ちょっとだけなら、セーフだと思う
「は? ホテ……ル」
「そう、ちょっと待ってて。当日の部屋あるかな?」
なんで今まで気づかなかったのか疑問に思うと言ったように、ソラはスマホを操作し始める。当然銀次は気が気でない。
「いやいやいや、大丈夫だって。タクシーで帰ろうぜ」
「凄い行列だし、すでにタクシーも来てないもん。よっし、部屋が開いていたみたいだよ」
『ほめれ』とでも言わんばかりに胸を張るソラ。そのまま銀次の腕を掴んで歩き出す。いつかのような暴走を疑う銀次だがソラに照れはないように見える。どこかハイテンションで、楽しんでいるようにすら感じた。
……これはもしかしなくとも俺が早とちりしただけか。危ねぇ、変な想像するところだったぜ。
と頭の中で納得する銀次だったが、ソラに案内されて向かう先にホテルなどは全くない。それどころかどんどん人気のない場所へ向かっていく。
「そうだ、何か食べ物もいるよね。コンビニ寄ろうよ」
「なぁ、ソラ。この辺にホテルあったか? 駅前の大通りにならあるけどよ」
「流石にこの時間にちゃんとしたホテルは無理だよ。カプセルホテルなら入れるだろうけど、あんまり好きじゃないんだよね。これから行くところは会員ならいつでも入れるから大丈夫」
深夜でもチェックインできて、『ちゃんとした』所でないホテル?
コンビニに入って手際良く総菜やお菓子を買うソラを見て、考えを巡らせる銀次。しかし、どう考えてもいかがわしいホテルしか思い浮かばない。
「……待て、焦るな俺。きっと答えはどこかにあるはずだ」
「ねぇ、銀次聞いてる?」
「お、おう。スマン、聞いてなかった」
「もう、レジの人怖いから。代わりに買ってくれない?」
見ればレジに立っているのは金髪の男性のバイトであり確かに強面だった。
「わかった。なぁ、ソラ、この辺にホテルなんてあったか?」
「フフフ、面白い場所だから期待してていいよ」
困惑する銀次を置いて買い物は終了し。再び大通りから少し外れた道を歩く。街灯はあるものの、怪しい客引きも増えてきたようだ。その為銀次にしがみつくソラ、状況が状況だけに困惑する銀次。
そうして到着したのは……。
「マンションじゃねぇか!」
「まぁ、見ててよ」
それは町の新開発という名目で出来た比較的新しいマンションだった。高級志向でオートロックになっており、ソラは慣れた様子でインターホンに部屋番号を打ち込んだ。
『ご利用ありがとうございます。ホテル、ルフージュ担当の柴咲です』
「予約した髙城です」
「髙城様ですね。お手数ですが、会員番号を――」
形式的な手続きが終わると閉じられていた自動ドアが開き、そのまま二人はエレベーターに乗る。
「どうなってんだ? ここ、マンションだよな」
「マンションだよ。ただし、4階と5階がホテルになってるんだよ。完全会員制だから、一般に公開していないし、秘密基地みたいでロマンがあるでしょ? うちの県みたいに、他県との移動の中継になる場所にはこういうホテルがあるらしいよ。愛華ちゃんの関係で、飛行機とかを利用する時はここを使ったりしてたんだ。24時間チェックインできるから便利なんだよ。会員費は叔父さんが払ってるし、お金も気にしなくていいよ」
「そう言われてもな……」
配管や煙突を見てテンションを上げている時のテンションでソラが説明する。どうやら金持ち御用達の隠れ家のようなこのホテルを紹介することを楽しんでいるようだ。少年のように目を輝かせるソラを見て肩の力を抜く銀次。昼間に婚約をしたとはいえ、流石に変なことはしないかと息を吐く。
「あっ、着くよ」
エレベーターが開くとやや狭いがちゃんとしたフロントになっており、受付もあった。スマホを提示して鍵を受け取ったソラが銀次の腕を引く。
「へぇ、中はなんつうか不思議な感じだな」
通路は外には面しておらず、窓もない。徹底してプライベートを守るコンセプトのようだ。
「部屋の中に洗濯乾燥機もあるから、銀次も洗濯できるよ」
「助かるぜ」
「ボク『等』の部屋は407だね」
「ん?」
銀次が疑問符を浮かべる間に、グイっと腕を引くソラ。
「ここだね」
ガチャリ。と部屋を開けて二人で入る。
「いや、ソラ。俺の部屋はどこだ?」
「ここだよ」
「ソラの部屋は?」
「ここだよ。……んっ」
ソラが銀次に抱き着き。すっぽりとのその胸に収まる。
オートロックの扉が閉まり。銀次に抱かれながらの姿勢のままソラは扉にチェーンをかけた。
「フ……フフ、油断したね銀次。ダブルを借りちゃった。未成年でも会員なら使えるのがこのホテルのすごいところなんだよ」
そう言うソラの顔は真っ赤だった。楽し気なテンションは照れを必死で誤魔化していたのだと銀次は遅れて気づく。
「このやろう……」
「だって、普通にお泊りって言っても絶対に許してくれないし。婚約もしたし、お泊りくらいはありよりのありじゃない? 変なことしないから、一緒にいるだけだから!!」
ぐりぐりと頭を擦りつけてくるソラ。完全に甘えたがりモードである。
「馬鹿野郎。俺が我慢できなくなることだってあるだろうが」
「……いいよ」
見上げるそのヘーゼルアイは潤んでいた。ソラは真剣だった。だからこそ、銀次は大事にしたいと思う。
「俺が良くねぇよ。高校卒業するまでは……将来の責任を取れるようになるまではな」
「むー、じゃ、それでいいけど。今日はお泊りしようよ」
「外で寝る」
「ダーメ。ほら、汗かいてるし洗濯しようよ。アメニティでナイトウェアあるから」
「わかったよ……ごめんな」
「どうして謝るの? どっちかというとボク騙した方だけど」
「彼女にここまでされてだましたもどうしたもねぇだろ。俺が臆病なのは自覚しているよ。お前のことが……好きすぎてな。ちゃんとしたいんだ」
顔に手を当てて恥ずかしがる銀次にソラがタオルを投げる。
「ボクは時間がかかるから、銀次が先にお風呂に入ってよ。……じゃないと今すぐキスしたくなるから」
「……おう」
二人で交互にシャワーを浴びて用意されたナイトウェアに着替える。冷房の効いた部屋で二人は同じベッドの上に座った。ソラはスキンケアの為にカチューシャをして前髪を上げていた。薄いナイトウェアからは長い肢体が覗いている。
「ベッドが一つか」
「ソファーに寝るとか言ったら、抱き着くから」
「どんな脅しだよ」
「エヘヘ、銀次は可愛いなー」
コンビニ弁当を食べ終えたソラは、銀次を膝の上に寝かせた。
「今日はずっと一緒っ」
鼻歌でも歌いそうな勢いである。
「浮かれてるな。こっちは緊張してるってのに」
現在進行形で太ももの柔らかな感触と風呂上がりのソラにゆだりそうだ。
「うん、誰かと夜を過ごすなんて。もう、ずっとなかったから」
「……そっか」
あのアトリエのある家でずっと一人。それ以外では愛華に連れまわされ常に余裕のない生活を送っていた。銀次も両親が家を空けることが多かったが、哲也がいた。もし、弟がいなかったら寂しいと思うことはあっただろう銀次は思う。
「なんか、寝るのが持ったいねぇな」
「わかる」
髪が完全に乾いたのを確認して宙がカチューシャを外し、銀次も膝から体を起こした。
コンビニで買ったお菓子を取り抱して、机にならべる。
「ゲームが欲しいが。なんか映画とかないのか?」
「普通に見れるよ。ホラー見る?」
「アクションもいいな」
そんなことを言いながら、二人でお菓子を食べながら映画を見る。
画面にツッコミを入れて、笑い合って、映画が終わっても、二人はソファーに並んでいた。
「ねぇ、銀次?」
「なんだ?」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「あぁ。ずっと一緒だ」
「そっか。それならもう、夜だって怖くないや」
隣り合う少女はどこまでも儚くて、小さくて、それなのに頑張りすぎだ。
「俺達で幸せにならなくちゃな」
「うん、安心したらねむたくなっちゃった」
「寝るか。言っとくけど、隣にいるだけだからな」
「わかってるって、今日はそれで許したげる」
それから数時間後。
「グッ、ちょ、ソラ」
「にゃむ……スゥ、スゥ」
同じベッドで全力で抱き着いてくるソラに対して、男、桃井 銀次の眠れない夜が始まっていたのだった。
次回は月曜日更新です。
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