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美術館デート

 夏休み明け初めての土曜日。ソラはベッドの上に服を並べてウンウン唸っていた。


「久しぶりのデートだし、女子っぽくスカートにするかな……うーん、でも久しぶりだからこそいつも通りのズボン……よしっ決めた! この前通販で買ったこれにしよう!」


 意を決して、通販で買った白のティアードスカートを持ち上げた。そうしていると、机に積み重なったスケッチブックの山の下からアラームが鳴る。


「もう時間? 早いよ!? えと、顔OK、髪OK、服は……自信無いけどこれで行こう」


 スケッチブックの山からスマホを回収して、急いで着替えて身だしなみを整えて家を出る。

 小走りで待ち合わせ場所まで向かっていると、銀次がこちらに歩いて来ていた。


「よっ、おはよう」


「ご、ごめん。待たせちゃった」


 Tシャツにジーンズと言ったラフの格好の銀次はショルダーバックを担ぎ直しながら、首を横に振る。


「時間的には余裕だぜ。俺が待ちきれなくて来ただけさ。服、見たことないやつだな。似合ってるぜ」


「そ、そう? エヘヘありがと。ボクもそろそろ女子としての格好も慣れてきたもんね」


 褒めれて嬉しいソラは、銀次に見てもらおうと一回転してアピールするのだが腰の所からプラプラと何かが揺れている。よく見ると銀次には馴染みのない布製のタグだった。


「……ソラ、似合ってはいるけどよ。タグ、付いたまんまだぜ」

 

 銀次の言葉にソラはサーッと血の気を落としながら、後ろを振り向いてタグを握りしめる。


「おわぁ!? ちゃんと切ったのに……え、これって二つ付いてるの?」


 女子らしさとは程遠い悲鳴が挙がり、銀次がタグを覗き込む。


「ブランドのタグだな。別のタグもついてたのか」


「えと……輸入のタグは切ったはず。ちょっと待ってて、さっさと切って来るから」


 急いで家に戻ろうとするソラの手を掴む。


「待て待て、ハサミあるからよ」


 ショルダーバックからソーイングセットを取り出して、小さなハサミでタグを切り取る銀次。

 

「え? 何でそんなもの持っているの?」


「ん、今日の朝の占いでラッキーアイテムがこれだったんだよ。まっ、野球部だったころはボタン付けとか剥がれたゼッケンの縫い直しとかやってたしな。割とこういうの使うんだぜ」


「ボクより女子力高い……顔怖いのに……」


「顔は関係ねぇだろ!」


 そんなことを言いながら、全身をチェックして今度こそデートに繰り出す二人。

 

「スタートからグダグダ、ボクってやつはダメダメだ……」


「気にすんなっての。可愛かったぜ」


「こういうのに可愛いって言われるのは違うんだよ……」


 銀次としては、普段からスペックの高いソラのこういう場面は微笑ましいのだがソラとしては折角のデートなのでビシっと決めたかったらしい。

 工場地帯へ向かう途中のバス停からバスに乗り込む。埃の匂いと効きすぎた冷房を感じながら、二人は並んで座った。


「今日は美術館か。実は人生初だぜ」


「え? そうなの!」


「あぁ、マジもんのマジ。学校の遠足とかも大体動物園とか希望してたしな。イラストレーターの展示会とかは村上と言ったことあるけどよ」


「じゃ、じゃあ任せといて。今日は語っちゃうから」


 二人のやり取りではソラの方が初体験が多いので、珍しく立ち場が逆転したソラは朝の失敗を取り返すべく気合を入れ直す。


「おう、楽しみにしてるぜ。なんか今のうちに予習するもんあるか」


「特にないかな。偶にいく美術館なんだけど、今、結構好きな画家の展示やってるから」


「へぇ、やっぱ絵が好きなんだな」


「そ、そやで」


「なんで関西弁なんだよ?」


 平静を装うソラではあるが、彼氏との美術館デートはずっとしかたったことの一つであったために、隠しきれずにテンションが上がって頬が上気してソワソワしている。

 目的のバス停に到着すると、二人で手を繋いで歩き出す。西洋風の門を形どった受付でチケット購入する。


「高校生二枚とパンフレット二部お願いします!」


 気合が入っているソラは銀次の前に出て、チケットを注文する。

 奢られないように銀次はさっさと二人分のチケットとパンフ代を取り出した。


「ほい」


「こ、ここはボクが出すよ。銀次を誘ったわけだし」


「バーカ、こういうのは彼氏が出すのが古くからの習わしってやつだ」


「銀次と一緒に美術館を回るのに、お金を出してもらうとかちょっと意味わかんない。入館料とか払うの当たり前だし。むしろ、銀次にもお金を払うべきなのでは?」


 目がマジだった。なんなら、受付のお姉さんもちょっと引くほどにマジのトーンでソラは言い切っていた。テンションが上がってしまい、暴走気味のソラである。


「落ち着け。一度、その価値観についてじっくり話す必要がある」


「ここはボクが」「譲らねぇぜ」


「お客様、他のお客様もいますので……早目にお決めになって支払いをしてください」


 笑顔で放たれたその言葉は様々な感情を内包した一言であり、ありていに言えば『ここでイチャイチャすんじゃねぇ』という圧力である。


「「すみません」」


 受付のお姉さんに謝りながら、この場は割り勘で支払う。

 地元出身の陶芸家の記念館や土産屋を通り、本館に入る。一階と二階でそれぞれの階の順路を回るようになっているようだ。休日であるというのに心配になるほど人は少ない。二人で少し薄暗い通路に入ると光量を調整した通路に絵画が展示されている。すぐに目に入ったのは銀次の身長よりも大きな絵画だった。


「デカいな」


「大きいよね。ここって都市部の美術館にも貸出されるような絵も置いてある隠れスポットなんだ。この絵はいわゆる宗教画なんだけど時代的には写実的な要素が重宝されててさ、ほら肖像画とかを画家に描かせるのがステータスだった時代の絵なんだよ。だから細部までみっちりと筆が乗って、まさに絵画って感じなんだ。これを一発目に配置するのは王道って感じがして美術館に来たってテンションが上がるんだよね……ハッ!?」


 おもわずめっちゃ語ったけど、オタクっぽいかな。

 と心配になるソラだったが、銀次は目の前の絵画をじっと見ていた。


「すげぇよな。これ18世紀に描かれたって書いてあるぜ。昔の人がこのキャンパスに筆を入れたんだよな。それを今、二人で見ているってのは不思議な感覚だぜ」


 まっすぐに絵画を見つめるその横顔を見ていると胸が甘く疼く。この人はどうしてこんなにも世界を真っすぐに見ることができるのだろう。


「……」


「ん? どうしたソラ?」


「……大好き」


「本当にどうした!?」


「ハッ、つい本音が」


「おう、俺も好きだけどよ。解説してくれよ」


「ま、任せといて。えと、ここからしばらくは写実的な表現が続くんだけど……」


 その後も絵を見ていく二人。銀次は初めの美術館をソラと見るのを素直に楽しみ、ソラも銀次相手に早口で解説を続けていく。二階へ行くと他の美術館から貸し出された期間限定の展示が行われており、ソラのテンションも一際上がっていた。


「今日のメインというか一番楽しみだったのがこれなんだ」


 そこには特徴的な色合いの絵が飾られている。後ろの壁に溶け込むかのような絵画だった。


「なんつうか、一階で見た絵とは明確に違うな。モーリス・ドニって画家の絵か」


「うん、どう思う? まずは銀次の意見が聞きたいな」


 初めてその絵を見る人の感想はとても新鮮で、ソラはこの質問を今日何回も銀次にしていた。


「なんか……のっぺりしてんな」


「そうなんだよ銀次。今日見てきて絵の中でこの絵はもっとも平面的なんだよね。それでいて、色んな色を使っているのに不思議と落ち着いている」


「あぁ、ソラの絵とも違う感じがするな」


「ボクはガッツリ写実的に描くし、奥行きやゴチャゴチャした構図が大好きだから」


 ムンと胸を張るソラ。


「描いている絵と方向性が違いすぎんだろ。それなのにこういう絵が好きなのか?」


「見るのと描くのは違うよ。でも、そうだね。ボクって自分のことを表現するのが怖かったから。見た物を描けば少なくとも否定はされないでしょ。……と思ってたけどこの前の彫像みたいに自分なりの表現も楽しいなぁって最近は思ってるんだ。だから今日、この絵を銀次と見れて良かった。目立っているのに、喧嘩せず、優しく光っている」


「あぁ、確かになんか優しい感じするかもな」


 二人で並んでその絵を見る。

 お互いに、相手ががどんな風に絵を見ているのか気になって横を見ると顔が向き合う。


「……な、何?」


「ソラがどんな顔でこの絵を見ているか気になってな。そっちこそ何だよ?」


「ボクも銀次がどういう風に絵を見ているか気になったんだ」


「せっかくなんだから絵を見ないともったいないぜ」


「そうだね」


 そう言っているのに、二人は顔を見合わせたままで。

 それがどうにもこそばゆくて、周囲を気にしながら小さく笑い合ったのだった。

次回の更新は、月曜日予定です。時間があれば追加で更新したいです。


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奴隷に鍛えられる異世界生活

― 新着の感想 ―
>『ここでイチャイチャすんじゃねぇ』という圧力 (年齢=彼氏なしの目の前の) おねーさんにもいい出会いがありますように。
ところ構わずイチャイチャしやがって! いいぞもっとやれ!
受付のおねえさ〜〜ん!?何てことだ、耐性のない人間が至近距離で銀ソラのイチャイチャを浴び続けるなんて!お仕事とはいえ過酷な仕打ちだ!もはやえ飲料用では間に合わん!豆だ、コーヒー豆を口に突っ込んで咀嚼さ…
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