スリーポイント
課題テストが終わると、新学期から始まった学校内の喧噪は一旦落ち着きを見せ始める。
かのように見えるが、実際のところは少し違っていた。
「髙城ちゃんだろ」「いや、四季さんだって」
休憩時間の話題はもっぱら学内の人気を二分するソラと愛華のことばかり。
「可愛いのは絶対髙城ちゃんじゃん」「いつも綺麗なのは四季さんだろ」
「四季さんは誰に対しても笑顔で丁寧だぞ」「髙城ちゃんの警戒心バリバリのところがいいんだよなぁ」
そんな会話が校内のあちこちで話されるようになっていた。外野が勝手に推しを競い合うことで生まれた熱は日に日に強まり、その熱量は愛華が入学した時よりも高まっている。
誰にも笑顔で接し、副会長ゆえに人前に立つことの多い愛華。
普段は無表情(人見知りで顔が強張っているだけ)かつ人を避けていながら、銀次の前でだけ満面の笑みを浮かべるソラ。
銀髪に黒髪、碧眼にヘーゼルアイ。
どこまでも方向性の違う二人の人気は高まり、その噂は学外にまで広がりつつあった。
「ということだ」
「……いや、急にどうした?」
運動場で行われていた体育でフットサルの得点係の最中。唐突に村上に学内の状況を説明された銀次は壁際で欠伸を噛み殺しながら級友の方を向いた。
「だからっ! 四季さんと髙城ちゃん派閥で学校が割れてるんだよ。一年は生徒会と関係のない男子はほとんど髙城ちゃん派だし、女子は四季さん派閥。先輩方は生徒会のことでよく見るから四季さん人気が高かったが、夏休み明けの女子らしくなった姿とテスト結果のことがあって最近は髙城ちゃん人気がその勢いを覆しつつあるってわけよ。全体を見れば四季さん派閥が多数派だが、勢いは髙城ちゃんに傾きつつあると俺は見るね。何よりもあのスマホカバーのデザインってのでも話題で持ちきりだしな」
「まぁ、ソラは可愛いけどよ。学校を二分とか大げさじゃねぇか?」
「お前はアホかっ! 髙城ちゃんの可愛さに脳が麻痺してんのかっ! ガチの美少女なんか人生で何回、生で見れると思ってんだ。それが同じ学校に二人だぞ、話題にならんわけないだろ! 他校にも噂は回ってるらしいからな。色々気を付けろよ……俺達も見える範囲では注意するからよ」
周囲を見渡して小声で村上はそう告げる。どうやら加熱している学内の状況について銀次に忠告したかったらしい。
「そうか……ありがとう村上。気を付けるぜ」
「おう、いいってことよ。俺達は外野だからな、髙城ちゃんの笑顔はお前にかかってんだぞ銀次。あと、スマホカバーの情報教えろ」
「それについてはまだ秘密だっての。ソラのことは任せとけ。おかげで気合入ったぜ。とりあえず学校ではできる限りソラと一緒にいるようにする」
「……お、おう。まぁ、あれだ……お手柔らかにな」
「あん?」
夏休み明けから銀次とソラのイチャツキを見せられて、コーヒーの消費量が増えていることを言うわけにも行かず。自分のせいで被害者(糖分過多)が増えるかもと冷や汗を流す村上なのだった。
一方。女子は体育館でバスケしておりソラも教師の決めた班に入ったのだが……。
「……」
ソラは半眼で横を見る。その視線の先には髪をポニーテールにくくった愛華が周囲の視線を集めていた。二人は同じ緑のビブスを着ている。
「あら、同じチームなのね。そう言えばこれって初めてかしら、どうせ記憶しているんでしょう?」
棘を含んだ言い方にソラは無表情で応える。
「……そうだね、初めてだよ」
「そ、足を引っ張らないでね」
女子の方の体育に出るようになって何度かバスケの授業はあったが、二人が同じチームになるのは初めてだった。周囲に手を振る愛華には声援が集まり、ソラは人と競り合わない位置にポジションを移動した。笛が鳴り、試合が始まる。
「ボールっ!」
試合開始直後に手を挙げた愛華にボールが渡ったかと思うと長い手足を躍動させてレイアップを決めた。黄色い歓声が挙がり、愛華がそれに答える。その全てが絵になっていた。
ソラは小柄な体なので接触を避け、パスを早目に回すことでラインを上げてチームに貢献していく。愛華と比べると決して運動ができるわけではないが、持前の観察力と視野の広さを生かしてスペースにボールを送りながら自身も前に出た。
「ぼ、ボールっ」
ゴール下に入り込んで愛華のようにレイアップを狙って懸命に声を出して手を挙げるがボールは一向にパスされない。見ると、チームの女子は愛華の顔色を伺っているようだった。
「パスっ、こっち!」
愛華が前へ出ると、ほっとした表情になり愛華へパスされてそのままレイアップが決まり得点になる。
「む……」
「あら、ごめんなさい。人の真似ばかりしようとする貴女よりも私の方が確実でしょ」
ゴール下で見せつけるように笑みを浮かべる愛華。見下ろしたソラはいつものように俯くはずだった。しかし、ソラは真っすぐに愛華を睨み返したかと思うと顔を上げて自分のポジションに戻っていく。
「……チッ」
小さな舌打ちは誰にも聞こえない。
その後もコートでは愛華の一人舞台でゲームが進んでいく。クラスの人気者である愛華に強く接触でいる女子はおらず、ボールも愛華に集まるのだから当然の結果である。中盤でパスを回してもシュート位置ではボールを回してもらえないソラは一本のゴールも決めれていない。
ゲームの終盤。タイマーが残り数秒というところでソラの元にボールが渡り愛華がゴール下に出る。
「ボールっ!」
愛華が手を挙げるが、ソラはボールを両手で持ち上げて膝を深く曲げた。
「……えいっ!」
パスではなくシュート。力任せの崩れたフォームでスリーポイントラインから放たれたシュートは……ぎりぎりでリングに引っかかりその縁をグルグルと回ってゆっくりと中に落ちていく。
「よしっ!」
「……」
愛華と周囲の女子が黙りこむ中。ソラの小さな声がコートに大きく響き、試合終了の笛が鳴らされた。
すぐに愛華の元には応援をしていた取り巻きがやってくる。それに応えながら愛華がソラを見ると、ソラは一人で自分の手を見て嬉しそうに頷いていた。愛華はすぐにソラから視線を逸らして取り巻き達に笑顔を向けたのだった。
その日の帰り道。自転車を押す銀次の横でソラが身振り手振りで体育でのことを説明していた。
「スリーポイントだよ。生まれて初めてできたんだっ!」
「なんだとっ! すげぇじゃねぇか。下投げか?」
「ふっふっふー、上投げだよ。試合終了間際のギリギリだったんだ。こう、砲丸投げみたいな感じ」
「おぉ、ブザービーターってやつか」
「いや、愛華ちゃんと同じチームだから圧勝だったけどね」
「そりゃ……大丈夫だったか?」
心配そうに声をかけると、ソラは自転車を押す銀次の腕の裾をキュっと握った。
「別にいつも通り……じゃないよ。今日はボク、自分でゴールしたんだ。彼女が頑張ったんだから彼氏は褒める義務があると思います。ほめれ」
ニヤリと銀次のように悪い笑みを浮かべるソラを銀次は片手で抱き寄せた。
「よくやった! 今日はお祝いだな。俺ん家で飯の予定だしテツにも話してやろうぜ!」
「昨日もお祝いしたのに? 銀次はフットサルどうだった?」
「俺か? ポジションはゴールキーパーで7,8回シュート打たれたけど全部防いだぜ」
「え、すご。相手可哀そう」
「圧勝している相手にスリー決めた奴に言われたくないっての」
「あはは、確かに」
二人は笑い合いながら坂道を下っていったのだった。
次回は月曜日更新です!
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