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もう遅い系の主人公みたいな奴がクラスメイトにいるのだが、一向に不幸なままなので俺が幸せにしてやんよ  作者: 路地裏の茶屋


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一緒に考えたら楽しいぜ

 これはいいことなのだ。そう銀次は強くそう思う。

 愛華に指示をされて、書きたくない絵を描いていたソラが自分の『好き』を詰め込んだ物を描いて、それを主張している。自分の作品だと胸を張って世に出すのだから、こだわりたい。その想いは何も間違ってはいない。


 しかし、クライエントがいる仕事である以上間違いでないことが正しいとは限らないのだ。

 だからこそそれが間違っていないと俺が言えるようにしたい。銀次はそう思った。

 

「なぁソラ。教えてくれよ。なんでこのデザインじゃなきゃダメなんだ?」


 プクーとむくれる可愛い彼女を幸せにして見せると誓ったのだから。

 真剣な表情の銀次に、ソラは指先を合わせて上目遣いで言葉を口の中で転がす。それは、まるで言いずらいことを親に言う子供のようだ。たっぷり一分ほど時間をかけてソラは喋り始めた。


「……あの、別に変えたっていいけど」


 勢いよくこれが良いとはいったものの、銀次相手にそれを言っていいのか悩んでヘタレるソラである。

 銀次は、ジト目でソラを睨みつけた。


「そんなこと聞いてないだろ。実際、かっこいいとは思うぜ。この中からどれか一つを選べとか言われたら悩むと思う」


 差し出されたデザインはどれも歯車をモチーフにしている。ソラが言うには歯車の種類が違うそうだが、違いは微差でしっかりと見れば筋や歯車の『歯』の部分の形状の違いなどがわかるものの、そこまで視ようとする客がいるかは疑問だ。


「そ、そうなんだよ。どれもちゃんと意味があるんだ。だからちゃんと選べなくて出来の良い奴を四つ持ってきたんだけど……」


「それじゃダメだ。四種類のデザインを依頼されたってことは、違う良さがないとダメだ。さぁ、腰を落としてガップリ四つだ。しっかり話し合おうぜ」


「お、おう。というか、どうして銀次はこれがダメだと思うのさ」


 手元に用意したマグカップから温めの緑茶を飲みながらソラが銀次に問いかける。


「わかりにくいんだよ」


 シンプルな言葉が胸に刺さる。


「ぐえっ、そう言われても、自由にデザインしてもいいって話だったし。デザインの違いがわかりにくいって言われても……」


「違う違う。わかりにくいってのはデザインの違いじゃなくて、『意図』がわかりにくいんだよ。何度も言うけどどうしてこれを描きたいのかまずそこから教えてくれよ」


「お、オタクっぽいかも」


「今さらだろ。いいから話してくれ」


 ソラはマグカップからお茶を飲み干して、大きく気を吸った。


「えーとね。まず歯車の好きな所ってさ。止まっていると鉄の塊にしか見えないのに、動き始めるとまるで生き物みたいに滑らかに躍動するよね。これってさ、力を伝えるっていう与えられた役割を果たそうと働く瞬間に命を与えられたように感じられて、その静と動のギャップがいいっていうか。だからこそ止まった歯車の役割を待っている感じをスケッチして……」


 最初はたどたどしく、次第に饒舌になっていく語り口調に対し銀次は時に相槌を打ちながら話を聞いていく。好きなことを話すことは楽しい。調子よく相槌を打つ銀次の反応に気を良くしたソラはたっぷり三十分以上も何を描きたかったかについて話し続けた。


「――って感じなんだけど?」


「ん、おもしろかった。なるほどな……」


 話を聞いた銀次は思むろにバイト用に持ってきていたパソコンを開いて、キーボードを叩き始めた。


「何しているの?」


「忘れないうちに、メモ取ってんだよ。後でプレゼン資料にするからな。そんで、話を聞いて思ったけどやっぱりこれじゃダメだな。というか勿体ないぜ」


「勿体ない? どういうこと?」


 目の前にあるスケッチを並べなおす。


「もっとよくできるってことだよ。まず、今回は芸術祭でやったように自由になんでもすればいいってもんじゃない。スマホカバーに四種類のデザインをするって明確なルールがあるだろ? しかも美沙さんが無理言って進めている新ブランドのテコ入れだ」


「そうだね」


 スケッチを同じ角度から見る為に、引っ付くソラ。


「この依頼には言葉にされて無い部分がある。つまり『ブランドを知ってもらいたいので、宣伝の意味合いがあり、多くの人が見てわかりやすいデザインかつ、目に留まるような独自性を出して欲しい』……これだっ!」


 ズビシっと銀次がスケッチを指さす。


「言われてない……」


 ソラが美沙から言われたのは、趣味でやっていたデザインが良さそうなので商業用に使ってよいかということだけである。


「汲み取っていかないとな」


「難しすぎるよっ!」

 

「いいかソラ。この業界、クライエントは口に出さないけど当たりまえのように前提にしていることってめっちゃあるからな」


 銀次の脳裏に過去のクライエントたちによる理不尽なクレームが浮かんでいた。


「えぇ……で、でも趣味の延長みたいな感じで頼まれたのに……」


「なるほど、確かに俺達は頼まれただけだもんな。まぁ、ソラがその程度の仕事で納得するなら俺は何も言わないぜ? 美沙さんも別に否定はしないと思うぜ。だけどよ……」


 言葉をきって挑発的な笑みを浮かべる銀次。


「なにさ?」


「相手の予想を超えるくらい凄い物を見せてやった方が、きっと楽しいと俺は思うぜ」


「……確かに。その方が面白そう」


 銀次の挑発に乗るようにソラはニヤリとわらって鉛筆を取り出す。


「でも、好きな部分は大事にしたいんだ」


「あぁ、それはいいと思うぜ。というかそれが大事だ。まずはスケッチのテーマをしっかり整理して、視る人がわかりやすいように。例えばこれだ」


 銀次が指さしたのは、一番最初に書かれたであろう歯が大きく左右対称に書かれたオーソドックスな歯車が複数個描かれている。


「これは凄いわかりやすいよな。まさに歯車だ」


「うん、大きさの違う歯車が力を伝えて生き物のように動くその前の段階だね。さっきの話でいうと役割を待っている状態」


「そんで、この似たような奴。これはどう違うって話だったっけ?」


「それスケッチは歯の大きさが違う可変ピッチの歯車だよ。歯の感覚が不均一だからこれが他の歯車と噛み合うと速度を変えることができるんだ」


「つまり踏み込んだ表現で言うと。調整するって感じか?」


 ソラは腕を組んで、目を閉じならしばし唸った後首を横にふる。


「うーん、そうじゃなくて思いがけない瞬間に噛み合うことの気持ちよさっていうか。歯車って整理されて完璧に設計されているものだけじゃなくて、そういう……ズレが噛み合う運命的なロマンなんだよね」


「それを描けよ!」


「描いてるよ!」


「ほとんど同じ歯車の組み合わせにしか見えないんだよ」


「そんなことないしっ!」


 顔を付き合わせる二人。語気は強いが表情は笑っていて楽しそうにスケッチに向き合う。


「いいか、じゃあ例えば回る速度が違う歯車とか、もっとわかりやすく歯の大きさが違う歯車がかみ合った瞬間とか、そういう今言ったロマンをわかりやすく描けるか?」


「なるほど、描けるよ。ちょっと待って……いっそ、噛み合う瞬間だけを拡大して描けばいいか」


 単なる歯車ではなく、噛み合う瞬間を拡大された絵が描かれる。


「おぉ、いいじゃねぇか。これならわかりやすい。後は……いっそ題名で補足の説明を入れるか」


「えぇ、わざわざ文章にするのちょっと抵抗ある」


「題名があると、読んだ人にとって意図がわかりやすいだろ。まぁ、この辺は美沙さんにも説明するから仮ってことにして……こういうのはとりあえず英語にすれば色んな意味を含むことができるから……最初のスケッチの歯車は運命を待つみたいな……『await』とか電子辞書で出てくるな。それならこの可変ピッチは『align』か。運命が動き出すみたいな感じで物語を匂わせるのはどうだ? 運命をつかさどる=歯車みたいなテーマなら一貫性がでるし、ソラのこだわりを反映させられると思うんだが、どうだ?」


 ソラの感覚的な部分にストーリーを持たせたり、強調することでこだわりを否定せずよりわかりやすくなるように銀次は提案していく。


「なにそれ、めっちゃかっこいいじゃん。えと、次の奴はよく見るとシャフトが通っているんだよね。やっぱり歯車とシャフトは切り離せないって言うか。歯車が正しく回る為にはこのシャフトが大事なんだ。さっきの運命に例えるならそれを受け入れる信念みたいな?」


「これ、シャフトが通ってんのか……わかりにくいから斜めにしてシャフトがもっと見えるようにしてもいいんじゃねぇか?」


「……確かに。じゃあ、えっと斜めにして。次のスケッチの歯車は木製なんだよっ!」


「わかるかっ! コグホイールとか言ってたな。聞いたことないな」


「これはわりと文学的と言うかスチームでパンクな世界観だとこっちなんだよね。歯がついた輪そのものを差すというか。だからわざと歯の感覚をバラバラにしているんだよね。だから他の歯車とはもう繋がれない。孤独だけど、それでもいつか繋がることを待っているんだ」


「よく見ると確かに歯車が欠けてる部分があるのな。希望を感じる話だが、どう描くか悩ましいな……」


「色々考えてみようよ。他のテーマとも組み合わせてスケッチを調整して連続性を持たせるといいかも」


「いいじゃねぇか。エンジンかかって来たな。とりあえず色々アイデアを出し合って反映させていこうぜ」


「やらいでかっ!」


 ああでもない、こうでもないとスケッチとにらめっこしながら二人はデザインを作っていく。

 描いているうちに、別のアイデアが浮かんでさらに描いていく。気が付けば、時間はすっかり深夜になっていた。


「疲れた……」


 立ち上がり、ソファーに倒れ込むソラ。


「かなり纏まったな。プレゼン資料は任せとけ」


「銀次、こっち来て」


 ノートパソコンを閉じる銀次をソラは手招きで呼んだ。


「なんだ?」


 ソファーの前に銀次を座らせたソラは後ろから銀次に抱き着く。


「今日はありがとう。あのね、とっても楽しかった。愛華ちゃんに言われて絵を描いていた時は、自分で考えるとかしなかったから……頼まれたものでも自分で考えて好きな物を詰め込んで描くって本当に……素敵……すぅ」


「ソラ?」


 振り返ると、ソラは涎を出して眠っていた。銀次は苦笑しながら、ソラの髪を撫でる。


「ったく、少し眠らせてやるか……」


 帰らなければならないギリギリの時間まで銀次はソラに寄り添っていたのだった。

 

次回の更新は、月曜日予定です。時間があれば追加で更新したいです。


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― 新着の感想 ―
本格的に2人の共同作業だ… 子供(作品)ができる日もちかい!
クライアント側の要求と職人側のこだわり両方を万全に満たせるように取り持てるって高一なのに逸材すぎる。 大丈夫?どっちも優秀すぎて銀次の両親と愛華の両親とでソラの嫁入りなのか銀次の婿入り(という名の引き…
銀次のスパダリ感…というか凄腕エージェント感が天井知らずや…。仕事の話してるから今回はカフェラテで耐えられたぜ。 クライアントからの依頼に隠されたメッセージも、作り手の考えるイメージも、言葉にされな…
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