これからもっと頑張らないと!
朝、洗面台の前でソラは朝のスキンケアをしていた。その眼は濁り切っている。体中からどんよりとしたオーラが漏れ出ているようだった。
「ボクのばかぁ~……なんで寝ちゃうかなぁ……」
目覚めて見れば銀次に抱き着いており、それはそれで素晴らしい朝であったが、銀次は目を覚ます様子もなく眠っており、こっそりベッドを降りて身体を確認してみても手を出されなかったのは明白だった。
「……完璧な計画だったのに」
銀次には資産家御用達の会員制ホテルと説明し、それは実際に嘘ではなかったがその使い道として男女の逢瀬としてもこのホテルが使われていることもソラは知っていた。高級ホテルかつ、他の客と鉢合わせしないようにコンシェルジュが管理しているこのホテルで銀次と一晩を過ごす。心のどこかでは、いよいよ一線を超えるかと思ったがやはり銀次の理性の壁は厚かった(ソラ視点)。
「そういう真面目な所も好きなんだけどさ……それでもぐっすり寝るのはどうよ。そんなに、ボクって女の子っぽくないのかな?」
ブツブツと呟きながら考えが加速していく。ベッドに入って銀次に甘えるように抱き着いたのは覚えているが、昼間のことで疲れていた為か……いや、銀次のそばがあまりに心地よくて、眠ってしまったのだ。本当ならキスの一つでもしようと思ったのにまさか寝てしまうとは一生の不覚。そうして起きてみれば銀次は今も起きる気配もない。自分が眠ってしまったのを棚に上げるようではあるが、それでも、もうちょっとこう、何かあってもよいのではなかろうとかとソラは悶々としていた。
実際の所、ソラに引っ付かれた銀次はその柔らかな感触と甘い匂い、さらにはソラの幸せそうな寝顔のせいで明け方まで眠れず、ソラが起きる少し前に気絶する形で意識を失ったのが正しいのだが、そんなことを知らないソラからしてみれば自分と同じように銀次も爆睡してしまったと考えてしまっていた。
「まぁ、男装していた頃も誰も怪しんでいなかったし……ボクってまだまだ女子力不足なのかも」
昨日の将来の約束と、夜のことはソラにとっては幸せな記憶だったが、それでももっと求めてしまうのが性という奴だ。そしてそれはソラの自分のことに対してどこか後ろ向きな部分が噛み合って誤解を生んでしまった。
「銀次がボクのことを好きなのはわかってるけど、次はもっと女の子としても見てもらわないとね」
つまり、『まだまだ自分に女子としての魅力が足らないから銀次が寝てしまったのだ』という間違った結論にたどり着いてしまったのだ。幼い時から愛華という母親譲りの銀髪を持つ飛びぬけた容姿の相手と比べられ続け、さらにその愛華本人から容姿について貶められていたソラの自意識と客観的な評価の差は銀次との出会いによって改善されてきてはいるものの、まだまだ大きな差が開いている。
スズがいれば。
『なぁに言っとんじゃ、ソラち。己も日本人離れしたスタイルにアイドルみたいな顔をしとるじゃろうがい!!』
と大声でツッコミを入れていたに違いない。愛華自身もソラが成長したことによる魅力を恐れていたからこそ男装させていたということにソラは気づかない。
小柄ながら長い手足に、ここ数か月で見違えるように成長した(主に一部分)女性らしい体のシルエット、伸ばし始めた髪は烏の濡羽のように艶やかであり、顔は祖母の血筋か瞳が大きく鼻筋が通り、童顔ながらもどこか蠱惑的な美しさを誇っている。
わずか数か月で愛華と並んでも決して劣ることのない少女へ開花しつつあるソラは、京都でも多くの御曹司の注目を集めていた。もともとの素養に追加して銀次という恋人にもっと見てもらいたいという努力による頑張りとの相乗効果はこの夏で一層成果を出していたが、ソラ自身が己の成長に意識が付いて行けていないのだ。
「がんばろっ! 修行あるのみ……」
日頃のスキンケアや化粧、スタイルを良くするためのストレッチなど、銀次の為に努力を欠かさないソラではあるが、まだまだ自分は至らないと鏡の前で気合を入れ直し、どんよりとした気持ちを振り払った。その後、脇から手を当てて胸元を持ち上げる。
「今度は……こ、これとか。もっと使ってみようかな」
昨晩、銀次の理性を崩壊一歩手前まで追い込んだ凶器を持って今後の作戦を考えるソラなのだった。
朝の身だしなみを終えたタイミングで朝食前のコールが鳴ると、応答したソラは今だ眠っている(気絶)銀次の体を揺する。
「銀次。そろそろ朝食だってさ」
「ん……」
寝ぼけ眼の銀次が覚醒する前に、ソラは上から抱き着いて額にキスをした。
「エヘヘ、なんか誰かを起こすのって嬉しいね」
「……朝か。おはようソラ」
一晩を戦い抜いた、銀次は気合でベッドから体を起こす。
「よく寝てたね」
「……」
誰かのせいで明け方まで寝れなかったんだよ。と言えない銀次はなんとも言えない顔をしていた。
乾燥させておいた銀次の服を用意して、運ばれた朝食を並べたソラは、そのまま銀次に朝食を食べさせようとする。
「はい、あーん」
「自分で食べられるっての」
「わかってるけど、最初は食べさせたいの」
昨日の甘えたがりから一転、今日は尽くしたがりのようだ。しかもやけに密着してくるような……。
「ったく」
「わわっ」
ソラの頭を撫でて、銀次はフォークを奪い取る。
「さっさと食って、今日の作業へ入るぞ。家に像が来るのはいつだ?」
「お昼だよ」
「んじゃ、俺はいったん帰って後で向かうよ。絵付けに同席したいからな」
「了解。あのさ、銀次」
「ん? なんだよ?」
今度はバターの塗ったパンを持ってそれを銀次に差し出すソラ。
「ボク、もっと頑張るから」
「……? よくわかんねぇが、ソラは頑張ってると思うぞ」
「それじゃあ、ダメなんだよ。銀次は鈍いなぁ」
首をかしげる銀次を他所に、自分磨きを頑張ろうと気合を入れるソラなのだった。
ちなみに、一旦別れて家に帰った銀次は哲也に迎えられたのだが……。
「……おかえり」
「おう、ただいま。悪かったなテツ。電車が無くってよ」
「大丈夫。母さんと親父はちゃんと誤魔化しとく」
「……いや、別にやましいことはないぜ」
「わかってる。大丈夫」
「いや、わかってねぇだろお前っ!」
気遣いのできる弟、哲也の誤解を解く羽目になったのだった。
次回更新は月曜日となります。
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