テスト結果と完璧な微笑み
昼休み、美沙へIINEで大体の状況を伝え終わった銀次の元へソラが寄って来る。
朝の一件のせいで教室はどこかソワソワと落ち着かない雰囲気であったが、ソラは特に気にしていないようだ。愛華もまた、いつも通り人に囲まれながら優等生の仮面を深くかぶっていた。
「銀次、上位のテスト結果が張り出されたらしいよ」
「……そういや、そんなこともあったな。騒がしくて忘れてたぜ」
テストは授業ごとに結果を返される為、まだ全ての答案が帰ってきたわけではないが採点は終わっており、もう張り出されているらしい。
ソラはクスクスと笑って銀次の手を取って立たせた。
「一位だったらご褒美だよ」
「おう、任せとけ。……俺の方は今回自信ないぜ」
「ダメだったら慰めてあげる」
「どっちに転んでも俺得なんだが……」
ボヤきながらソラに連れていかれる形で廊下を進む。少し出遅れたのか、張り出された順位表の前には人だかりができ、結果を見て騒がしくしている。喧噪に圧倒されたソラが銀次の後ろに隠れていた。
順位を確認するのが難しいかと銀次が思っていると、二人を見た人だかりが勝手に割れて道を開ける。
「ふぇ……な、なに?」
「さぁな。まっ、進んでみようぜ」
順位表の前に立って、その一番上を見る。課題テストでは期末テストよりも教科の数が少なく8教科であり、最高が800点である。
『第一位:髙城 空 794点』
二位以下に十点以上の差をつけてソラが一位だった。
「あー、やっぱ数学と物理の応用問題分の失点だね」
「他、満点なのかよ!」
今回のテストは全科目かなり難し目だったために、それでも満点をとった科目があることに唖然とする銀次だが、相手はソラなので納得する銀次である。
「銀次は?」
「あー、どこだか……チッ、前より悪いか」
『第十二位:桃井 銀次 745点』
平均的に85点以上をキープしている銀次であるが、今回は比較的苦手な数学が足を引ったようだ。
肩を落とす銀次をソラが覗き込む。
「銀次は今、基礎からみっちりやっているからね。次からは暗記に加えてしっかりと応用もやっていこうね」
「不甲斐ないぜ、せめて十位以内は取りたかったんだがな。それにしても……」
周囲が二人に……否、ソラに道を開けた理由もわかる。一学期のような満点ではないがそれでも圧倒的な一位。夏休みを経て女性としても成長したソラに対し、心無い態度を取っていた者、中には直接的にイジメ行為をしていた者達は勝手に自分が追い詰められているような気がして気後れしているのだろう。
無論、そういったことも関係なく学年一位を取ったソラに対して道を開けたという理由もあるだろうが、銀次が見るにどちらかと言えばソラに対して恐れを含む視線を向けている生徒が多いようだ。周囲の沈黙がその証左だろう。もっとも、クラスの男子達のように単純にソラのファンである者達も交じっているので、場はかなりややこしい状況でありいちいち判断するのも難しくはある。
「銀次?」
とうの本人がまったく気にする様子がないのが救いだが、銀次はソラがそこまで鈍くないことも知っていた。
「腹減った。弁当食いに行こうぜ」
「うんっ!」
ソラに寄りそうように手を握る銀次。
二人が弁当を取りに教室に戻る廊下で愛華を中心とする女子達とすれ違う。
「……」
「……」
刹那、愛華はその視線を横に向けるがソラはただ前を向いており視線が交わることはなかった。
「愛華様。今回のテストはどうでしたか?」
「どうかしら……夏休みは作品や文化祭の準備に集中していたから……」
眉根を寄せる愛華の仕草はどこから見ても愛らしくで、非の打ち所がない。
「……」
愛華の後ろにいる澪は何も言うことができなかった。愛華が今回のテストの為に過密なスケジュールの合間の寸暇すら惜しんで勉強をしていることを知っていた彼女はただ祈るばかりであった。
『第一位:髙城 空 794点』
歯を食いしばりながら愛華は視線を下に動かす。
第二位、第三位、第四位……。まだ自分の名前はない。
『第十二位:桃井 銀次 745点』
銀次の名前が出てもまだ自分の名前はない。
『第十五位:四季 愛華 735点』
前回が十六位だったので、順位は一つ上がっている。
上がっているのだが……。
「……」
無言で順位を見る愛華に取り巻き達は、ソラと銀次の順位を見なかったことにして愛華を褒めたたえる。
「凄いです四季さん。色んなことに取り組みながら勉強でも上位二十位に入るなんてっ!」
「そうそう、色んな活動をしてそのどれもが素晴らしい成績ですもの、流石です」
「四季さんって本当になんでもできるんですね」
上滑りする誉め言葉を笑顔で受け止めながら、愛華は取り巻きに答える。
「まだまだね、今回のテストは難しかったから。次はもう少し上を目指したいわ……ごめんなさい。昼は生徒会で用事があるの。私はここで……明日は、一緒にお昼を食べましょうね」
そう言って、愛華は澪をつれて一団を離れる。生徒会室ではなく部室棟に来た愛華は無表情で澪に告げる。
「澪、ここまででいいわ。生徒会には放課後に行くと伝えていて」
「愛華様……」
「あぁ、それと。話題になっている『あの子』のデザインについても分かりやすいようにプリントをお願い。帰りに見ることにするわ……今は……一人にして……」
後半の声は震えていた。察した澪は礼をしてその場を離れる。愛華は一人、誰もいない美術室に入り施錠した後に膝をついて地面を叩いた。
「どうしてっ!」
一位を取れるとは思っていなかった、それでも落とした順位を取り戻そうとしたのだ。
夏休みに時間をつくり、ソラが傍にいたころの数倍の時間を費やして必死に取り組んだ。一位を取れないまでも、上位五位には入って両親に報告したかった。
「化け物っ、化け物っ!」
成果は出たと言っていいだろう。限界を感じるほどに取り組んで一つだけ順位を上げることができた。
『成績はこれ以上下がらなければいいわ』
夏休みに母が言っていた言葉の通りにそうなっていた。母は知っていたのだ、ソラのいない私では全力で取り組んで今の成績を維持する程度が精一杯だと。
涙が溢れそうになるのを堪える。
泣いてしまっては跡が残る。そうなれば人に弱みを見せてしまう。ただでさえ、朝から学校内のSNSではソラのデザインの話題で持ちきりなのだ。ここで自分が醜態を晒してしまうわけにはいかない。
「……大丈夫、私は捨てられない。あの子とは……あの化け物とは違うの……」
ソラは新学期になって着実に校内で人気を獲得している。でも、私もしっかりと周囲にアピールすれば人気を失うことはない。女子の人気は私の方が上。二年、三年へのアピールも文化祭でしっかりとすればいい。
彼氏がいるソラと比べて私は男子の人気を得ることもできる。母親譲りのこの美貌は決してソラにも負けない。教師たちから評価は自分の方が高いはず。大丈夫、私はソラに負けない。
愛華は爪を齧りながら、ソラと自分を比べて優位な点を並べることで平静を取り戻そうとしていた。それが、どれほど意味のないことだとわかっていてもそうせざるを得なかったのだ。
「絶対に負けない……負けるわけには……」
新学期が始まり、ソラの人気が校内で高まっていくのと同時に周囲はソラと自分を比べるようになってきている。当然だ。それはこれまで自分がしていたことなのだから。自分よりも劣るソラを周囲に見せつけて自分はより優れていると知らしめてきたのだから。ソラが輝けばそのまま比較の対象にされる。周囲に……母に比べられてしまう。
「……手段を考える必要があるわね」
放課後、澪と共に生徒会室を訪れた愛華はいつものように完璧な微笑みを浮かべていた。
次回は月曜日更新です!
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