芸術祭デート:前編
夏休み最終日の前日の夜。ソラの家のリビングでタルタルソースたっぷりのチキン南蛮に被りつき、白米でそれを流し込んだ銀次は口を開いた。
「旨い! 勝利の味だぜ!」
「お行儀悪いよ。口元汚れてるし……ほら、拭いたげる」
慣れた手つきで銀次の口元を拭いながらも、尽くしたがりができてご満悦のソラである。
「ありがとよ。いやぁ、しかし、やり切ったな」
「うん、疑似テストでも平均90点だもんね。頑張った、偉いよ銀次」
「ソラの教え方のおかげだぜ。これで心置きなく明日は芸術祭に行けるな」
付け合わせの千切りキャベツをモリモリ食べながら明日のデートの話をする銀次。
「うん、スズも友達を誘って明日来てくれるって」
「ムグムグ……俺も斎藤達に連絡したぜ。そういや哲也も後輩つれてくるって言ってたな」
「「……」」
食事の手を止めて見つめ合う二人。
「こ、ここまで来たら。いっそ開き直るしかない……だよね」
「そうだ。せっかくだ盛大に見せつけてやろうぜ」
恥ずかしさの中にどこか悪戯心のあるソラと、開き直って笑顔の銀次。
「最近の銀次は……なんかずるいなぁ」
テーブル下の足先で銀次をつつくソラ。くすぐったそうに銀次が身をよじる。
「やめっ、そっちだって行儀悪いぞ。別にずるくないだろ」
「ボクだけ恥ずかしがっているような気がする……でも良しっ!」
「いいんじゃねぇかよ」
「でも、悔しい。そうだっ!」
ソラとのバカップルに好意的になっている銀次に、最近押されているソラは何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「テスト勉強頑張ったご褒美まだだったよね」
「……あん? いや、毎日何かしらしてもらっているが」
「それよりももっと特別なご褒美あげる」
食事後。
ソファーの上で銀次はソラに膝枕をされていた。蕩けそうな表情で口元を緩ませながら銀次の頭を撫でるソラである。
「テスト勉強頑張ったね。銀次偉いね~」
「彼氏扱いと言うより子ども扱いじゃねぇか?」
と言いつつも、太ももの柔らかさと頭を撫でる手の心地よさ。そして時折触れるモチモチの二つのクッションにドギマギしている銀次である。
「これこそが恋人同士における、最上級のご褒美だって秘伝の書にあったんだよ」
「どこで仕入れた知識なんだか……」
秘伝の書(少女漫画)の仕入れ先は無論、スズ(老師)である。
「ご褒美になってない?」
「…………なってるに決まってるだろ。うわっ!?」
顔真っ赤な銀次を見てソラは覆いかぶさる。
「可愛いなぁ銀次は!」
「ちょソラ。息がっ……」
言わせたソラは愛おしそうにそのまま銀次を抱きしめ続ける。ちなみにその後は攻守逆転して、ソラに膝枕をする銀次なのだった。
翌朝。
いつも通りの商店街前で待ち合わせた二人はそのまま駅へと向かう。銀次は白の半袖パーカーにカーキ色のカーゴパンツの格好で、ソラはオーバーサイズのシャツにバギーパンツといういつものボーイッシュな格好である。人が多い場所に行くので対策として銀次との勉強でも使った度無し眼鏡を付けている。
「楽しみだな。人ごみで気分が悪くなったらすぐに言えよ」
「大丈夫。ボクも成長したんだよ。銀次の腕を持って地面を見ればいいのさ」
慣れない手つきで眼鏡を上げるソラを見て苦笑する銀次。
「まぁ、いざとなったらそれでいいか」
夏休み最終日の電車に乗り、目的の駅からはバスで郊外のコンベンションセンターを目指す。山一つ越えた場所にあるこのコンベンションセンターはそこそこ大きなイベントがある場所として、県民に知られている場所だった。二人は作品の出展者として早朝から現地入りしているので知っている人に合わずに到着していた。
「えーと、受付どこだっけ?」
「西のEかFの入り口から入れるらしいよ。こっちだね」
人間ナビであるソラの案内で目的の入り口に到着すると、スマホで身分証明して会場へ入る。
「「おぉ……」」
廊下を通って会場へ入ると、パーテンションで区切られたスペースにこれでもかと作品が並んでいた。
一般の参加枠がほとんどを占める芸術祭である為まとまりはなく。絵画や彫像。中にはモニターに電子作品を映していたりとこれでもかとカオスな空間だった。作品の搬入は終わっているものの、作品を最後に設置するのは出展者の役目であり、皆真剣な表情で自分の作品を調整している。
「すげぇな。俺達の作品を探すのも一苦労だぜ」
「こういうのお祭りって感じがしていいよね。ボクは好きだな。ね、早く行こうよ」
人込みは苦手だが、ゴチャゴチャしたものが好きなソラはテンション高く銀次の腕を引いて歩きだした。
程なくして彫像がまとめられている作品の中から緩衝材に包まれた自分達の作品を見つける。ちょうど、別コーナーとの境に置かれたそれは大きさも相まって、かなり目を惹いていた。
「え、めっちゃいい位置じゃん」
「だな。雅臣さん辺りが手配したのかと勘ぐりそうになるが、教える前に位置は決まってたから完全に俺達のクジ運だぞ」
「角度調整しようよっ! えーと、こっちから人が歩いてくるとして……」
「包装を剥がすのが先だろ」
祭りの熱気に当てられて二人は一心不乱に調整を始める。周囲を見てもこのサイズの彫像は少ないようでゆとりのあるスペースで満足いくまで調整ができた。一般開放の20分前に全てのセッティングを終わらせた二人は、作品の前に置かれた額に用意した説明文とタイトルを書いたネームを差し込んで笑顔でハイタッチをする。
夏休み最後のデートの本番が始まろうとしていた。
次回の更新は、多分月曜日です。
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