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妥協なきご褒美

 テスト発表の喧噪をなんとか潜り抜けて帰宅の路に付いた銀次とソラは、商店街の肉屋に寄っていた。

 夕日差す軒先で銀次は悪人顔を険しくして顔を突っ込む。


「店長、例の物を……」


「銀ちゃん。困るねぇ、コイツは表では売ってねぇんだよ……」


「すまねぇな。今日はちょっとワケありだ。礼はするぜ」


 譲る気の無い銀次を見た店長はため息をついて、店長は恰幅のよい体を揺らしながら足元の棚から茶色の粉が入った小瓶を取り出した。


「……取り扱いには気を付けなよ」


「わかってるさ。ほらお代だ」


「あいよ」


 小銭を置いて、銀次は渡された瓶を懐にしまい込んだ。振り返ると、ソラが口元に手を当ててプルプルと振るえていた。


「待たせたなソラ」


「ぎ、銀次が悪いことしてる! な、何買ったのさ。今なら間に合うよ。一緒に謝りに行こう」


 銀次の腕を持ってブンブン振り回すソラ。


「あん? 何も悪いことしてねぇぞ。テスト終わりに一緒に晩御飯食べるっていうからスパイスを買っただけだ」


「……それは持ってるとなんか怒られるやつ」


「ちげぇ! この店特製の『五香紛』だ。これを唐揚げ粉に混ぜるとちょっと変わった味になるんだよ。ここの揚げ物にも使われてるから少し貰っただけだっての」


「明らかに現場だったよ。お巡りさんがいたら確実に職質されるレベルだね」


「ソラ、わかってて言ってるだろ」


 ジト目で銀次が睨むと、ソラはペロリと舌を出してそのまま銀次の上を抱え込んだ。


「エヘヘ、わかっていてもあの場面を見たらお約束はしないとね。あと買うものある?」


「飲み物と野菜もあるし……特にないな」


「じゃあ、帰ろっか」


 ソラの家の前で自転車を停め、鍵を開けて二人で中に入る。

 二階にあるリビングへ入ると、ソラはそのまま荷物を持って三階へ向かい着替えを持って降りて来た。


「んじゃ、ボクはお風呂入るね。銀次は?」


「その間に唐揚げを仕込んどく」


「料理なら全部ボクが作るのに……一位取ったからご褒美にボクに尽くさせてよ」


 浴室前で揶揄うように目を細めるソラ。


「俺は十位以内に入れなかったからな。何かしないと気が済まないんだよ」


 本気で悔しがっている銀次を見て、ソラは着替えを床に置いて台所で手を洗っていた銀次の横に来ると、そっと両手で頬を抱いて自分の方へ向かせる。そのまま背伸びをしてキスした。


「んっ……エヘヘ、ちょっとしょっぱい」


「……汗、搔いてたからな。急にどうした?」


 不意打ちにまた汗が出そうになる。というか、ソラも汗を搔いているはずなのにどうしてこんないい匂いがするのか、不公平じゃないか。


「なんだか、銀次を見ていると離れたくなくて……よし、これでお風呂入って来る」


 そう言って、ソラは小走りで浴室に駆けこんでいった。去り際の耳は真っ赤で、そっちも照れてんのかよとツッコミを入れたい銀次である。


「まぁ、確かに学校では割と離れてるもんな……うっし、唐揚げ仕込むか」


 寂しい気持ちはわかると銀次は共感するが、二人は同じクラスで休み時間もベッタリと張り付いている。バカップル度が上限を超えている距離感であるだけなのだが、この場にツッコミはおらず二人もそれをおかしいと思っていない。

 自身がおかしいとは露ほども考えない銀次は、慣れた手つきで鶏のもも肉の下処理を始めた。簡単に筋を落として手で骨が残っていないかを確認。その後、ソラのことを考えて幾分か小さめに皮ごと切り分けていく。切り分けた鶏肉をボールに入れて酒、醤油、にんにく、ショウガ、卵、そして肉屋で購入した『五香粉』と呼ばれる中華風ミックススパイスを入れて丹念にもみ込む。しばらくもみ込んだ後は、ボールにラップをして冷蔵庫に仕舞う。後の作業は風呂上がりにするかとエプロンを外しているとソラが風呂から上がって来た。


「お先に失礼。銀次も入りなよ」


「おう、行ってくる」


 Tシャツにショートパンツでリビングに戻ったソラは冷蔵庫を開け、牛乳を取り出してコップに入れると豪快に一気飲みする。風呂上がりのその姿は刺激的とはいえ見慣れたはずであったが、先程のキスのせいで意識してしまい少し目のやり場に困る。そんな気持ちを悟られまいと銀次は誤魔化すように立ち上がり、風呂へ向かった。バスオイルの良い香りがする風呂を堪能して脱衣所へ出ると下着も含めて着替えが用意されていた。

 

「……なんか、来るたびに違う服が用意されてねぇか?」


 やけに肌触りのよい部屋着に着替えてリビングに戻るとエプロンを付けたソラが料理をしていた。

 覗き込むと唐揚げに合わせるポテトサラダに、ミニ冷麺を作っているようだ。ソラは銀次を見ると手を停めて唇を尖らせながらエプロンを解いた。


「あー、ちゃんと髪の毛乾かさないと。ほらこっち来て」


「乾いてるって」


「だーめ、ほら座った座った」


 ちなみに銀次の髪をソラが乾かすのは二人の間ではお約束である。

 ソファーに座った銀次の髪を手で梳くようにして優しく乾かしていき、偶に後ろからハグするソラである。

 しっかり髪が乾くと銀次も調理に戻る。広いキッチンではコンロにさえ気を付ければ二人分の作業スペースは十分にあるようだ。銀次は二種類の粉を使った唐揚げをテンポ良く揚げていき、ソラも自分の調理を完成させると二人で協力して料理を机に並べた。


「それでは、テスト結果を祝してっ!」


「俺は目標未達成だけどな」


「残念回と祝勝会のダブルだよ、ほらグラス持って」


 オレンジジュースが注がれたグラスをソラが持ちあげて銀次が合わせる。


「「乾杯っ!」」

 

 グラスを煽って、よく冷えたオレンジジュースを飲み干すと二人で息を吐く。


「ぷはっ、それでは銀次の作った唐揚げいただきます」


 芝居がかったしぐさで箸を持ったそらが唐揚げを持ち上げる。


「熱いから気を付けろよ」


「うん……あちゅ……おぉー、ガリガリだね」


 ハフハフと空気を入れながら唐揚げを食べるソラに、銀次は自信ありげにニヤリと笑う。


「ガリガリだ。衣にわざと水気を含ませるのがポイントだぜ。どれ、俺も一つ……ん、やっぱこのスパイスなんだよな」


「あの調味料シナモンも入っているんだね。初めて食べる味だよ」


「多いと香りが強すぎるから、加減が大事だぜ。冷麺も旨いな」


 あっという間に大皿の唐揚げが無くなり、冷麺とポテトサラダも食べきってしまう。

 二人で後片付けををしたあと、ソラの倍は食べた銀次はソファーに倒れ込んだ。


「食った~。腹いっぱいだぜ」


「フフフ、本番はこれからだよ」


「ん、なんだ?」


 どこから取り出したのか、見たことない道具を並べていくソラ。


「今日はボクのご褒美だからね。久しぶりの尽くしたがりだよ。フェイシャルケアをした後は爪のケアをして頭皮マッサージ、その後は耳掃除もしてあげるね」


「……どう考えても俺へのご褒美だと思うぞ」


「ボクの命の洗濯です。ほら、寝たままでいいから手を貸して」


 こうして、保湿パックや指のマッサージから始まる爪のケアまでされた銀次。

 事件はその後の耳掃除で起きる。


「……ソラ」


「ん、動かないで。良く見えないよ」


「いや、まて、当たってるって。当たってる! フガッ」


「こうしないとよく見えないし」


 太ももに頭を乗せられて耳掃除を受ける銀次だったが、ソラが上からノシっと柔らかな盛り上がりを押し付けていた。太ももとの間に挟まれた銀次はそのハリのある感触で目が回りそうになる。逃げ出さなければならないのに、あまりに心地よすぎてその気にならない。


「はい、反対。……あれ? 銀次」


「……」


 漢、桃井 銀次。必死で己を押さえつけようとした結果、理性のブレーカーが落ちるように轟沈。

 気を失った銀次を見て、ソラは首を傾げる。


「寝ちゃった。むむ~。老師から借りた漫画ではこれで男子はドキドキしてたのになぁ」


 気持ちよさに眠ってしまったと間違いなのかそうでないのかよくわからない勘違いをしたソラは、ソファーの背もたれを倒して銀次の傍に横になってその頭を優しく抱いた。


「今日、泊っていけばいいのになー。な、なんてね」


 二時間後、意識を取り戻した銀次はソラのマッサージを受け切り。帰らせてなるものかと引きとめてくるソラに対し都合八回のハグ、十回のナデナデ、別れ際のキスをしてなんとか家路に着く。


 その夜、桃井宅にて。


「テツ、俺はもうダメかもしれん。今日は色々と限界だった。ソラが可愛すぎる!」


「……」


 受験勉強をしていた最中に部屋に入って来ては深刻な顔で彼女との惚気をぶちまけてくる兄に対し、ひたすら無言を貫く哲也なのだった。

次回は月曜日更新です!


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奴隷に鍛えられる異世界生活

― 新着の感想 ―
テツのメンタルも相当だな…最低限炭化タングステン並みにはあるか
お労しやテツくん よりにもよって勉強中に惚気を振りまくんじゃないよ……!
でもまぁ、確かによく耐えてるよ。 並の精神力ならこうはいかん。 だが末永く爆発しろ。
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