テストと掃除
始業式の翌日からの二日間が課題テストになる。夜まで桃井宅で勉強した二人は、その日は早めに就寝して万全の体調でテストに臨むことにした。
翌朝、二人で学校前の坂道に差し掛かると見計らったように高級車が二人の前に停まり、中から愛華と澪が出てくる。
「あら、ごきげんよう二人とも」
「……」
優雅に銀髪を書き上げて挨拶をする愛華と、無言の澪を見て銀次は大きくため息をついた。
「はぁ……おはようごぜーます。今日は早いんだな」
「……おはよう愛華ちゃん」
「昨日遅くなった分、早く来たのよ。それにしてもソラはともかく桃井君の挨拶はいただけないわね。クラスメイトなのだから、そういう態度はいただけないわ」
「はぁ?」
昨日の今日でどの口が言うのやらとツッコミたくもなる銀次ではあるが、周囲の目がある中で外面モードの愛華相手に面倒事を起こすとソラにも迷惑がかかると適当にあしらうことにする。結果、四人で歩き出すのだがいつも銀次の後ろにいるソラが前に出て愛華に並んだ。
「銀次はこっち」
「ん? お、おう」
愛華の横に銀次を起きたくないソラである。結果として愛華とソラが並び後ろに澪と銀次が続く形で坂道を並ぶことになった。
銀髪をなびかせながら歩く愛華と、烏羽色の黒髪を揺らすソラ。
身長差はあるものの、二人共手足は長く、そのスタイルの良さと器量は映画の中のような作り物じみた雰囲気を纏っている。愛華は周囲に愛想を振りまき、ソラは無表情のまま銀次の手を引いて前だけを見て進む。視線を交わすことも無ければ言葉も無くただ歩く二人の少女は、その美しさという方向性の違う共通項を持って血のつながりを証明しているかのようだった。
普段なら喜び勇んで愛華を囲う取り巻きですら、この二人が並ぶと委縮して立ち止まる。
そんな二人が並ぶ登校風景は靴箱まで続き、そこからはいつものように取り巻きが愛華の周りに寄って来ることで愛華と澪は離れていく。
「なんか、凄いモンみた気になるな」
謎の緊張感の中、二人に付いて歩いていた銀次は肩が凝ったと首を回す。
「ボクの銀次に近づかないで欲しい」
プクーと膨れるソラである。愛華への警戒はあくまで銀次に対するものだけであり、傍からそれを見る銀次としてはあれだけ意識しときながら、変に勘違いされている愛華に憐れみを覚えなくもない。
「狙いは絶対お前だからな……」
「それなら別にいいけどね。ん、気持ちを切り替えていこう。テストだよっ!」
お重手に気合を入れるソラは、先程の無表情が嘘のように銀次に笑いかける。
「おう! あれだけソラに勉強を見てもらったからな。任せとけ!」
「おぉ、今回もちゃんとご褒美用意しておくからね」
「心配はしてないが、そっちも頑張れよ」
「うん、今回も一位で尽くしたがりでよろしく!」
「……俺が良い点数とっても、ソラが一位になっても俺が尽くされるのなんかおかしくねぇか」
どう転んでもソラにお世話されるエンドになることに、思わずツッコミをいれる銀次なのだった。
教室に入って、ソラは銀次の机にしがみつき愛華は取り巻きにテストへの意気込みを語る。そうしているうちにチャイムがなり、ホームルームが終わるとテストが始まった。
『それでは、テスト開始』
教師の合図で答案用紙をひっくり返した。
放課後。
机にツップする銀次をソラが指先でつつく。
「大丈夫?」
「ダメかもしれん。期末より絶対に難しかったぞ」
ちなみに崩れ落ちているのは銀次だけでなく、クラスの大半は阿鼻叫喚の有り様を呈していた。
「あー、うん。明らかに課題以外の範囲の問題あったね。ボクの問題集だけだとキツいかも……ゴメンね」
「いや、今回のは明らかに先生らの陰謀だろ。数学とか明らかにおかしい問題あったぞ」
「あったね。正直ボクもちゃんと解けたか自信無い。満点とれてないかも」
「ソラですらそれとか……先生達なんのつもりだ?」
言いながら顔を上げた銀次の元にクラスメイトの村上が近づいてくる。
「あー、部活やってる奴の噂では、学校始まって以来の全科目満点が出たから難易度上げたらしいぞ。課題テストは学校側で難易度設定しやすいからな」
「ボクのせい!?」
口をあけて愕然とするソラ。
「月末テストとか元々解かす気のない問題だしてたのに解かれたからな。意地になったか……」
「俺……次、平均以下なら小遣い無しって親に言われてんだよなぁ」
「知るか。帰るぞソラ、明日のテスト勉強だ。このままで終われるかよ」
「うん。ボクも本気ださないとね」
「ちなみに俺もソラちゃんに勉強教えてもらうとか言ってみたり――ハッ! じょ、冗談、冗談に決まってるからな、じゃ、俺はこれでっ!」
村上が言い終わる間に、見てはいけないものでもみてしまったかのように自分の鞄をひっつかんで走って逃げ出してしまった。銀次とソラは村上が見ていた方向を見るがそこには何もない。
「なんだ?」
「さぁ? 帰ろっか」
チラリとソラが愛華を見ると、愛華は取り巻きにテストの話題に応えながら生徒会に行くと取り巻き達に伝え、教室を出ていくところだった。教室を出る去り際、愛華とソラの視線が一瞬だけ交錯し、すぐに二人は背を向けて別方向に歩き出すのだった。
余談だが、銀次とソラが帰宅する際。校内から村上の悲痛な悲鳴のようなものが聞こえたとか聞こえなかったとか。
翌日も課題テストはとは名ばかりのヤケクソ気味な難問が多数叩きつけられる。
実際の所。ちゃんと課題の範囲からも出題されているので、真面目に勉強をしていればある程度は点数がでるのだが、その先は解けるもんなら解いてみろとでもいう教師たちの声が聞こえてくるほど理不尽な問題であった。期末テストで自己ベストの好成績を収めた銀次はテストが終わると天を見上げていた。
「口から煙でも出しそうだね」
「脳ミソがショートしてんだよ。ソラの問題集がなかったら今回は死んでたな」
「うーん、正直、問題集も結構外れちゃってたしボクも反省だね」
「その問題集がなかったらもっと悲惨だっての。さて、今日から学校の掃除もあるし、もうちょっと頑張るか」
「そういえばそうだね、銀次は掃除どこ?」
「教室……だったんだが、なんか急に荷物運びを先生に頼まれたんだよな。別にいいけどよ」
「じゃあ、終わったら教室に集合ね」
「わかった。また後でな」
ホームルームが終わり校内清掃が始まる。ソラが割り振られたのは中庭の噴水周りだった。夏休み中もボランティアによる清掃が行われているとはいえ、やはりいつもよりもゴミが多い様に見える。冷房の効いている教室とは比べ物にならない中庭の熱さに辟易しながらもチリトリと竹ぼうきでソラが掃除をしていると、掃除時間にも関わらず数人の男子生徒が中庭に入ってきた。どうやらこちらに近づいてくるようだ。周囲には他にも当番がいるが全員が女子であり、ソラはとは距離を置いていたので男子達は苦も無くソラに歩み寄る。
「やっぱ、掃除中はあのヤバイ奴らもいないな」
「お前……マジで行くのか?」
「当然だろ。せっかくここにいるって教えてもらったんだぜ。マジで可愛いんだって」
「話すだけならいいだろ」
そんな話をしながら入って来たのはタイの色から見て二年生のようだ。
「……ふぇ」
男女問わず知らない相手には人見知りが発動するソラは、脳内でプチパニックになって逃げるのが遅れてしまいとっさに樹の後ろに回り込むも隠れられるわけもない。周りの女子達はそもそも敵で頼りにならない。
「ちょっと、少し時間いい?」
明らかな拒絶を無視して男子は話しかける。校則に触れない程度に染めた茶髪を書き上げるその男子は整った顔立ちをしてはいるが、ソラにしてみれば不快感しかない。
「……」
無言で睨みつける。海で会ったナンパに比べれば怖くない。と銀次を思い浮かべながら息を深く吸う。
「あの、今、掃除中だし。話すこと、ない、です!」
ちゃんと大きな声(当社比)で言えた。むふーと鼻から息をだして顔を上げるも、男子達はニヤニヤ笑いながらその場を動かない。
「ええー、めっちゃ冷たい。いや、普通に話しするだけだってば」
「声も可愛いってか、なんかアニメ声じゃね?」
こ、こいつ等……学校のルールも守らないし、人の話も聞かない。よし、逃げよう。
ソラは逃げ出す隙を作る為に箒を強く握りしめた。
※※※※※
「ちょっといい?」
「……またかよ。掃除終わってからにしてくれ。他のやつに迷惑だろ」
同時刻、階段の踊り場で銀次の前を通せんぼするように葉月 澪が立ちはだかっていた。
次回の更新は、多分月曜日です。余裕があれば更新します。
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