始業式のスピーチ
斎藤と話を終えて、銀次とソラが教室に入る。まだ早い時間であり、生徒は三分の一も来てはいない。銀次が持つと言っても頑として譲らなかったお重を机の横にかけて、ソラは銀次の机にしがみつくように身を寄せる。顔を半分だけだして目を細める様子はどこか猫のようだ。
「……ここが落ち着く」
「普通に座りゃいいだろ」
「銀次の膝に?」
「なんでだよ!」
バカップル上等とは言え、登校初日から彼女を膝に座らせるのはそのまま指導室行き確定である。
「「「チッ!!」」」
ソラを見に来た他生徒が盛大に舌打ちをするが、甘んじて受ける銀次なのだった。
一年に可愛い女子がいるという噂で覗いた大半の男子生徒は、あまりに銀次にベッタリのソラを見て諦めて素通りするか、銀次に怨嗟の視線を浴びせて去っていく。
「考えて見りゃ、こういうのも新鮮だな」
「何が?」
銀次の横顔を脳内でデッサンしていたソラは首を傾げる。
「男子からの視線が増えてきているってことだよ。ソラが可愛いからな」
「……な、なに。照れるよ」
ソラが学園一位を取った時からちょくちょくこう言ったことはあったが、そもそもが男装スタートだったために、ソラと付き合っていることに関しての嫉妬は斎藤達のような近い距離の男子からが主だった。そのことを考えると今、額に手を当ててニヤニヤを隠しているソラはやはり他の男子から見ても魅力的に成長したということだろう。
「その照れ方、男子みたいだぞ。つーか、距離が近すぎじゃねぇか。別にいいだけど教室だぞ」
「そう? 普通だよ。むしろ、お休み中より大分遠いもん」
夏休み中はほぼ引っ付いて過ごしていた為に、距離感のネジがトンでいるソラだった。
徐々ににじり寄るソラを見て、銀次は苦笑してその手を握る。
「べぶっ!」
変な声が出るソラを見てカラカラと笑う銀次。
「まっ、こんくらいならいいだろ」
「だ、だよね。エヘヘ、これくらいいいよねっ!」
俯きながらホッペが緩んでしょうがないソラである。銀次に甘々にされて真っ赤な表情のソラを目撃した何人かはその破壊力に胸を押さえて蹲り、クラスの男子の何人かが何故か自らの太ももを全力で殴りはじめたり、そうでない男子からの嫉妬の視線が銀次に浴びせられるが銀次はどこ吹く風と受けながす。クラスの女子達はあからさまに敵意の視線を向けてくるが、銀次が睨み返すと彼女達は視線を逸らした。ついでにクラスを見渡すが一番警戒している相手がいないことに眉を顰める。
「そういや、四季はまだ来ていねぇな。葉月も来てねぇし……」
「(にぎにぎ)愛華ちゃんのことだから這ってでも始業式までには来るよ。(にぎにぎ)多分、挨拶とか(ぎゅー)するだろうしね」
銀次の手を両手で握りながら対して興味無さそうにそういうソラ。
「そうか……ソラ、くすぐったいんだが。あと柔らかいな」
「銀次の手はゴツゴツしてて、タコもあるね。もうちょっとだけ、こうさせて(ぎゅー)」
「いいけどよ。なんか手汗掻きそうだぜ」
「むしろばっちこい」
「お、おう。そろそろチャイムなるぞ」
「ギリギリまで。こうしてる」
そんな二人を見て、銀次は憎いが『彼氏にデレデレの髙城ちゃんが一番可愛い現象』によって色んな感情を味合わされた多くの新参者がコーヒー堕ちしていたが、始業五分前のベルが鳴ると流石にそれぞれが教室へ帰っていく。
結局、始業のベルが鳴っても愛華は教室へ入って来ることはなかった。
始業のベルと同時に教師が入って日程を告げて、すぐに始業式の為に全員が体育館へ移動し始める。
県内でも珍しい冷暖房完備の体育館で始業式が始まり、校長の話の後に夏休み中の部活動や学校活動の表彰が始まった。運動部への表彰が終わり、文化部への表彰が始まると表彰の為に待機する生徒の列に目を惹く銀髪を靡かせて愛華が並ぶ。
遅れて出席したのだろうか、しかし、余裕を持った表情で息一つ切らさず愛華は列に並んでいた。ソラから逃げるように愛華を頼ろうとしていた取り巻きの女子達から安堵のため息が漏れる。
『それでは、最後に美術部より四季 愛華さん。夏季高等学校文化祭油彩部門にて奨励賞を受賞されました。これは一年生では大変名誉なことですので、是非スピーチもお願いします』
これまでと打って変わった大きな拍手が体育館中から沸き起こる。胸を張って前に出る愛華は歩き方から人を引き付ける所作であり絵になっていた。校長から改めて表彰状を受け取ると愛華は前に出てマイクを握った。
『この度、油彩部門で奨励賞を受賞しました。四季 愛華です。ご指導いただいた先生、そして支えてくれた仲間に感謝をしています。特に生徒会にはフランスの姉妹校との交流会など忙しい時期に学校離れて迷惑をかけてしまうことを申し訳なく思っていたのですが、背中を押してくださって、全力で望むことができました。他にも――』
同じ長い話でも、校長のそれとは違い『四季 愛華』が話すだけで、誰もが進んで話を聞き、愛華を褒めたたえる。その中で銀次は欠伸を噛み殺し、ソラは先程まで握っていた銀次の手の感触を思い出していた。そんなソラを壇上から愛華は一瞥し、スピーチを続けていた。