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芸術祭デート:中編

『開場10分前です』


 場内にアナウンスが響く。設置にこだわる出展者から悲鳴が聞こえたり、お祭りが始まる前のどこかこそばったい雰囲気にそわそわする。


「いよいよだな。まっ、ここまでくれば俺達にする事はないがな」


「他作品も見て回りたいなぁ。愛華ちゃんはこういうカジュアルな展覧会みたいなのは興味なかったから、興味あるんだよね。あの動画のやつとか」


「あぁ、あれ凄いよな。VRのゴーグルつけるやつ」


 二人で話していると、銀次とソラスマホがほぼ同時に鳴る。


「ん? なんだ?」


「えーと……スズが『ぎゃう達』来ているけど、入り口がわからないらしい」


「ぎゃう? こっちは斎藤だ。並んでいるけど、場所がわからないとよ」


 しばし二人で顔を見合わせて、クスクスと笑い合う。


「「迎えにいく」か」いこっか」


 幸い、スズと斎藤が迷っている場所は同じだったので、二人で歩き出す。冷房が効いているはずの会場はすでに熱気に包まれており、サークルで作品を出しているところなどはチラシの準備をしたり、この時間ですら設置の調整をしているものなど、人によって様々だ。歩いていると、アナウンスのベルが鳴る。


『時間になりました。これより、第二回二県合同芸術祭を開催します』


 歓声と拍手が巻き起こり、芸術祭が開幕した。


「始まったな。人ごみは大丈夫そうか?」


「大丈夫。こうするから」


 ソラから銀次の手を握り、指を絡ませる。そして本人は視線を斜め下に向ける。


「……完璧。我ながら天才的なアイデアだよ」


「これで、スズやら斎藤を迎えにいくのか?」


「あんな題名の作品を展示していまさらじゃない?」


「それもそうか」


 銀次がその手を握り返し、入り口へ向かう。

 コンベンションセンターには一番外の入り口が四つあり、さらに中に別の入り口が八つあるというとにかく面倒な作りになっている。どの入り口からでも入場できるつくりではあるが、受付の関係上一般客は正面二つの入り口に行く必要があった。その為、最初の入り口を間違えると中にある受付がわからなくなってしまうのだ。


「つっても、俺達もわざわざ調べないと知らない芸術祭だしな。わざわざ見に来る人も少ないんじゃないか?」


「あるあるだよね。規模が大きくても、身内しかこないやつ。一般的に夏休み最終日だし、その辺も来るのが難しい人がいそうだもんね」


「宿題終わってない勢か……絶対にいるだろうな」


 機嫌よく、銀次の腕をブンブン振りながら歩いているソラだったが、ピタリと歩みを止める。


「銀次……あれ?」


「あん? は?」


 その理由は見えてきた入り口に並ぶ人の列だった。まだ受付までは少し遠いはずなのにすでにかなり並んでいる。


「えっと、人は多いみたいだな」


「な、何でだろ」


 先程までの上機嫌から、人ごみに圧倒される小動物になったソラは銀次の腕を抱きしめながら防御姿勢を取り始める。


「歩きずらいし……当たってるぞ」

 

 下着の固い感触とその下の柔らかな感触に変な汗が出そうになる銀次。


「当ててるから」


「……逆に危ないぞ」


 対人防御姿勢(銀次の腕に抱っこモード)になった二人が歩いていると、横から声が掛けられる。


「あっ、兄貴。ソラ先輩。おはようございます」


「お、テツ……ヤ?」


「テツ君。おは……」


 下を向いていたソラも顔を上げて硬直する。そこにいたのは哲也であったが、その周囲には四人ほどの個性的かつそれぞれ方向性の違う魅力を持った女子が触れるか触れないほどの絶妙な距離感で立っており、なんならお互いを牽制している。


「あっ、哲也君のお兄さんですか。あたし、哲也君と同じ中学の――」


「ちょ、急に出てこないでください。お兄さん。私は哲也さんと同じ生徒会だった――」


「二人は同中なんだから、今日くらいは譲りなってばー。ねっテッツ。ちゅーか、お兄さん、カッケー。流石テッツの兄っ! そんで、彼女さんも可愛いー。えー、芸能人?」


「あー、はいはい。お兄さんも彼女さんも困ってるから。列も進んでいるし、自己紹介は後でしますよー。桃井君、喉は乾いていないですか?」


「……大丈夫」


 『助けて』というメッセージを死んだ魚の目で二人に送る哲也である。銀次とソラは哲也を見て、生温い笑顔を浮かべる。


「じゃ、俺は斎藤達を探すから」


「スズが呼んでるから。ば、ばいばーい」


「……」


 無言で二人に手を伸ばす哲也を置いて逃走を図る銀次とソラ。十分に距離をとってから一気に話し始める。


「ハーレムだった。ハーレムだったよ銀次っ。初めて見たっ!」


「嘘だろ。あんなラノベみたいな世界が本当に存在すんのかっ! あいつが、モテるのは知っていたが……」


「すごいね……流石テツ君」


「我が弟ながら末恐ろしいぜ」 

 

 驚愕の事実に困惑を隠せない二人である。口元を抑えて考え込む銀次だったが、同じく驚いていたはずのソラだったが銀次の腕を引っ張る。


「……銀次も憧れたりするの?」


「バーカ、俺はお前がいれば十分すぎるくらいだっての」


「ならよしっ! えへへ、銀次がボクの彼氏で幸せだよ」


 ふにゃりと笑うソラと手を握る銀次。ちなみにだが、哲也の周囲を見て暗黒面に落ちそうになった客がこの二人を見て胸を押さえて浄化されていたりするという謎の現象が発生しているのだが、当の本人達は自覚が一切ない。桃井家による地獄と天国(ある意味地獄)を生み出しながら、列を辿っていくとスズとその友達のムツこと六実ムツジツとツッキーこと津久井ツクイが手を振る。


「おおー、こっちだよソラち。なんか、有名な人が来るとかで人が多いねー」


「来たよソラ。おいおい、眼鏡とか属性盛ってんじゃん」


「やっほー。うっはー、ベッタリ、彼氏さんもおはよう。今日もカッコいいですねー」


 染め直したばかりの茶髪のスズに金髪スレンダーな高身長のツッキー、ソラと同じほどの小柄な体躯に人懐っこい笑みを浮かべるムツ。哲也達を覗けば、全体的に大人達が並んでいる列の中で三人はかなり目立っていた。


「……銀次はボクのだから」


「わ、わかってるってば。冗談っていうか、男見たらとりあえず褒めとけーみたいなー」


「それを彼女持ちにすんなし」


「ソラち。デカT可愛いねー。私もそんなの買おうかなー」


 ソラがムツを牽制し、前に出る。銀次としては同年代の女子と絡むソラはかなり微笑ましく。学校では決して見られないその光景を見て思う所があった銀次は、ポンとソラの肩に手を置く。


「ソラ。俺は斎藤達とこ行くから後で合流でもいいぞ。せっかくなんだから話でもしとけよ」


「え、うーん。どうしよ」


 悩むソラに慌てた様子でスズが入って来る。


「ダメだよソラち。折角なんだから今日は銀次と一緒にいなよ。私達とならいつでも遊べるもん」


「だねー。ソラ、場所だけ教えてよ。ここわかりづらいんだよね。あと、抱きしめさせて」


「ツッキーが暴走している……あたしは彼氏さんの方がグヘヘ」


 手をワキワキさせるツッキーとムツを見てソラが銀次を引き寄せる。


「行くよ銀次っ! こんな野獣の前に銀次を置いてけないよっ! ボク等の作品の場所は――」


「おけおけ、後はパンフあるからわかるよ。頑張るのじゃソラちよ」


「わかったよ老師っ!」


 手短に作品の場所を伝えたソラは銀次を抱き寄せて歩き出す。


「引っ張るなっての。いいのか?」


「今日は銀次とのデートだもん。スズ達とは今度遊ぶからいい。」


「……そっか。そりゃいいな」


 ソラに女子の友達が出来たことを心から嬉しがる銀次なのだった。ちなみにだが、一向に見つからない斎藤達を探していると入り口横で待機する集団を発見した。斎藤、村上、田中のいつもの三人に加えて三十人ほどが同じ高校の生徒のようだ。無論全員がオールブラックス(旧:遠目から髙城ちゃんを見守る会)である。


「銀次。髙城ちゃ……」「私服の髙城ちゃ、グフッ」「直視は危険だ。各自コーヒーを手放すなっ」「え? 髙城ちゃん。ちょ、夏休み前と全然違う……かわ、かわかわ」「夏祭り行ってない奴がバグってるぞ」「この期におよんで手繋ぎとか俺達をどうするつもりだ!?」「髙城ちゃんを見ていることについて金銭が発生しないのがこの世のバグだから」「……桃井君の半袖パーカー、腕筋……」「あれー桃井君の印象が違うっていうか、あれ? かっこ……」


 などの発言が見られたが、全員限りなく小声で二人には聞こえていない。人の圧力にソラは銀次の後ろに隠れ、そのまま銀次が一団に近づく。


「何やってんだお前等。先輩方もいるし」


 缶コーヒーを一気飲みしてなんとか体制を立て直した斎藤が応じる。オールブラックスのことは二人に知られてはいけない為に、用意した言い訳を披露した。


「いや、お前等の展示について野球部で共有していたら、他の部活も集まってな。応援しているぜ。だから今日は学校の生徒が見に行くかもだが、まったくもって、何もおかしいことはないから安心してくれ」


「お、おう。そりゃありがとな。場所教えるぜパンフあるか?」


 その言葉に全員が無言で懐からパンフ(有料版)を取り出す。


「あー、立体のコーナーだからこっちの自由展示を横だ。割と目立つからすぐわかると思うぞ」


 無言のままにペンで印を付ける団員達。物言わぬ集団の圧力にビビるソラ。


「髙城ちゃんが怖がっているダルルルルォ!」「散開っ!『伍』の陣形になり合流点で待てっ!」

「「「「了解」」」」


 小声の指示で一瞬で消える一団にポカーンとする二人。残った斎藤、田中、村上が何事も無かったように向き直る。


「今のは何だ?」


「ん、何でもないぞ」


「そうそう。じゃ、俺達も向かうわ」


「意外と規模大きいのな」


 そう言って、消えていく三人。どうせなら一緒に行こうと誘う前に一瞬で消えてしまった。


「何なんだアイツ等?」


「さ、さぁ? ちょっと怖かったよ」


 このことは一瞬のことであったが、二人が列を辿っていく先々で会話して歩いたことで水面下で一つの噂が広まっていた。その内容とは。


『めちゃくちゃ可愛い子が出展者にいるらしい。出展は彫像らしい』


 である。彼氏が横にいたのだが、そのことは伝達の中でそぎ落とされ、来院者の中で広まっていくのだった。


遅れてすみません。昨夜推敲していたら間違って全消ししちゃって徹夜で書き直しました。


次回の更新は、多分月曜日です。余裕があれば更新します。

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まぁこの兄弟がモテない方が おかしいですから••• それにしてもラブコメ火薬•ラブコメガソリンが ばら撒かれましたね、そしてここに 【愛のバクダン】が落とされるんですね。 とんでもない被害が出そうです…
テツくんモテモテで草ァ! 女の子と縁が無いと思ってたのは4人が牽制し合ってたからかな?
不味いぞ……このままでは尊死で死者が出る……! 誰が死ぬって? 私(オールブラックス)だ
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