付き合ってるならこれくらい普通だよね!
「最近、銀次と一緒にいる時間が少ない気がする」
学校からの帰り道で銀次の背中からソラが呟く。
そりゃ、学校が始まったからな。とは言わず銀次は頷いた。
「まっ、今度のデートで埋め合わせしようぜ」
「それはそうなんだけど。ボクは銀次成分が不足しているのだ」
「なんだその金属感のある成分は……」
「銀次は寂しくない?」
腰に回されている手が少し強まる。
「……そういうのは、外で言うもんじゃねぇよ」
「おおう。最近、銀次ってばデレてる」
目をクリクリとしながらソラが銀次の顔を覗きこもうとするが、銀次は顔を背ける。
その耳は夕焼け以上に赤い。
「さてな。っと、なんか買うもんないか?」
商店街に差し掛かったので二人は自転車から降りて押しながら並んで歩く。夕方時の商店街はそれなりに賑わっており、マダム達が井戸端会議を開いている光景が見られている。
「んー、今日はもう晩御飯の仕込みはしてるから。デザートだけ見ようか」
「なら、八百屋だな。ちょうどそこにあるし」
アルミサッシの横開きのドアを開けて店内に入るとしっかりと冷やされた空気が中から吹いてくる。
八百屋兼青果店である店内を見渡すと、夏の商品から少しだけ顔ぶれが変わっていた。
「お、梨があるな」
「栗もあるね。まだ暑いのに気が早い」
二人で覗いていると、奥から店主がのそりと出て来て前掛けを締め直しながら二人に声をかけた。
ちなみに二人は商店街をよく利用するので、銀次とソラが付き合っているという事実は周知である。
「よっ、銀ちゃんに彼女さん。そういや、学校が始まったか。運がいいね、初物仕入れてるから買っていきな。そこの梨はおすすめだよ」
「うぃっす、おやっさん。梨って初物なのか? 夏もあるだろ?」
「そこの品種は秋口からでるから、間違いなく初物だよ。栗ももう回ってるけど旬はちょい先かねぇ。今の時期の栗は炊き込みとかにはいいだろうけど、お勧めはしないよ。いくら初物っても美味しくない」
「客にそんなこと言っていいのかよ」
呆れた調子で銀次が答えると、店主は快活に笑いながら腹を叩く。
「銀ちゃんはお得意様だろう。この商店街は金一には足向けれねぇからな。アイツはまだ出張かい?」
「親父は今、九州だな。夏の繁忙期も終わったしそろそろ帰って来ることもあると思うぜ。商店街にも顔出すだろうよ」
「そうかい、九州なら土産は芋焼酎持ってこいって言っとくれ」
「ほどほどにしなよ。ソラ、買うもんはあるか?」
ソラは顎に手を当てて、果物を覗き込んだあとちらりと店主を見ながら、青果箱から梨を一つ指す。
「この梨一つお願いします」
「……ったく、毎回一番いいとこ持ってくもんなぁ彼女さんはよぉ。いい八百屋になるぜ」
袋を取り出しながらゴチる店主と得意げなソラ。
「どれも同じに見えるけどな……」
「匂いが強いし、形が一番いいよ」
「銀ちゃんはいい子掴まえたなぁ。目利きができる子は金のわらじを履いたって見つからないぜ。大事にするんだぜ」
「常日頃から肝に命じているよ」
「そりゃ結構。毎度あり!」
紙袋に入れられた梨を受け取って、代金を払う。果物の目利きについて話ながらソラの家に着くとすっかり慣れた様子で居間に入る。ソラは着替えに上の階へ行き。銀次は冷蔵庫へ梨をいれた。
「今日はナスとピーマンの揚げびたしと蒸し鶏だよ」
「ヘ〇シオいいよなぁ。今度、母さんに頼んで買って貰うか」
仕込み済みの鶏肉が入られたヘ〇シオを見ながら唸る銀次を見て、エプロンをつけてTシャツにショートパンツ姿のソラが顔を寄せる。
「じゃあ、新しいやつをボクが買うから。新しい方をあげるよ」
「そこは古い方を渡せよ。つーか、買って貰わなくていいっつーの」
「ええー、甘えさせてくれるようになったけど、貢がせてはくれない」
ムムーとふくれながら、ソラはめんつゆを作る準備をする。
小さめの鍋に少量のザラメと味醂、さらに醤油を入れて煮切る。出来上がった煮切り調味料を昨晩仕込み冷やした昆布だしに混ぜあわせる。
冷めているのを確認して、匙で掬い小指の先につけてペロリと舐める。
「ん、いい感じ」
「旨そうだな。素麺食べたくなるぜ」
「明日はそうしよっか。味見てみる?」
銀次も匙に指先をつけて舐める。行儀は悪いが二人きりなのだから問題ない。
舌に乗っためんつゆは少量でもしっかりと昆布の風味がしっかりと薫り、コクも感じられる。ザラメや醤油の種類でも微妙に味の調整ができる為に、しっかりと銀次好みの味に仕上がっているのがソラの技であった。
「手間だけど、これが旨いんだよな」
「この手間を味わいたいってのもあるよね」
その後はナスとピーマンを二人で協力しながら揚げていき、粗熱をとってだし醤油とたっぷりのかつお節をかけて揚げびたしは完成。さらにヘルシオに入れた蒸し鶏も丁度完成した。
「「いただきます」」
大皿に盛りつけられた揚げびたしに蒸し鶏。ぴっかぴかの白米は銀次は大盛でソラは小盛り。
ソラはいつも、銀次が食べるのを待つ。揚げびたしを口にいれて白米を入れた。銀次はたまらないと天井を見上げた。
「旨い! 沁みるぜ!」
「よかった。じゃあ、ボクも……ん、あえて昆布出汁だけの出汁醤油にしたおかげでかつお節が良い感じにマッチしてる。でもこれなら醤油はもうちょい薄めでもいいかも」
「旨いぞ? 凝るのはいいが、あんまり負担にならないようにしろよ」
「銀次にご飯を作るのはテストを終えたボクの安らぎの時間なんだから、大人しく尽くされてよ」
「俺も手伝うって、蒸し鶏も旨いな。流石ヘ〇シオ、つーか仕込みが上手いのか」
「あんまり手を加えてないから、そこまで褒められても困る」
そうは言いつつも、褒められてデレデレのソラである。
「褒め足りねぇよ。八百屋のおやっさんも言ってたろ。日頃から肝に命じて、ちゃんと感謝しないとな」
「ボクは毎秒感謝しているよ。銀次が傍にいてくれることに」
だらしないと言えるほどに、蕩ける笑みでソラはそう告げた。
「俺だってそうだぜ、ったく、俺達そうとうバカップルだよな」
「いいじゃん、バカップル。むしろ銀次はもっとボクにイチャイチャしてくれないとダメだから」
「……おいおいな」
少し照れくさくて、椀で顔を隠す銀次なのだった。食事が終わると、二人で片付けをして次にソラが銀次をソファーに座らせる。
「デザート用意してくる」
「手伝うぜ」
「ダメ。ボクの尽くしたがりだもん」
そう言って台所に戻ったソラは、お盆を持って戻って来る。
銀次の前に切子ガラスの器に盛りつけられた梨と冷やしたほうじ茶がおかれる。
「はい、あーん」
「……」
自然に食べさせてくるソラの圧力に屈して無言で梨を食べる銀次。
「どう?」
「甘すぎないのに味が濃いな」
ほうじ茶を口に含むと香ばしさでより甘味が際立つ。
「初物って東をみて食べるんだっけ?」
「よく知らないな。東はあっちか、次は俺が食べさせてやんよ」
梨を刺したフォークを向けると、ソラは躊躇なく口に含む。
「ムグムグ……おぉ、これは美味しい。シャリ感が絶妙。もう一個買ってタルトとかにしても食感的に合いそう」
「そっちは照れないのな」
自分は照れているのに普通に食べるソラにちょっと悔しい銀次である。するとソラは身体を寄せて銀次の腕に抱き着く。Tシャツ越しの柔らかな胸とショートパンツから覗くしろいふとももの感触がダイレクトに伝わって固まる銀次。
「ドキドキはしてる。確かめてみる?」
「……おいおいな」
このままではダメ人間ルート一直線になりそうだと、心の中で自制を誓う銀次と幸せそうに銀次を見上げながら梨を食べさせるソラなのだった。
次回の更新は、月曜日です。
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