カラオケでバカップル
銀次達男四人が向かったカラオケ店はビル内にあるもので、飲食物の持ち込みが自由というのが売りの店だった。行きがけに大量のポテチとホットスナックを買って、自動ドアから中へ入る。
「あー、生き返るー。今日、暑すぎだろ」
日頃家から出ない生活を送る田中はすでにかなり疲れているが、斎藤、村上、銀次の三人は涼しい顔をしている。
「暑いっちゃ暑いが、グラウンドに比べればマシだろ」
「黒カーテンを閉めた体育館にいるよりは全然耐えれる」
「ツナギきて、溶接するのを考えたら平気だな」
「この体力バカ共がっ! もういい、さっさと部屋借りるぞ」
田中が先導し、受付に並ぶ。
「……結構混んでるな」
「ま、夏休みだしな。待ってればいいだろ。チキンの匂いは周りに迷惑かもしれんがな」
「斎藤がアホみたいに買うからだろ」
「まて、様子がおかしいぞ」
混雑はただの受付街ではないようだ。空き待ちのベンチを囲むように人が集まっている。
『ぜってぇ、芸能人だって。見たことある気がするし』『お前声かけろよ』
『さっき声かけたやつが撃沈してっから』『検索したら出てこねぇかな。顔ちっちゃ』
「おい、銀次。なんか芸能人がいるっぽいぞ。見に行くか」
「は? こんな場所に来るかよ。とりあえず受付するぞ」
呆れた調子で、人ごみの横を通り抜けようとすると。人の壁の隙間からよく知っている人物が見えた気がした。反射的に踵を返し、人ごみを掻き分ける。
「ソラっ!」
「えっ? 銀次?」
人込みの中心は青い顔をして座るソラだった。
「大丈夫か?」
「う、うん。ちょっと、視線に疲れちゃったけど……」
「ナイスタイミングっ! 助かったよ銀次ッ!」
横に座るスズが親指を立て、一拍遅れて他の三人も近寄って来る。
「髙城ちゃんじゃん。え? 芸能人になったの?」
「違うよ斎藤君。何かの勘違いで人が集まって……」
うんざりした顔でソラがそう言うと、横のスズのスマホが鳴る。
「一部屋空いたって! 人数追加したから銀次達も入ってよ」
「いいのか、こっちは他にも三人いるぞ」
「このままだと部屋に入っても覗かれそうだし、男子が入ればソラも安心じゃん」
「ボクも銀次と一緒がいい」
袖を握って上目遣いに頼み込むソラ。
「わかった。お前等もいいか?」
「え、あ、うん。もちろんだっ!」「……わかってるな。このことは同志には秘密だ」「あったりまえだろ。私服の髙城ちゃんとカラオケとか、バレたら磔だぞ」
ソラとスズを見て若干気後れてしている三人だったが、断る理由もなく六人で部屋に入ることになった。
「ふぅ……ちょっと落ち着いた」
ちなみにソラは人込みのダメージからか銀次の腕にしがみついている。それを見てスズは口元に手を当てて震えていた。
「……ソラちよ。お主に教えることはもうない……てゆーか、自己紹介まだだった。銀次、そっちの男子に紹介してよ」
「おう、あー、こっちは海上さん。ソラの中学の時からのダチだ」
「ういうい、海上 美鈴でーす。スズでいいよー。高校は緑南女子ね」
ちなみに緑南女子高等学校は中高一貫のお嬢学校だったりする。
「緑南!? お嬢様学校じゃん」
田中が声を上げるが、スズは胸を張る。
「こう見えて、意外と頭いいからねー。んで、そっちは?」
「デカいのが斎藤、眼鏡かけてんのが村上、髪が長いの田中だ」
「おい銀次、雑っ!」「もうちょい、なんかあるだろうが!」「髪長いって何だよっ!」
「うるせぇ。後は自分で何か言っとけ。それで、ソラ。何で囲まれてたんだ?」
「うーん、何でだろ?」
銀次の横に座りながら小首をかしげるソラを見て、スズを始め他の男子は何とも言い難い表情をする。
「ソラち、ずっと密着してるじゃん」「夏休み前はもうちょい距離あったがな」「しかもそれが自然って感じになってるぞ」
秒で打ち解けた四人がヒソヒソ話をする。全員からの生暖かい視線を受けて、銀次がソラといつもの距離感になっていることに気づいた。
「おっと……ソラ。少し離してくれるか?」
「やだ」
コアラのようにしがみつくソラ。
「おい……皆がいるってのに」
「だって、怖かったんだもん。もう少しで周囲を威嚇するところだったよ」
いつかの猫ソラが現れるほど追い詰められていたらしい。
その様子を見て、スズと男子三人は視線を交わして頷く。
「銀次、そのままでいい。何か注文すっか」「そうだぞ。ソラちゃんを守ってやれ。席とテーブル動かしとくわ」「飲み物取って来るから座ってろ」「ソラち……男子扱いされてたのに立派になって……」
即座に役割分担をして、銀次とソラが座りやすいようにして飲み物を取ってくる男子達。
買ってきたお菓子も広げて一息つく。そして、スズがジュースを飲みながらどうしてあの状況だったかを説明し始めた。
「最初は普通に座って部屋が空くのを待ってたんだけど、ソラちがカラオケ全然来たことないっていうから使い方とか話していたら、同じように待っていた知らない男子が話しかけてきたのだよ。露骨にソラち目当てだったから追い払ったんだけど、それで目立ったらしくって人が集まって来たのだ」
「帽子被ってたから、誰かと勘違いされたのかと思って取ったんだけどね。うぅ、人ごみを避けてカラオケに来たのに逆に疲れちゃった……」
「……帽子取ったせいですごいことになったんだけどね。銀次、マジで今のソラちは魔性だから。少し大げさに警戒するくらいでいいと思う」
「魔性って……」
ちらりと横を見ると、いまいちわかっていないソラが銀次を見つめている。
「なるほど、そう言う事か。確かにソラは可愛いからな」
「いや、今更かよ」
「実際、オーラが違うからな髙城ちゃん。夏祭りの時も普通に噂になってたし」
「俺は、前のちょっと男子感の残っている髙城ちゃんもいいと思う」
「み、皆。適当なことばっかり……」
周囲の会話を聞けるほどに回復したソラがそんなことないと否定しようする。それを見て銀次は考えた。
ソラは可愛い。あまりに可愛すぎて周囲から人が集まるほどだ。しかし、本人は意識がいまいち追いついていない。人前で薄着になることもしばしばあるし、ここはしっかり言っておく必要があるな。
「ソラっ!」
「ふぁ、な、何?」
「いいか、良く聞け。お前は可愛い」
肩を掴んで至近距離かつ真顔で告げる。
「急に何言ってんのさっ! ひ、人前……」
「前々から警戒心が薄いと思ってたからな。この際ちゃんと言っておこうと思ってな。お前は毎日努力して綺麗になってる。自信を持てっ!」
「わかった、わかったから……」
沸騰するほどに顔を真っ赤にするソラだが、勢いづいた銀次は止まらない。
「いいや分かってないな。言っとくけど俺だって毎日ドキドキしてんだぞ。まぁ、俺は惚れてるからってのもあるだろうが、それを差し引いてもめちゃくちゃ可愛いんだ。ちゃんと周りを警戒して自分を守ってくれ」
「あわわ、う、うん、その、そ、それを言うならっ!」
しばらくあたふたした後に、ソラは真っ赤な頬のまま顔を上げて銀次をみる。
「銀次だってかっこいいよ! ずっとカッコイイのに最近はもっとかっこいい。知れば知るほど好きになるし、絶対モテるもん! あ、あんまりカッコよくなりすぎたらダメだよ」
「いや、俺はモテんぞ」
「モテるよ。絶対気づいていないだけだもん。銀次の方こそ警戒してよね」
「いや、ソラの方が――」
「銀次の方が――」
バタン!
「「へ?」」
物音がして二人が音がした方を見ると、スズと男子三人が床に横たわっていた。
「ど、どうした皆?」
「大丈夫?」
「「「「……」」」」
返事は無い。しかし、四人ともとても幸せそうな笑みを浮かべていた。
……その後意識を取り戻した四人は、ヤケクソ気味に恋愛ソングを歌い続けていたと言う。
時間が会ったので更新です。
次回は月曜日更新予定です。余裕があれば追加で更新するかもしれません。
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