あるカップルの自堕落な休日
「……なんか描きたい」
デートの翌日。幸せな気分のままベッドに入ったソラは起きてすぐにそう呟いた。
寝ぼけたままパジャマを脱ぎ捨て、Tシャツと短パンに着替えて二階へ降りる。冷蔵庫から牛乳を取り出して一気飲みして目を覚ました。洗面台の前で歯磨きと洗顔、しっかりと肌のケアもして最後に頬をペチと叩く。トーストにサラダとオニオンスープといった簡単な朝食を済ませた後は、収納から掃除機を取り出して居間の掃除を始めた。
ハウスキーパーでも入れればいいのだが、人見知りである為にプライベートな場所に他者を入れるのは強く抵抗がある。自室と作業場がある一階は物が散乱している分、生活空間である二階はしっかりと掃除をするのがこだわりだった。銀次が来るようになってその傾向はより強まっているようだ。
掃除で汗を掻いたので、掃除したばかりの浴室でシャワーを浴びて下着に大き目のシャツだけを被りながらソファーに倒れ込みスマホの画面を操作する。
『銀次、今何してる?』
『朝トレ。そっちは?』
『なんにも、絵を描きたいけど。何描くか考え中。電話していい?』
メッセージと一緒にロボスタンプを送ると、すぐにスマホが鳴り始める。
『よぉ、昨日振り』
『声聞きたくて電話しちゃった』
『そんなら、そっち行ってもいいか? 今日はテツが勉強してっからよ。ノートパソコンで作業させてもらえると助かる』
『いいよ。じゃあ、ボクはスケッチしちゃおう。待ってるね。お昼、何がいい?』
『たんぱく質って感じのやつ』
『あはは、何それ。待ってるね』
『シャワー浴びていくからのんびりでいいぞ。買うもんあったら連絡くれ』
『了解』
連絡を終わらせて、ソファーから起き上がる。
「鶏肉あったかな? っとその前に下履かないと」
下着姿にシャツのみの格好を見下ろして自室に着替えを取りに行く。
「あっ、そうだ。あれ描こう!」
頭の中で描きたいモチーフが思い浮かんだ。刺さった小骨が抜けたように晴れやかな気分だ。
調理の仕込みをしつつ一階の作業場に冷房を入れて準備していると、思ったよりも早く銀次が来た。
念のため、扉を開ける前に鏡で姿を確認してから銀次を迎える。
「よぉ、会う予定じゃなかったのにすまんな」
強面に優し気な笑みを浮かべる銀次を見て、家に引き入れるととりあえず抱きしめる。
「おい、自転車こいでたから汗かいてるって」
「……もうちょいこのまま。昨日のこと思い出しちゃった。デート楽しかったね」
「だな」
なんだかんだ銀次もソラの頭を撫でて返す。ずっとそうしているのも暑いので、二階に荷物を置いて昨日の映画の感想を言い合いながら一階へ戻る。作業場に入るとソラはナイフを取り出して鉛筆を削り始め、銀次は作業机の物を移動させてそこでノートパソコンを広げた。
冷房の音とキーボードを叩く音、そこに鉛筆を削る音が少しだけ混じる。
「~♪」
鼻歌を歌いながら、芯を長めに露出させた鉛筆をそっとスケッチブックに乗せる。
銀次が画面から顔を上げると、ソラはイーゼルの前に何も置いていなかった。猫背の前かがみ、ヘーゼルアイを細めて前髪がかかるのも全く気にしない。鉛筆という彫刻刀が白いスケッチに吸い込まれてソラの頭の中の形を白から削り出していく。
銀次は、そっと画面を保存して頬杖をつきながらソラを見ていた。
昔、溶接をする父の背中を見ていた時のように。理解できなくても見逃したくなかったから。
真剣に取り組む人は美しいと心から思うから。
タイピングの音が消えて、二人の息遣いと鉛筆を滑らせる音がよく聞こえる。二人だけの音が心地よかった。
鉛筆でのスケッチを終えたソラが息を吐いて背伸びをして、横を見て銀次と目が合う。
「……どしたの?」
子猫が警戒する時のように、目を真ん丸にするソラを見て銀次は立ち上がってスケッチブックを覗き込む。
「何描いていたんだ?」
「昨日の映画館だよ。もぎりがめっちゃ刺さったんだよね。あの階段を降りた光景の配色とか光の差し込みとか凄く印象的だったし、どう描くか考えるの楽しかった。折角だから色も付けたいな」
「いいんじゃねぇか。完成が楽しみだ」
「どうしよっかなー。折角だしこのままノリで描き切りたい。そうだっ、クレヨンにしよう」
「そんなのもあるのか?」
「ボクは結構好き。たまーにめっちゃいいやつを買っちゃうんだよね」
ニヤリとなぜかドヤ顔のソラ。
「高いクレヨンってなんだよ?」
「後で見せたげる。その前に、お昼食べよ。ヘ〇シオ先生に鶏胸入れているから、ネギダレで食べようよ」
「いいなそれ。準備手伝うぜ。座りっぱなしで体が縮こまっちった」
二人で並んで階段へ向かう。
「銀次は作業進んだ?」
「……全然だな」
「え? 何やってたのさ?」
ジト目で睨みつけるソラに銀次はそっぽを向いて
「優雅な休日ってやつだ」
と嘯く。
「なんならボクが尽くしてあげるから、自堕落な休日にしようよ」
「遠慮するぜ。昨日ソラに甘やかされたような気がするしな」
「むー、それなら、後で銀次もクレヨンで色付けてみてよ」
「折角の絵がダメになるんじゃないか?」
「えー、絶対楽しいよ。お互いに指定した色で塗っていくとか」
「難しすぎるだろ。でも、ソラが良いって言うなら挑戦してみるのもいいかもな」
「やったっ! 絶対いい絵になるよ。じゃあ銀次は白色でよろしく」
「絶対難しいだろ!」
そんなことを言いながら、二人の休日は賑やかに過ぎていくのだった。
次回は多分月曜日更新です!
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