だが男だ!!
自転車に二人乗りでソラの家へ着くと、銀次は一階の作業部屋へ通される。
「さ、最終確認してくる。絶対に覗いちゃダメだからね」
「お、おう。お構いなく」
謎に興奮気味なソラの勢いに押されながら、作業部屋の椅子に座る。
「……あいつ、何枚描いてんだよ」
棚に積まれたスケッチブックは数十冊はくだらない。飾られることもなく完成済みのキャンパスが部屋の隅に重ねられ、ゴミ袋を見れば絵具や画材のゴミがパンパンに入れられている。床の油汚れは掃除を繰り返した結果、シミを取ることを諦めたようだ。
想像もつかない莫大な時間をたった一人で過ごしてきたことがわかる。一体どんな気持ちでこの部屋で作業をしていたのだろうか。銀次はその時間に想いを馳せる。ふとまだ新しいキャンパスがスタンドに建てられていたことに気づいた。白く何も描かれていないキャンパスの前の小さな椅子に大股を開いて座る。
「……」
コンクリ造りの冷たい壁に囲まれた静かな世界。これがソラの望む世界なのだろうか?
銀次にはまだわからない。ただ、それはとても神聖なものに感じられる。ガラスのように脆く、狂気じみた深みをもったこの場所に気後れしそうになる自分に銀次は喝を入れた。
「ビビってんじゃねぞ、桃井 銀次。俺はソラを幸せにするって決めたんじゃねぇか」
目に映る白いキャンパス、この世界に踏み込む時がいつか来るのだろう。それはソラを傷つけることになるかもしれない。ただ、ソラが求めているのならば絶対に裏切らない。他ならぬ、己にそう誓ったのだ。気合を入れ直した銀次の後からバタバタと湯気を出すかのように上気したソラがやってきた。
「お、お待たせ。多分大丈夫……何も描いてないキャンパスなんか見てたの?」
「あぁ、いいもんだな。向き合うってのは」
「……どゆこと?」
「こっちの話だ。今度、ソラが絵を描くところを見せてくれよ」
「えぇ……退屈だよ?」
「見たいんだよ」
やや強引な銀次のお願いに、ソラは困惑しながら頷いた。
「銀次ならいいけどさ。それよりもあがってよ」
「そうだな、邪魔するぜ」
気持ちを切り替えて銀次が階段を昇ると、鍵のかかる木製の扉がある。その横には靴箱が置かれていた。
「作業場は靴を履くから、ここからは靴を脱いでね」
「慣れねぇ造りだな」
靴をしまい、ソラが扉を開ける。
「へぇ、ずいぶん印象が変わるな」
「そ、そうかな?」
広いリビングだった。一階と違い白い壁紙で統一されており、床も木の床だ。
印象的なのは入って左側を占拠している大きな本棚で、パッと見たところ画集や絵にまつわる書籍がみっちりと入れられていた。部屋の中心にはゴツイつくりの机があり、その横にベッドにもなりそうなソファーがある。奥はキッチンになっているようだ。
「……キッチン見てもいいか?」
「えっ? いいけど」
料理男子である銀次による台所チェックが始まった。一階での悩みなんてどこかへ行ったかのように目を輝かせる。
「最新のヘル〇オがあるじゃねぇか! くっそ、ローストビーフが作りてぇ」
「あぁ、美味しいよね。よく作るよ」
「調味料も揃えてんだな。見たことねぇスパイスがあるぜ」
壁に固定するタイプの棚には20種類近くのスパイスの小瓶が並べられている。
調理道具も手に届く範囲に置かれており、普段から料理をする人間の台所だということがわかる。
「つい揃えちゃうんだよね。絵具みたいに抜けがあると落ち着かないんだ」
「わかりみが深いぜ」
「わかりみ? それよりも勉強をしようよ」
「……そうだな」
「アハハ、なにその顔。お預けされた犬みたい」
名残惜しそうにヘル〇オを見つめる銀次を見てソラは、我慢できないと吹き出す。
「オーブンに憧れてんだよ。これ、あれだろ? 水で揚げ物とかできんだろ?」
目をキラキラさせる銀次を見て、ソラは思わず背伸びして銀次の頭に手を伸ばした。
「できるよ、普通に揚げるより時間がかかるけど。あぁ、もう、銀次は可愛いなぁ」
「やめろ、撫でるなっ」
「いいじゃん、いつもボクが撫でられてんだからさ」
「……確かにそうだな」
「納得しちゃうんだ……」
そのまま腕を引かれ、銀次は机に座らさせられる。
「参考書を持ってくるよ。ついでに部屋着に着替えてくるね」
上の階がソラの部屋になっているのか、階段を上るソラを横目に銀次は鞄から教科書を取り出す。
「おう、先に範囲を復習しとくぜ」
数分後、ソラが上から降りてくる。
「お待たせ、どの参考書がわかりやすいかな?」
「いい感じに脳みそが温まってきたところだ……が」
ソラを見た銀次がフリーズする。ソラの恰好はダボダボのシャツに短パンと言った格好だが、真っ白な手足には毛の一本も生えていない。眼鏡を外した線の細い顔から首のライン、さらに大き目のシャツから覗く鎖骨はコケティッシュな魅力を放つ。
「……ど、どうしたのかな?」
少しソワソワとしているソラは銀次からの言葉を待っているようだ。何かを期待する眼差しを向けている。
「あれか、『だが男だ』って奴か。初めて見たぜ」
「……銀次ってたまに意味わからないことを言うよね」
お互い噛み合わず、ガクリと肩を落とすソラなのだった。
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ジャンル違いではありますが、ハイファンタジーでも連載しております。
作者自身は面白いものを書いていると本気で信じています。下記にリンクを張っていますので、もしよろしければ読んでいただけたら嬉しいです。
『奴隷に鍛えられる異世界』
https://ncode.syosetu.com/n9344ea/




