追放されたソラ
愛華達は入り口から見て右側にある壁に設置された展示の場所へと到着した。
どうやら招待客達の収集品なども置いてあるらしく、中には手に入れる為の交渉をしている人の姿もある。金持ちにとっては良い余興なのだろう。
「どれかしら、あっ、あれね」
愛華が可愛らしく一枚の絵を指さす。崖の上に建つ灯台と海が描かれていた。淡い色調で、丸い輪郭が印象的だ。昨晩見たバイクの絵はしっかりと見たものが描かれていたが、この絵はわざと見たものを『四季 愛華』らしさというフィルターに通したものだと銀次は感じた。
「へぇ……」
「どうでしょうか先生?」
榊原は顎に手を置いて、正面で静止して絵を見る。その表情は真剣そのもので、たっぷりと一分以上かけて観察を行っていた。
「アイカ。この絵は素晴らしいよ」
「そうですかっ! 嬉しいです。色合いを工夫して――」
「技術的にはね」
榊原は鋭く愛華を見る。責めているようでない、だが、褒めてもいない。
そんなニュアンスが視線には込められていた。愛華の後ろでソラが頭を上げて榊原に注意を向ける。
「至らない部分がありましたか?」
「そんなそんな、批判は苦手さ。ただ疑問がある。君はこの絵で何を描きたいと思ったかな?」
「海ですわ、先程も申し上げたように水の表現を勉強するために描きました」
「勉強なんて……学ぶことなんて何もない。そうだね、美しい波だ。この絵のパース的にも海を押し出している。これは海の絵だ間違いない」
大げさな身振りを交えて榊原は絵を示す。愛華もソラも意図がわからず怪訝な顔をした。
「でしたら……」
「なのに、この絵でもっとも美しいのはこの灯台だ。スペースを埋める為に描かれたこの灯台が最も美しい。アイカ、君は灯台を描きたかったのじゃないかい? 描けるものと描きたいものが矛盾している」
銀次は感心していた。ソラが愛華により描かされた海よりも、自分で付け足した灯台に筆が乗ったのあろうと容易に想像できる。しかし、その意図を絵だけを見て推測できるとは、どの分野でもプロというのは恐ろしい。指摘された愛華だが、頬に手をあてて恥ずかしがるように顔を横に向ける。
「流石先生、見透かされてしまいました。水の表現をしようとして、納得できなくて灯台に力が入ったなんて恥ずかしいです」
こいつヤベェと銀次は心の中でため息をつく。一瞬も揺るがず自分の得意分野である女を盾にした演技に切りかえがったと。榊原は感情の読めない笑顔で愛華に歩み寄る。
「気にすることはないさ、こういう矛盾も含めて君の絵は変わらず魅力的だよ。次を楽しみにしてる、今年は日本で仕事がるからまだ数か月はいるからね」
「えぇ、次は先生にご納得いただけるものをお見せいたしますわ」
「そんなに力を込めないで、絵は自由なんだよ。エンジョイしなくちゃ。じゃあね、バイっ」
榊原が離れて見えなくなると、愛華は笑顔のままに冷え切った声を発した。
「ソラ、ついてらっしゃい」
「ヒッ……」
目立つ愛華ではあったが、挨拶をしながら自然に会場の外へと出て通路の方へ行く。
二人は柱の影になる場所へ行き、銀次は観葉植物の影に隠れる。
「どういうつもり? 私に恥をかかせるなんて」
縮こまるソラに愛華は顔を寄せる。
「ご、ごめんなさい。ちゃんと波の表現に力を入れて描いたんだけど」
「私の絵の評判が下がるのは困るの。しょうがないわね、アナタが私の真似をすることに限界が来たのかもしれないわ。先生に見せたり、コンクールへの作品は私自ら描くか、もっと優秀な人を用意することにします」
「……その方がいいよ」
「最後まで使えない子ね。……まぁ、学校での雑務程度は任せるわ。ねぇ、醜いソラ、どうして私が何年もアナタを傍に置いたと思う?」
「……?」
「今のアナタには何も無いわ。容姿も、絵も、勉強も、全部私の時間に変えてあげた。だからアナタは何もないの、意味が分かるかしら? もう取り戻せないわ、何年も無駄にしちゃったわね」
「何言っているの? わ、わからないよ。別に愛華ちゃんのお手伝いをしたからボクに何かあったわけじゃないし」
「そう、それならいいの。何も無ければいいの、アナタはもういらないわ。正直、そろそろ殿方とのやり取りも増えるし、その恰好のアナタは邪魔だったから。でもこれだけは伝えたいの、これまでアナタが私にしてくれたことに意味はないわ。アナタでなくてもいいの、私にとっての使い捨て、それがアナタよ。醜いソラ」
「……結構頑張って、お手伝いしてたんだけどな」
「そうね。全部無駄ね、じゃあ私は会場へ戻るわ。あぁ、道具としては不要になったけど、オモチャとしてこれからも遊んであげるから、楽しみにしておいてね」
スッキリとした表情で愛華が会場へ戻っていく。立ち尽くすソラの前に銀次は立った。
「……何してんのさ銀次」
俯いたままソラは震えた声でそう言った。
「悪い、聞いてた」
「そっか、やったね。これでボクってば愛華ちゃんの代わりに絵を描かなくてもいいんだって。他のお仕事も……ボクがしたことって全部意味のないことだって……」
明るい調子でそう言うソラの頭を銀次は乱暴に引き寄せた。
「無駄じゃねぇ。お前は頑張った、理不尽なことに真剣に取り組んだ。四季が何と言おうが俺はお前を尊敬している」
「……うん」
「大丈夫だ。俺に任せろ」
「グッ、ウゥ、うわぁあああああああ」
銀次のスーツを握りしめてソラは声をあげて泣いた。銀次は無言でソラを引き寄せて、泣き止むまで傍にいたのだった。
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ジャンル違いではありますが、ハイファンタジーでも連載しております。
作者自身は面白いものを書いていると本気で信じています。下記にリンクを張っていますので、もしよろしければ読んでいただけたら嬉しいです。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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