不器用な感情:後編
お知らせがありますので、後書き、そして活動報告を読んでいただけると嬉しいです。
事務所から出た銀次が外へ回って周囲を見渡すが誰もいない。そのまま工場の方へ歩いていくと自動販売機とベンチが備え付けられている喫煙所が見えて来た。そこには金光社長が座っていた。
「よぉ、呼び出してすまんな。一本いくかい?」
差し出された煙草の箱を前に銀次は首を横に振った。
「俺、まだ高校生なんで」
「そうか、老けてんなぁ。じゃあこっちか」
懐から取り出された缶コーヒーを受け取って銀次が横に座る。
「……」
「……」
幾分かやわらいだ日差しに紫煙が揺れる。ちびちびと銀次がコーヒーを飲んでいるとポツポツと金光社長が話し始めた。
「銀次。金一は元気か?」
「親父なら九州で仕事終わらせて近々帰ってきますよ。ここにも挨拶しに来ると思います」
「そうか……」
「……」
「……」
再びの無言。金光社長は灰皿に煙草を押し付けて火を消した。
「美沙のよぉ。まぁ、あの事業はどう転ぶかわからんが、若いもんが新しいことをするのはいいことだ。今は会社に体力もあるし、そういう時になんかしないといけねぇってのは筋が通っている。ただ、なんだ、今日は……少し言い過ぎたから、お前、ちょっと話聞いてあげてくれ」
背中を丸めてそう言う社長に銀次は向き直る。
「美沙さんも社長が言っていることが間違えてないってわかってると思いますよ。どっちも言い分があるから衝突するだけで……応援しているならそれを伝えればいいじゃないっすか」
「馬鹿、言えるか。俺は……ずっとアイツが会社を継ぐのに反対してたんだ。こんな男だらけの現場で……折角大学も出たってのに会社を大きくするとか言って戻って来たやがって……そんなんだからいつまでたっても男の影もありゃしねぇ。かかあも泣いているぜ」
「……そうっすか」
「だけどよ。あいつは本気で工場を継ごうとしてんだ。それなら俺にできるのは『壁』になるくらいだ」
「壁ですか?」
「おう、壁だ。憎たらしくて大槌で壊したくなるような壁よ。俺の経験とか、やり方を教えるならアイツの壁になって壊し方として伝えるくらいしかできねぇからよ。まぁ、後数年は壁になってアイツが粉々にしてくれるのを待ってるつもりだ。それができずにアイツが諦めるならそれはそれでいいからよ」
もう一本煙草を取りだして火をつける金光社長の横で銀次は缶コーヒーを飲み干した。
「俺にはわかんねぇです。一緒にいいものを作るんじゃダメなんですか」
「それでいいのよ。それができない奴がこんなひねくれたことするんだ。何かを伝えるってのは向き合わないとできねぇこともある。……まぁ、お前は俺を参考にはすんな。美沙をフォローしといてくれや……それにしても、お前のコレ。いい子じゃねぇか。大事にするんだぜ」
露骨に話を変えて小指を立ててくる金光社長に銀次は苦笑しながら頷いた。
銀次が事務所へ戻ると、ソラの目の前にお茶菓子を積み上げられている。銀次を見つけると、わたわたしながらソラが駆け寄って来る。
「ぎ、銀次ぃ、なんか事務の人達が次から次に持ってきて……わぷっ、どしたの?」
駆け寄って来たソラをそのまま抱き寄せる。腕の中でソラが不思議そうにこちらを見上げていた。
「大人ってのは難しいと思ってたらなんか寂しくなってな。折角もらったんなら一緒に摘まもうぜ」
やっぱり一緒に並ぶ方がいいなと思う銀次なのだった。
その後、美沙が戻って昼から焼肉屋に行くことになったのだが。
「あのクソ親父。私のやることなすこと文句言ってくるのよ! 終わった話を蒸し返すし、重箱の隅をつついてくるし、やることが小さいのよっ!」
「美沙さん。その辺で……」
「これ、ノンアルよ。ね、ソラちゃんもそう思うでしょ、ひどくないっ!」
「え、えと。でも、言っていたことは間違いではないと思います。誰に売りたいかをもう少し明確にする必要が……」
「それはわかってるわよ。正直、ネットを中心にしたせいで、少しターゲットがぼやけた感はあったし、そもそもそれが原因で元々の家具の予約が少なかったわけだし……うぅ、私、才能無いのかしら……店員さんハラミのタレと上ミノの三人前っ! あとノンアルビールもっ!」
これで素面であるというのだからなおのこと質の悪い状態の美沙である。
完全に絡まれてしまった二人はゲンナリしていた。
「ボク、もうお腹いっぱい……」
「俺が付き合うからソラは焼きを頼む。美沙さん、肉ばかりは体に悪いっす。野菜も食べましょう」
「焼肉屋に来て肉を食べないで、何を食べるのよ。こうなったら、絶対に成功してお父さんの鼻をあかしてやるんだからっ! 追加で肉頼むわよ。二人も若いんだからまだ食べられるでしょ」
「……付き合うっす」
下手に止めるよりも付き合う体でセーブしていく方がましになると考えた銀次、覚悟を決める。
銀次の覚悟を察したソラは全力で焼きに徹しながら深く頷いていた。
「銀次、明日はお腹に優しいご飯を作ってあげるね」
「頼む。……社長、もしかしてこれが嫌で俺に任せたんじゃないだろうな」
脳裏に手を合わせて謝罪している社長が浮かび上がる。
「銀ちゃん、何か言った?」
「いえ、ほらミノが来ましたよ」
「ボクにできるのはこの後で銀次を『尽くしたがり』で癒すことくらいだから、頑張って銀次」
「なんか明日の飯に加えて『尽くしたがり』が追加されてないか?」
美沙の焼け食いに付き合った銀次はその日、ソラによる手厚い尽くしたがりを受けることになるのだった。
というわけで【第六回HJ文庫小説大賞】受賞しました!
書籍化も決定です!
活動報告に詳しく、混乱した状態でお礼を書きましたので読んでいただけると嬉しいです。
本当にありがとうございます。
これからも、銀次とソラの二人をどうかよろしくお願いします。
次回更新は来週の月曜日です。




