不器用な感情:前編
学内での愛華とソラの派閥間の熱量は日を追うごとに高まっていくが、愛華は文化祭の準備に忙しくしており、ソラはもともと周囲とは距離を取っている為に二人が眼に見える形で衝突することはなく週末を迎える。
「ふぁ……」
中央駅へ向かう電車の中で大欠伸をする銀次。並んで座っているソラは心配そうに水筒から水出しの緑茶をコップに注いで銀次に渡す。
「眠そう、今日の美沙さんとの打ち合わせの資料作りで寝てないの?」
「いや、ソラとチェックしてたからそれは終わってた。昨日はソラのSNSの更新とかだな。つい楽しくて夜更かししたぜ」
渡された緑茶を眼を細めながら飲み干して銀次は伸びをする。本日は、前々から取り組んでいた四種類のデザインを美沙を始め事業の関係者に説明する日であり、二人はその為に早朝から工場へ向かっていた。水筒をしまったソラはスマホで銀次と共同で管理しているSNSのページを確認する。
「おぉ、なんか……ちゃんとしてる」
二人の意向で顔出しはしていないので、スケッチを中心に取り組みが紹介されていた。
ページ自体は鉛筆とスケッチブックのように白黒を貴重にしているようで、おおよそ女子高生らしさは無いがその無骨さがどこか銀次らしくてソラは好ましく感じた。
「美沙さんところのページにリンク張ってもらってるからな。少しずつ登録者も増えているぜ。まっ、当面は登録者よりもしっかりと実績を紹介する方向でやっていくけどよ。なんか意見があったらどしどし言ってくれ。今日の打ち合わせが上手く言ったら、美沙さん処のHPに合わせてこっちでもデザインを公開するからな」
「うん。ちょっと気後れしそうだけど……楽しいね」
「だな。おっと、そろそろ人が増えてくるぜ」
乗り換え駅に電車が入ると、とたんに人が多く入って来る。
人込みが苦手なソラが被っていた帽子を目深にして銀次に身を寄せる。
「……俺、汗かいているぞ」
「別に気にならないもん」
そうして二人は身を寄せ合いながら無言で電車の出発を待つのだった。
中央に着くと、バスに乗り換えて工場へ向かう。
事前に伝えていた時刻にバス停に着くと、美沙が車で待機していた。
「おっはよう二人共。ささ、暑いからとっとと乗っちゃって」
白のブラウス姿で腕を振る美沙に挨拶しながら車に乗り込むと、すぐに発車する。
「銀ちゃん、資料見たわよ~。いい感じだったわ。ウェブデザイナーさんも喜んでたし、予約の問い合わせもひっきりなしよ!」
「どうもっす。先日はうちの学校の生徒がすんません」
「ご、ごめんなさい」
ソラがデザインするということでサーバーが落ちたことについて二人が謝罪すると美沙は手をヒラヒラと振って見せた。
「何言ってんの嬉しい悲鳴よ。それに、流石に銀ちゃん処の生徒さんだけじゃサーバーは落ちないわ。事前に公開したコンセプトアートが好評なのと県の芸術祭で話題になったデザイナーってことで注目が集まった結果よ。というか一番問題なのはお金をケチって借りていたサーバーなんだけどね。でも、銀行から追加で融資を取り付けたしそっちも解決よっ! 後の問題は……」
「後の問題は?」
運転している美沙の背中越しでもどんよりとした雰囲気が漏れ出ている。
「お父さん……社長よ。この期に及んで横からグチグチと言ってくるんだから。今日の打ち合わせには社長も参加するから銀ちゃん。任せたわよっ」
「いや、それは美沙さん何とかしてくださいよ」
「冗談よ。流石に今回はバッチリだってば。さくっと終わらせて、お昼は焼肉でも行きましょう!」
言葉は元気だが、背中越しにも緊張が伝わる。ソラが銀次の服をちょいちょいと引っ張ってヒソヒソ声で問いかける。
「ボク、会ったことないんだけど。美沙さんのお父さんってどんな人なの?」
「社長か? あー、なんつうか昔気質の頑固な人だな。元々現場の人だし、こだわりも強い。でも、ちゃんと相手の話を聞いてくれる話のわかる人だぞ」
「ゲンさんみたいな感じなのかな」
「似ているようで、ちょっと違うような。まっ、悪い人じゃないから安心していいと思うぜ」
「それならいいんだけど」
知らない人と合うということでソラは緊張しているようだ。
工場に到着すると、事務所横の会議室に案内される。中に白髪をオールバックに整えた作業着姿の男性が座っていた。その姿を美沙が確認すると、大きなため息をついた。
「お父さ……社長。時間が来たらお呼びするって先に伝えましたよね」
美沙さんが低い声でそう言うと、ジロリと男性は美沙を睨み返した。
「どうせ待つならここでいいだろうが。銀次、久しぶりだな」
「うっす。金光社長。今日は、よろしくお願いします」
「おう、横にいるのが美沙が言っていた。嬢ちゃんか、銀次のいい人なんだって?」
視線を向けられたソラは緊張しながら、息を深く吸った。
「髙城 空です。よろしくおにゃ……お願いします」
一息で言い切ろうとしたところを盛大に噛んでしまう。恥ずかしさに顔を真っ赤にするソラ。
社長は立ち上がり、懐から名刺を取り出した。
「緊張しなさんな。ここの社長をやっている金光 傑だ」
「あっはい。すみませんボクは名刺なくって」
「学生さんにもらうつもりはねぇよ。だけど、仕事はきっちりな」
語気は柔らかいが、真っすぐな視線は責任感を強く感じる重たいものだった。
「は、はい」
「社長の顔が怖いから怖がっているのよ。さっ、すぐにウェブデザイナーさんと加工をしてくれる職人さんが来るから。少し待っていてね」
こうして金光社長との挨拶が終了し、ウェブデザイナーと加工に関わる職人が二人入室して会議が始まった。銀次が持って来たノートパソコンをプロジェクターに繋ぎ、ソラと一緒にデザインに込められた意図や強みについて説明をしていく。途中、参加者からの説明はあったが概ね好評で説明を終えて銀次は胸を撫でおろす。意外なことに緊張しきりだったソラは会議が始まってしまうと落ち着いた様子でデザインについてのこだわりや一緒にいい物を作ると言う意思表示をしっかりと話すことができていた。
デザインを反映する為の技術的な部分や、HPでどのように情報を公開していくかの話合いもつつがなく進行していく。問題は、会議の終盤で美沙が事業計画を説明した時に起きる。
「工程が多いのはいいとして、宣伝費は本当にこんなにかかるのか?」
それまで無言で話を聞いていた金光社長が、眉間に皺を寄せて美沙が用意した資料を指で弾いた。その言葉にカチンときた様子の美沙が食って掛かるように身を乗り出して答える。
「我が社の技術力を反映した商材を売る為の新ブランドの立ち上げに際して、宣伝をしない方が問題です。しっかりと商材の価値を周知する必要がありますっ!」
言葉だけは敬語だが表情は「おぉおん?」と完全にメンチを切っている。
「その宣伝先だがよ。誰に売りたいかが不明瞭だって話だ。男か、女か? 若いもんか、年寄りか? 誰に売るのかが適当なら宣伝も意味がねぇだろうが!」
「明確にしています。ブランドは家具を中心に、我が社の高い技術力をエグゼクティブな層へ提供していくことを――」
「適当なこと言って誤魔化すんじゃねぇ。お前がこの商材を持って誰に何個売れるのか、それが見えてこねぇって話だ。このスマホカバーはあくまで新ブランドを知ってもらうための導線って話なら、宣伝の宣伝に金を使いすぎだろうが」
美沙は口をパクパクさせた後にバンと机を叩いた。
「それについての説明は終わった話なのに、今更それを蒸し返して何がしたいのかわかりませんね! 必要な投資である理由はしっかりと述 べ ま し たっ!」
「何だと――」
「だから――」
そこから先は意味のある話ではなく、感情的な喧々諤々の言い争いだった。
ソラが涙目で銀次の袖を掴む。
「こ、これ大丈夫なの?」
「俺に言われてもな。まぁ、二人共大人だしここは……」
「ここは?」
銀次がクワっと目を見開く。
「落ち着くまで静観だっ!」
「えぇ……」
十分後。
結局、議論に決着はつかなかったが時間が来たということで、ウェブデザイナーと職人とは別日に打ち合わせをすると言う話になってその場は解散となった。
「ごめん銀ちゃん、ソラちゃん。職人さんと少しお話するからお昼は少し待ってて」
「忙しいようですし、俺達は帰りますよ」
「ダメ……というか、二人にはあのクソ親父のグチ聞いて欲しいし、焼肉食べたいから。待っててね!」
そう言って走り去っていく美沙の背中は先程まで舌戦を繰り広げたとは思えないほど活力に溢れており、元気だなぁと高校生なのにどこかジジ臭い感想をもつ銀次なのだった。
「んじゃ、事務所で待たせてもらうか。ソラは疲れてないか?」
「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど……」
二人が事務所に入ってソファーに座ると、銀次が何かを見つけたように窓の外を見ている。
窓の外の影が何かを示すように揺れていた。
「どしたの?」
「悪いソラ。少し呼ばれたみたいだ。……一人で待てるか?」
「さ、流石にそれくらいは待てるし。誰に呼ばれたの?」
「まっ、そこは言わないのが筋ってもんだ。すぐ戻る」
そう言うと、銀次は事務所から出て行った。
長くなったので区切ります。次回更新は『本日』19時です!
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