夏休みの残り
作業の最終日にして、最終工程。塗装ブースの中で、トップコートの塗料をエアブラシで吹きつけていく。
下部はややマットな仕上がりになるように塗料を調整し、マスキングを使って色鮮やかになる上部にはクリアな質感の塗料を吹き付けていく。朝から取り掛かり、昼食も取らずに一心不乱に作業を進め、ついに……。
「完成っ!」
ソラが万歳してマスクのまま叫ぶ。
「おっしゃぁああああああ!」
銀次も膝をついてガッツポーズをしていた。手袋をしたままハイタッチ。
時計を見れば午後二時前だった。片付けをして塗装ブースを出てマスクを外す。
「意外と時間かかっちゃった。寸前でトップコートもグラデーションをつけたいとか言っちゃってゴメンね」
「ああん? 馬鹿言うな。ここまで来て妥協する方が嘘だろ。かなりいい感じに仕上がったじゃねぇか。ブースで乾燥させて。会場へ発送すれば終わりだっ!」
「おおう楽ちん」
「割増料金払うからな。あー、汗だくだ」
「ボクも」
二人で机につっぷする。このまま寝たい、でも汗でベタつくのは嫌なので無理やりお尻を椅子から引き剥がす。
「着替えるか」
「うん、シャワー浴びたい……」
二人で着替えて更衣室から出ると、半脱ぎのツナギ姿で柄井がブースの前に立っていた。
「やっほー、見てきたぜ。いやぁ、最初はどんなもん作るのかわかんなかったけど、絵が入ると凄いねー。これを学生が作ったって、自信無くすぜ」
「お疲れ様っす。柄井さん」
「こ、こんにちわ」
「お疲れー、乾燥と梱包はこっちに任せといて。お嬢から言い含められてるからさ。あっと、そう言えば作業が終わったら事務所まで来て欲しいってさ」
「美沙さんが?」
銀次が首を捻る。何かあっただろうか?
「スマホカバーの件ならまだデザインを絞れてないよ。最終的には銀次とも考えるつもりだったし。コンセプトアートを送っただけだよ」
「納期を早めてくれってんなら、断固断るぜ。こっちはテスト勉強もあるんだからな」
バイト経験により『納期を早める』ということには敏感な銀次である。
「学生だねー。懐かしい……てか俺、中卒だったわー。眩しいねー」
カラカラ笑う柄井に再び挨拶をして、事務所へ向かうとすぐに美沙が飛び出してきた。
「待ってたわ二人共っ!」
あまりに勢いにびっくりしたソラは銀次の後ろに隠れる。
「うっす、何かあったんすか?」
「これよ、これ! 昨晩送られて来たコンセプトアート」
美沙が広げたのは、A3用紙に描かれた大小の歯車とその中心にある噴水の絵だった。
「ん、ソラの絵だな。というかこの中央の噴水のデザインって……」
「彫像のイメージを再構築したやつだよ。カッコいいでしょ」
銀次の後ろに引っ付きながら自慢げな表情をするというちょっと器用なことをしているソラ。
「いつ描いたんだよ」
「昨日。寝る前に描いて、スキャンしてメールで送ったんだ。なんたって作業の最終日だったから落ち着かなかったんだよね」
「……そうか」
自分なら手本があって、数週間あっても絶対に描けないしろものを寝る前のストレッチ感覚で描き上げたソラに対して「まぁ、ソラだからな」ですます銀次(彼氏歴約二ヵ月)であった。
「これ、このまま宣伝に使ってもいいかしら」
「え? それならもう少しちゃんとしたものを描けますよ」
「これがいいのよ。良かったら原本を送ってもらえるかしら……業者にお願いして高画質スキャンしたいの」
「それでいいなら。いいですけど……」
「宣伝費をもう少し引っ張らなくちゃねっ! お父さんに交渉してくるわ、カバーデザインもよろしく頼むわね」
「ぎ、銀次と相談しながら進めます」
「俺とって言うけどセンスは無いぞ」
「……銀次と一緒に作りたいんだもん」
服を引っ張るソラに苦笑する銀次。
「ったく、すっかり頼み事が上手くなって。わかったよ」
「やった」
「じゃ、よろしくね。これは宣伝しがいがあるわよっ。お礼に作品の梱包と発送は任せてね、プロの技できっちり送っとくわ」
「よろしくっす。じゃあ、俺達はこれで」
「失礼します」
嵐のように去っていく美沙を見送って、工場を出た二人は事務員が申し出た送迎を断って歩いてバス亭へ向かう。
「終わったなー」
「思い返せばあっという間だったね」
「人生で一番充実した夏休みだったぜ」
「あはは、ボクもっ!」
アルファルトの照り返しの中を夏休みを振り返りながら歩いていく。話は尽きることなく、汗を掻きながらバスを待つ。風がとても心地よかった。バスに乗ると、冷房の心地よさに息を吐く。
「あー、今日は風があったけどやっぱ暑いな」
「だねー。帰ってすぐにお風呂入ろうよ」
二人席に座る。人ごみが苦手なソラが窓側に座っていた。
「腹も減った……」
「何食べたい? なんでも作るよ」
「んー、昨日はアジフライ食べたから、今日は肉がいいな」
「……ちょっといいお肉食べる? 長風呂してから」
「いいじゃねぇか。なんなら、銭湯でもいくか?」
ソラは目を閉じて眉間に皺を寄せる。
「んー、銭湯かぁ」
「嫌なのか?」
「行ったことない」
「マジかよっ!」
「だからちょっと、怖いって言うか。そもそも、最近まで男装してたし……いきなりはレベル高い……グフくらい強い」
「絶妙な所だな。それにしても夏に水着まで着たってのにな」
「はっ、つまり水着を着て一緒にお風呂とか?」
「ば、バカッ!」
思わず周囲を見渡す銀次。幸い、今の会話を聞かれてはいなかったようだ。
「どしたの?」
「お前の羞恥心がよくわかんねぇ……あー、じゃあ個室とかの露天風呂から練習とか?」
そっと銀次の耳元に口を寄せて、ソラが囁く。
「銀次と一緒に入るならいいよ」
「~~~」
無言で悶える銀次を見て、自分もちょっと恥ずかしくて頬を染めながらしたり顔のソラであった。
翌日。無事に発送が終わったと美沙から確認のメールが届く。しかし、それを確認する銀次に余裕はなかった。
「夏休みが終わるまで、あと6日。最終日は展示会場でデートだからあと5日はみっちりと課題テストの勉強できるね」
ブルーライトカットの度無し眼鏡をかけたソラがなれない手つきで眼鏡をクイっと上げ、その横にはお手製の問題集が各教科につき三冊ほど積み上がっている。わざわざ購入したのか、黒いペンシルスカートに白のフリルブラウスといった女子教諭コスプレである。
「……課題テストってのは課題をすりゃいいんじゃねぇか?」
「それはそう。課題から出る問題が多いから点数も取りやすいよ。だからこそ応用問題で差が出るんだよね。ボクに任せてよっ。しっかりと理解して問題を解くことで目指せ学年上位5位。あっ、ご飯とデザートも気合入れて準備しているから楽しみにしてよね。彼氏のかっこいいとこ見たいなー」
「クッソ、やってやんよっ! お前もちゃんと勉強しろよっ!」
こうして夏休み残りは、ソラによる尽くしたがりと、スパルタ勉強という飴と鞭を受ける銀次なのだった。
次回の更新は、多分月曜日です。余裕があれば追加で更新します。
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