言われた時、嬉しかったのにその先求めてしまった自分に気づいた。
広がっていた感情がギュと絞られて形になる。
「好きだよ、銀次」
形にした言の葉は、あまりにも弱弱しく、しかしはっきりとソラ自身に響いた。
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