芸術祭デート:後編
開場の騒がしさが会場に伝播していく。冷房の涼しさを押しのける熱気を全力で感じながら、二人はその中を歩いていた。
「ソラ、人ごみは大丈夫か?」
「大丈夫だよ。あっ、あの絵もいいなぁ。動物の描き方って個性出るよね……」
戻るついでに目に入った作品に突撃するソラを見ながら銀次は苦笑する。この様子では例え疲労を感じていても自覚できないだろう。でも、それだけソラが楽しんでいることが嬉しい銀次である。こうなれば一緒に楽しんだほうがいい。
「『白目で寝る犬』……シュールだな」
「あはは、でも可愛いよ。本当にこんな顔で寝てるんですって説得力あるし」
口を半開きにして展示品を見ている二人。特に決まりのない芸術祭だからこそ、ネタに走った作品もあれば採算を度外視した力作もある。首を傾げるようなものや、お互いの感想が真逆のものもあり、作品を楽しみながら自分達の作品まで戻って来ると、数人が足を止めて作品を見ていた。知り合いかと思ったが、どうやら違うようだ。銀次とソラよりかはやや年上の若い女性三人だった。
「あの人達、ボク達の作品を見てるのかな?」
「そうじゃねぇか? ちょっと近づいて見るか」
まるで、かくれんぼで隠れている相手を見つけた時のようなソワソワした胸の高鳴りを持って耳をそばだてる。
『きれー、海……だよね?』
『うん。ねね、説明を見るとこれって金属の溶接からやったらしいよ。高校生二人で』
『すっご、写真撮ろうよ』
展示品は説明欄に写真やSNSへの投稿をしてもよいか説明してあり、二人の作品は作品に触れさえしなければ特に禁止事項はなかった。スマホを持った女性が写真を撮ってもらおうと振り返ると、銀次と目が合う。
「写真っすか。とりましょうか?」
「はい、いいんですか。じゃあ、このカメ……わっ!」
銀次の後ろに隠れていたソラと目が合ってビックリさせてしまう。
「すみません。こいつ、人見知りで」
「いえ、ちょっと驚いちゃって……」
「……」
そのまま女性はポーっとした表情でソラに見惚れるが、ソラは緊張で逆に睨みつけてしまっている。
「あー、とりあえず撮りますか?」
「あっ、は、はい。皆、こっちこっち」
埒が明かないと銀次が写真を促すと、我に返った女子達が彫像の前でポーズをとり、銀次がシャッターボタンを押した。スマホを返すと、女性達はどこか呆けた表情で銀次にお礼を言ってその場から去っていく。見送った後に銀次は背中に張り付いているソラを引き剥がした。
「……おい、相手を睨んじゃダメだろ」
「え!? 睨んでた? どういう風に思ったのか気になって見てただけなんだけど」
「自覚ないのかよ。無表情でジーっと睨んでたぞ」
「むむ、画塾でもギャル先輩に怖い顔してるって言われてた……そんな気ないのになぁ」
むにゅむにゅと自分のホッペを揉むソラ。実際の所、相手はソラに見惚れていたのだが、この辺は銀次も勘違いしてる。そうこうしていると、斎藤、田中、村上と男子三人がやって来た。
「かなり迷ったぜ。よっ、これが二人の作品か」
「夏コミに比べれば余裕余裕」
「こういうの初めて来たけど楽しいな」
見しった相手なのでソラも警戒を解いて、銀次の後ろから出て作品を掌で示す。
「これがボクと銀次、二人の作品だよ」
「解説してやろうか?」
「まてまて、ゆっくり見せてくれよ」
三人は最初はどう作品を見るのかわからなかったが、横の説明文を読むと三人で懐からコーヒーを取り出して一気飲みして、もう一度作品を眺める。
「……そっか、髙城ちゃん。良かったなぁ」
斎藤が目尻を抑え、村上と田中が銀次に詰め寄る
「銀次お前、髙城ちゃんにここまでさせといて、泣かしたら許さねぇからな!」
「俺がゲーム三昧している間に羨ましいぞっ!」
ダメージを受けた三人は、お互いを支えながら去っていった。その後もスズや哲也を始め、見知った人が作品の元に来る。訪れた人は一様に作品を見て笑顔になっていた。
見知った顔が一通り訪れ、次は一般の客が彫像の前で足を止める。時折、作者であるかと聞かれると銀次がソラをつれて二人で説明をしていた。ソラは銀次の後ろに隠れ目線を伏せがちではあったが、懸命にこだわりや苦労した点をしっかりと説明している。
人だかりという物は不思議なもので、作品が眼に入らなくとも人が人を呼んでしまう。
二人の作品の前にはいつしか人だかりができ、さらにその人が増える。流石にちょっと人が集まりすぎかと銀次が心配するが、オールブラックス達や哲也が間に入って列整理をすることでなんとか行列を一定の所で止めていた。その後も休憩を挟みながら唐突な取材や工場のおっちゃんどもの襲来だの、それなりにイベントこなしながらなんとか会場の閉館時間まで二人は過ごすことができた。
「つ……づがれだ」
「ちょっとしんどかったな。つーか、俺でもこんなになってんのに、よく持ったな」
閉会の挨拶がアナウンスで流れて一般客が帰った後。作者だけは設置の調整の時間が30分だけ与えられていた。といっても銀次達は特に作品に手を加えることはないので、二人でパーテンションにもたれ掛かって人通りの少ない通路の脇で座り込んでいる。
「ぼ、ボクだって多少は成長しているんだよ……まぁ、スズとかテツ君が休憩させてくれたからなんとかなっただけなんだけどね」
「よく頑張ったな」
「……うん、ありがと。銀次ってばずっとボクを心配してたでしょ」
「まぁな。でも、何かあったらすぐに俺に言ってくれるって信じてたからな。いうほど心配はしてなかったぜ」
ショッピングモールの人ごみすら半日でグロッキーになるソラだが今日は最後まで現場に立っていた。
展示はできているのだから、会場を後にしても何も問題はないのだがソラは始めての銀次との合作の晴れの場をしっかりと見届けたかったし、銀次もその想いを尊重していた。その結果が立つのもおっくうなほどの疲労なのだが、一日をやり遂げた達成感が心地よかった。
「ね、最後に。お客さんの立ち場で見てみようよ」
「おう、イテテ。腰がツリそうだ」
「あはは、おじさんっぽいよ。ほらっ、最後にボクが銀次に像を説明してあげる」
「いいぜ、教えてくれよ」
ソラが差し出した手を掴んで立ち上がる。手を繋いだまま自分たちの作品の前に立った。
今日一日でたくさんの視線を受け止めた作品は朝とはどこか違う気がする。
ソラが銀次の手を強く握る。一度目を閉じて、ゆっくりと開いた。
金属板とポールで作られた彫像は下から上へと塗装がグラデーションにになっていて。深い藍から光を受けて煌めく空色へ泡が立ち昇り、日に照らされるように不安定なままに変わり続け、最後に泡は消えずにハートになっていた。
ポツポツと小さな声で、だけどしっかりとソラは銀次に告げる。
「ボクは真っ暗で、自分が何かもわからなくなって……性別、好きな物も、描きたかった事も、わからなかったんだ。でも、それで良かったんだ。だって、なにもわからないのならば、辛いことも、思い出したくないことも全部見て見ぬふりをしていたから。でもね――」
次は銀次がその手を握り返す。優しく、強く、握り返す。こぼれる涙の熱を感じながら、案内文には書かれていない銀次の為だけの説明を続ける。
「銀次が連れ出してくれたんだよ。……暗くて、なにもわからない冷たい場所から、ボクの形を作ってくれた。美味しいご飯も、好きな景色も、誰かと笑える幸せも、描きたかった未来も、想像したこともなかったほどの素敵なことを銀次がくれたんだ。……君は『私』の光そのもので、それを伝えたかったんだ」
「おう。……ありがとよ。じゃあ次は俺の番だな」
「え? わっ!?」
手を解いて、今度は銀次がソラの肩を抱いて引き寄せる。
「つっても作品の説明じゃなくて俺のことだけどよ。形がないのは俺もだったんだぜ。努力は報われるわけじゃないって中学で思い知らされて、それでも頑張ってよ。相方は立ち直ったってのに……多分、俺の方はまだ恐かったんだ。だから野球を続ける気にならなかった」
「銀次……」
いつも自信満々の恋人の手はどこか弱弱しくて、だけどそれが嬉しかった。
「だから、誰よりも頑張っているお前を見て、幸せになって欲しいって思って。一緒にいるうちに俺も前を向けた、好きになって、心底惚れて、ずっと一緒にいたいと思った。上手い例えとか思いつかないけどよ。ソラは俺にとって道標みたいなものだったのかもな。お前がいたからまた歩き出そうって思えた。凄いよな、この作品はそのうちの一つなんだぜ。これから色んな思い出を二人で作ってこんなのがあったなぁって思い出すんだ。きっといつだって鮮明に思い出せる。なぁ、ソラ?」
「なに?」
自分から抱き着いてソラは応える。銀次はニカッと笑いながら言葉をつづけた。
「この夏は最高だったな!」
「うん」
「この最高の夏が普通になるほどに、ずっと一緒にいてくれるか」
「うん……いる。ずっどい˝る˝」
ソラの涙はもう止まらなかった。
二人抱き合い、キスをする。
その後に二人は閉園のアナウンスが鳴るギリギリまでこの夏の思い出を話し続けた。
二人の後ろには作品の説明とタイトルが書かれたプレートが置かれている。
そこに描かれた題名は。
『私達の初恋』
であった。
夏休み編終わりです。次回から新学期の始まりです!
更新は、多分月曜日です。余裕があれば更新します。
いいね、ブックマーク、評価、していただけたら励みになります!!
感想も嬉しいです。皆さんの反応がモチベーションなのでよろしくお願いします。