銀次とソラ
学校の部活棟の三階の角部屋。部屋というよりは物置なのだが、無理やりに作ったスペースに銀次はソラの手を引いて連れてきた。
「ここは?」
猫背の上目遣いでソラが尋ねる。その表情は長い前髪と眼鏡で良く見えない。
「漫画研究会跡地だ。元々サークルが使っていたんだが、今年から部員が増えてサークルから部に昇格したから部屋を変わったんだ。つまり空き部屋。だけど、ここの部長が友達でな。教えてもらった。この部屋は鍵は壊れているから」
銀次がガチャガチャとドアノブを回すと、カチリと音がして鍵があく。
「こうなるって寸法よ。ちなみに糸を使えば、外からカギが掛けられるから出る時も安心だ」
「えぇ……大丈夫……なの?」
「それは俺の台詞だ。ほら入れ、机と椅子くらいはあるから」
角部屋というだけあって窓があり、一応は電気も点くようだ。中には数冊の本が置かれた本棚と積まれた長机にパイプ椅子が置かれている。
机を挟んで向き合う形で二人は座る。
「……」
無言でチラチラと銀次を見るソラに銀次は苦笑した。
「お前なぁ、俺相手にまで気を使ってどうするんだよ?」
「いや、だって、ボクと愛華ちゃんのことを知ってて……脅迫とか……」
「なんでだよ。まったく、現実ってのは上手く行かねぇよな。まずは自己紹介だ、俺は桃井 銀次。銀次と呼べ」
「えっ? 知ってるけど、同じクラスだし」
「いいから、面と向かって話したことないだろ?」
促されると、しばらくもごもごと口を動かし、ソラは視線を銀次に向けた。
「……髙城 空です」
「しってる」
「言わせたじゃん!」
いつもより、ほんのちょっとだけ大きな声。それが嬉しいとでも言うように銀次は笑う。
「アッハッハ、お前のちゃんとした声初めて聴いたぜ。女みたいな声だな」
「うぅ……」
「おっと、ワルい。悪い意味でいったわけじゃないぜ。むしろ女子受けは良さそうだな。それにしても空かなんて呼べばいい?」
「普通に髙城とかでいいと思うけれど」
「バッカ、これからお前を幸せにするんだ。そんな他人行儀じゃ都合が悪いだろう」
「なにそれ? ……他の人からは『キモ猫』とか……猫背だし」
「決めた。じゃあソラな。四季のアホもそう呼んでたけど、俺もそう呼ぶぜ」
ソラの言い分を無視して銀次はそう言い切った。
「……好きにすればいいよ。それで、あの、桃井君。今どういう状況?」
その質問を受けて、銀次は首を捻る。ジトーとただでさえ良いとは言えない目付きを細くして何かをソラに訴えた。
「……銀次」
「おうっ! ソラ」
銀次が答える。まるで犬のようだとソラは思って、俯き少し笑った。
「なんだ、また下向いて?」
「なんでもないよ。それで、ボクを幸せにするってどういうこと?」
「その話をする前に、俺がお前をどう見てきたのかを聞いてくれ。おっとその前に、菓子を持ってるんだ。ほい、酢昆布とお茶。食いながら聞いてくれ」
銀次が鞄から駄菓子を取り出し、ソラの前に置く。ソラはマジマジと酢昆布の箱を持ち上げて観察した。
「食べたことない」
「マジかよお前!」
大きくのけぞり今日一番の驚きを露わにした銀次に、今度は俯くことも間に合わず。
「あはは」
ソラは笑った。
ブックマークと評価ありがとうございます。