ボクはそっちの方が好き
階段の踊り場で銀次の前に立つ澪を胡乱な目で視る銀次。
「話なら後にしてくれ。教室の窓拭き当番なんだよ」
「……あんたはなんで髙城の傍にいられるの?」
目線を右下に逸らした澪はボソリと呟くように尋ねる。
「あん? そりゃ、一緒にいたいからだろ」
「愛華様はあの子と一緒にいることができなかった。その理由が今ならわかるわ……絵も勉強もあの子は完璧に愛華様を支えてた。私は……転校までしたのに、この夏も足を引っ張ってばかり……ずっと苦しんでいる愛華様をどうすることもできない……あの子ならきっと……愛華様を幸せにできたわ。望む以上に、どこまでも高みへ……愛華様はそれに耐えられなかった。私はその影に比べられることが辛い」
憔悴しきった澪の様子をみて夏休みに何があったのかをなんとなく察した銀次は、表情を引き締めて澪に一歩近づく、強面の銀次に澪は一歩たじろぎながら反応を待った。
「……くだらねぇ。四季にしてもお前もソラを買い被りすぎだ」
「は?」
澪は鳩が豆鉄砲を受けた様に目を見開く。意外な言葉過ぎてまるで鈍器で殴られたかのような衝撃だった。
まさか、今誰よりもソラの傍にいる銀次からそんな言葉が飛んでくるとは思わなかったのだ。
「な、なに言っているのよ。知っているんでしょ! あの子は絵の変わりも生徒会の支援も全部完璧にしてたの。愛華様が望む全てを叶えてきた。側にいるあなたならその恐ろしさがわかるはずだわ!」
「そんなのソラの一部分にすぎないだろ。お前等がソラのその一部分を切り取って過剰に怖がるのは勝手だがよ。あいつは誰かを傷つけることを怖がって自分を傷つけるくらい優しいやつで、いつも全力で、呆れるくらい努力家で……崩れそうなほど繊細だった。お前等はまるでソラが万能の超人みたいにみえて、それはある意味本当だろうけどな。だけど、俺が見てきたソラは全力だったぜ。全力で自分にできることをしようとしてた。それでも、上手くいかなくてボロボロになって……なんでもかんでもできるわけじゃない。四季もお前も勝手にソラの影を大きくして怖がっているだけだ」
「っ……でも……愛華様は……」
何かを言おうとして、それも言葉にならなくて俯く。
「あー……ったく。人に言うの恥ずいんだがよ……俺とソラが一緒にいる理由なんて、俺が好きだからってだけだ。そんで……まぁソラも俺といたいって言ってくれるから。それ以上に理由なんてねぇよ。……そんで、少なくとも四季は現状、ソラよりもお前を選んでいるんだろ。それって能力とかできること以外にお前が四季に必要とされてんじゃねぇの?」
「愛華様があの子よりも私を? そ、そんなわけが……」
「ソラの影見る前に四季と向き合って見ろよ。そうすりゃ、もうちょい色々見えるんじゃねぇの? 俺はアイツのしたことを許す気はないけどよ。んじゃ、通るぜ」
銀次は澪の肩に手を置いて優しく横にずらす。そうして通り過ぎようとした時、振り返った澪が口を開く。
「今……中庭にいるあの子にちょっかいを掛けようとしている男子がいるわ」
「は?」
「愛華様のファンの子が三年の男子に髙城さんが中庭の掃除当番であることを言っているのを聞いて……それで、私は貴方の足止めをしたの。少しでも嫌な噂が立てば愛華様の立ち場がよくなると思って……」
「わかった」
澪の言葉を最後まで聞かず銀次はソラの元へ向かおうと階段を駆け下りようと――。
「いた、銀次っ!」
「うぉ!? とっとととと。ソラ!?」
唐突に廊下からソラが飛び出してきて、階段を飛び降りようとした銀次は手すりにつかまって急停止。踊り場にいる澪も口元を抑えて驚いている。
「葉月さん……やっぱり、銀次が狙いだったんだ!」
階段を登ったソラが銀次を抱き寄せる。ちなみに銀次より二段ほど高く昇っているため胸元に抱く形である。
「え、えと? どういうこと?」
「とぼけたってダメだよ。ボクを銀次から引き離してその隙に銀次に悪いことするつもりだったんでしょ。前みたいに告白のふりでもするの?」
「……モガっ……ソラ、ちょ、息が!?」
「銀次はボクのだから! 愛華ちゃんにも葉月さんにも渡さないもん!」
目いっぱい銀次を抱きしめながら子猫のように威嚇をするソラを見て、澪は毒気を抜かれた様に髪をかきあげる。
「そのつもりはないわ。……今の貴女を見て桃井君が言ってた意味が少しわかった気がする……桃井君、助言ありがとう」
「いや……ちょ、それどころじゃ……」
「むー!」
踊り場から上の階へ昇る澪が見えなくなるまで睨みつけるソラと酸欠で朦朧とする銀次なのだった。
しばらくして解放された銀次が澪との会話の内容を伝え、今度はソラの状況について尋ねる。
「俺はソラが中庭で三年の男子に絡まれているって聞いたんだけど。大丈夫だったのかよ?」
「あの変な人達? 断っても近寄って来るから箒を投げて大きな声で近寄らないでって言ったら、止まって色々言い訳してたけど。そうしていると、いろんな所から人が出てきてその人たちを囲ってたんだよね。『ライン超えた』とか聞こえたけどなんだったんだろう? ボクは銀次が狙われていると思って中庭を出たからあの人がどうなったか知らないや」
「本当になんなんだよそれ……すまねぇ、怖かったな。もうちょい早く葉月の狙いに気づけてたら……」
ソラが危険だった時に助けることができなかったことが許せない銀次は、歯を食いしばる。
「葉月さんに邪魔されてたんでしょ。クラスの女子達も変な動きしてたし」
「……いや、俺が悪い。油断した。今後はソラから離れないようにしないとな」
愛華だけでなく、その取り巻きの警戒も必要だったと銀次は後悔していた。
「うーん、仮に銀次の言う通りあの人達が本当にボクを狙ったものだったとして、なんていうか何がしたいのかよくわかんないんだよね」
「そりゃ、ソラが可愛いからちょっかいをかけたかったんだろ」
「そうなのかな? 可愛いって言われても……ボク一学期ほとんど男子だったし」
教室に辿り着いて鞄(とお重)を持つ二人。周囲を見渡すが、クラスの女子の姿はない。大方、何かを知っている奴はたくらみが失敗した瞬間に逃げだしたのだろう。
「いや、彼氏の色目を抜いても今のソラは可愛いと思うぞ。つーかその言い寄って来た先輩達の似顔絵でも描いてくれ、話つけてくるぜ」
「か、可愛い……エヘヘ、話なんかしなくていいよ。銀次が危ないし、それに何かできるほど意思があるような人達にも見えないもん」
「ソラがそう言うならいいけどよ……ったく、これじゃ俺の方が守られてんじゃねぇか」
「違うよ」
教室からでて靴箱へ、袋から下靴を取り出しながらソラはそう言った。
「いや、違わねぇ。今回は何もできなかったからな。葉月にいいように時間を稼がれてたし」
「あの場所にいなくても、銀次のことを想うと勇気が出せたんだ。ボク、ちゃんと男子に断れたんだよ。銀次は離れていてもボクを守ってくれてると思う」
「俺はなんもしてねぇよ。ソラの力だろ」
「えー、やだ」
「やだってお前……」
自転車置き場に着くと、少し拗ねた表情でソラは自転車のカゴに手に持ったお重を入れる。
「銀次のおかげで助かったいう方がボクは好き」
そう言ってソラは銀次をジッと見つめる。『好き』と言う言葉にドキドキしながら銀次は笑顔で返した。
「そっか。そうだな、俺もその方が嬉しいぜ」
「エヘヘ、だからありがと銀次っ」
校門を出て二人乗りで坂道を降りていく。
「どういたしまして、だけど反省はするからな。今度は直接助けるぜ」
「うん、ボク狙いって言うなら女子達の対策も考えないとね。愛華ちゃんは特に何かしている様子はないけど……」
「今回の件も四季がそれとなく女子達を誘導したんじゃないのか?」
「うーん、どうだろ。なんか違う気がする」
秋の気配はまだほど遠く、暑さの中で風が心地よい。
「まぁ、葉月もたまたまクラスの女子の動きを知ったようなことを言っていたし、嘘でないのなら愛華経由じゃないか。……となると、どういう流れなんだ?」
「ボクってそんなに女子に嫌われてるのかなぁ」
銀次の背中に抱き着くソラ。せっかくの銀次との楽しい二学期の始まりを邪魔されたようだ。
「先輩の女子には嫌われてないだろ。クラスの女子に関してはあくまで発端は四季だろうし、なんか変なことになってんのかもな。今度、斎藤達に頼んで色々調べてもらうか」
「……あの人達。無視したり、イジメきたりしてたのに、謝ってきたりして、それでまた変なことして……何したいんだろ?」
「さてな。こればっかりは俺にもわからんし、わかりたくもない。そんなことより、課題テストも終わったんだから、パーッと遊びにでも行くか」
「おおう、いいね。デートしようよ」
「だな。どこ行くか話し合おうぜ」
「うん」
こうして二人は今度の土曜日にデートに行く約束をして、いつも通り一緒に夕飯を食べたのだった。
次回の更新は、多分月曜日です。余裕があれば更新したいのですが、中々時間がなくてすみません。
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