今から飯なんだ
午前の授業が終わった昼休み、地味に弁当系男子である銀次が同じく弁当を持ったソラと二人で食堂へ向かおうとすると、教室の入り口で愛華が立ちはだかった。いつもの取り巻きはおらず、珍しく一人だ。
ソラを庇うように銀次が前に出て、愛華を正面から見据える。大抵の女子はこれだけで怖がる者だが、愛華は不敵に微笑む。
「なんだ? 今から飯なんだが?」
「お弁当なのね、都合がいいわ。よかったら話をしない? 生徒会室が空いてるの、当然来るわよね」
銀次の後ろでソラがギュっと服を握った。
「理由がねぇな。悪いが、俺はアンタが嫌いだ」
「……?」
愛華がパチクリと目をしばたたかせる、純粋に驚いているようだ。
予想外の反応に銀次も敵意を透かされてしまう。数秒間、銀次の言葉を咀嚼してようやく愛華はその内容を理解する。
「私にそんなこと言う人初めてね。……私もあなたが嫌いになりそう」
そして、そのまま張り付けた笑みで蛇のように銀次を睨む。そんな表情すら容姿の整った愛華がすると絵になるのだから、世の中不公平だなと銀次は思う。ただ生理的な嫌悪感はぬぐえない。例え、どれだけ美人だろうが、ソラにしたことを銀次は許すつもりはなかった。
「よかったぜ。それなら、俺達は一緒に飯を食べなくていいというわけだ」
「……そうね、今日は止めときましょう。次はアナタから誘ってね。桃井 銀次君」
ねめつけるような視線を受け止めつつ、銀次は睨み返す。
「そんな機会はねぇぞ」
「どうかしら。ねぇソラ?」
呼ばれてビクリとソラが体を震わせる。休日に投げかけられた言葉の毒はソラの心の深い所に染み込んでいる。
「……」
「髪を切ったのね……私は切るなと言っていたのだけど」
銀次は無言のままだった。ソラは銀次を見て、服をもう一度掴みながら愛華を見た。
「ぼ、ボクはもういらないんでしょ。それなら自由にしてもいいじゃん」
ニヤリと笑う銀次、些細であろうとこれは反抗だ。恐れながらでも、その意思を見せたソラに心の中で賞賛を送る。
「……今更、中途半端にそんな恰好してどうするの、気持ち悪い……桃井君もそう思うわよね?」
ソラの反撃を交わすように、愛華は銀次に一歩体を寄せる、ふわりと靡く銀髪、鼻腔をくすぐる甘い香り、あざとい表情。だが銀次は近くで見た愛華のすました表情の中に強い苛立ちを感じ、ざまぁみろとほくそ笑んだ。ちなみにその感情はありありと表情に出ており、普通に悪人顔だった。愛華は再び驚く、男子にこの距離まで近づくと大概の相手は照れるか鼻の下を伸ばすが、銀次はあろうことか嘲る表情でこちらを見ているのだ。
「思わねぇな? なんだ、構って欲しいのか? 残念だったな」
銀次は背中からソラを前に押し出して、頭をポンポンと叩く。
「わっ、ちょっと銀次」
「くだらねぇ問答をしている暇はねぇよ。いくぜソラ」
そのまま、ソラを連れて愛華の横をすり抜け食堂へ向かう。数秒進んだタイミングで銀次はソラに話しかける。
「おい、ソラ。こっそり後ろを振り返ってみろ」
「えっ? いいけど」
わずかに体を横に向けて、一瞬ソラが振り返る。
取り巻きが集まりつつある愛華は爪を噛み、眦を吊り上げて苛立ちを必死に抑え込んでいた。
「わっ、怒ってるよ……久しぶりに見た」
「アッハッハ、そりゃあ良かった。今日明日くらいはお互い嫌がらせに注意しとこうぜ」
楽しそうにする銀次を見ていると、心が温かく不安と向き合うことができる。だからこそ、申し訳ないと言う気持ちもある。
「銀次、ごめん」
「はっ? 何がだ?」
「だって……ボクのせいで嫌がらせとか……」
横目でソラが銀次を見ると、銀次はニカっと気持ちよく笑った。
「弁当」
「え?」
「おかず交換しようぜ。俺のベーコン巻きは旨いぞ」
ソラは目をギュッと閉じて、プルプルした後、銀次の背中を叩く。
「じゃあ、から揚げあげる」
今はただ銀次の優しさに甘えているけど、いつかきっと……。ソラは銀次を見てそう誓うのだ。
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ジャンル違いではありますが、ハイファンタジーでも連載しております。
作者自身は面白いものを書いていると本気で信じています。下記にリンクを張っていますので、もしよろしければ読んでいただけたら嬉しいです。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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