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いいこと思いついたっ!

 翌朝。本日も塗装の為に美沙の工場へ向かおうと早朝の電車とバスでの移動を終えた銀次とソラだったが……。


「……なんだこれ?」


「……さぁ?」


 昨日、美沙の迎えがあったバスの停留所には黒塗りの高級車が止まり。ソラが顔を憶えていた四季家の使用人に言われるがままに乗り込むことになった。良く効いた冷房と、落ち着いた革の香り。静かなエンジン音。そして二人の前にはノートパソコンが置かれて、自動で開かれると真っ白な歯を光らせた雅臣が手を振っており、二人は大きくため息をついた。


『やぁ、おはよう。二人共、直接会えなくてすまないね。抜けようとしたんだが、秘書に泣かれてしまってね』


「そりゃそうでしょ。おはようございます雅臣さん」


 それでも挨拶を返すあたり、やはり銀次は几帳面と言えるだろう。ソラは露骨に嫌そうな顔をして唇を真一文字にしている。


『時間がないので手短に話そう。レオナがこの事業のことを知って干渉しようとしたから、頑張って止めたよ。しかし、彼女は諦めが悪いんだ。注意はしたほうがいいだろうね。ま、そんなところも愛おしいのだが』


「……なんで、あの人が事業に興味を?」


『レオナは今のソラの才能を買っているからね。自分ならこの事業を数十倍の規模で成功させられると言っていたよ。昨日の話のままでは将来的にソラのブランドに傷がつくともね。凡そ、その辺の管理について愛華を交えさせるつもりだろう。彼女はとても優しいからね』


「ボクは嫌です。できるだけ、銀次と一緒に自分の力を試したいです」


 銀次の腕を抱きながら、ソラがそう言うと雅臣は哄笑しながら手を顎に当てる。


『『できるだけ』というのが非常にいいね。才能だけでは金にならないことをソラはよく理解している。その点に関してレオナは失敗を許さないが、私としてはより愉快になればそれでいい。経営者としては褒められたことではないが、してもいい失敗は金を払ってでもするべきだとすら思う。もっとも、私は失敗したことないがね。だからこそ、他者の失敗は大変に興味深い。では、本当に時間がないから失礼するよ。そうそう、レオナは今日からパリだから当分は安心してもいいよ』


 一方的にカメラ通話が閉じられる。銀次がアプリを操作しようとするが、応答はない。


「ちょ……切れたか。勝手な人だな」


「レオナさん。この前までボクになんか興味ないって感じだったのに、どうして今になって関わろうとするんだろ」


「そりゃ、ソラが変わったからだろ。現金だけど、わかりやすいぜ。俺はむしろ、雅臣さんの方が……」


 カーブミラー越しに運転手と目があって黙る。そのまま銀次はシートにもたれ掛かった。


「まっ、それも含めて賑やかでいいかもな」


「えぇ……ボクは銀次とのんびりしたいよ」


「そのために頑張るんだろ」


「それはそうだけどさ。むぅ、折角二人で楽しくやってたのに、邪魔ばっかりだ」


 そんな会話をしながら、工場に到着する。事務に行くと、化粧越しでもわかるほどのクマを付けた美沙が出てきた。


「いらっしゃい銀ちゃんにソラちゃん……今日も精がでるわね」


「お、おはようございます。大丈夫ですか?」


「おはようっす。美沙さん徹夜っすか?」


「まさか、ちゃんと寝たわよ。……三時間くらい。昨日の指摘を受けた事業の修正案の今日中に会議に回して社長(お父さん)にも意見を聞きたいから。じゃ、私はこれで……ふわぁ」


 おぼつかない足取りでゾンビのように美沙は事務所の上の階に消えて行った。


「大丈夫かな?」


 心配そうに見送るソラ。


「大丈夫だろ。納期に追われたり、仕事が取れない時なんかはいつもああだぜ。んじゃ、俺らも自分のことするか。色々あったけど、まずは目の前の仕事だぜ」


「うん。やらいでかっ!」


 工場内の塗装ブースへ行くと、ツナギの上半身を脱いでシャツを露出させた格好の柄井が迎えに出てきた。


「う~す。時間よりはやいじゃん。若いのに感心だね~」


「おはようございます。今日もよろしくお願いします」


「うっす。柄井さんも早いっすね」


「俺は、別の仕事の塗装待ちなだけだっての。お二人のお手伝いで美沙さんからお小遣いもでるし」


 挨拶もほどほどに作業の続きを開始する。昨日プライマーで下塗りをした、作品は完全に乾燥しており、金属光沢は消え、マットな仕上がりとなっていた。


「おぉー渇くと印象が違うね」


「パッと見、タレも少ないし、バッチリだな」


「そうなんだよなー。教えること無いわー、社長に『色々指導しました』って言えなくて残念。今日が本番ね。指定された塗料の調色は完了してっから、準備できたらおせーてねー、じゃ」


「うっす」


 去っていく柄井の背中を見て、ハテナを浮かべるソラ。


「あれ、塗装しないの? 次は下塗りだよね?」


「……ソラ。プライマーは厚く塗ってるからな。色を付ける前にしなきゃならないことがある」


 重苦しい表情の銀次を見て、ソラは察してしまう。


「ま、まさか……」


「研磨だ!」


 シートを持って、ポーズをつける銀次にしゃがみ込むソラ。


「いやだぁ!」


「大丈夫、今回は塗膜を綺麗にするだけだからな600番で簡単に研磨するだけだ。ほれ、早くしないと塗装できないぞ。今日中に二回は塗装する予定なんだからな」


「わかってるけどさ。うぅ……やってやる!」


「その意気だ!」


 こうして二人で何度目かわからない研磨作業を一時間ほどっしたのだった。最後に渇いた布でしっかりと埃をとって塗装の準備を整える。いよいよ、塗装作業となる。


「チッ、着替えてたか」


 塗装用のカバーオールを着こんだソラを見て露骨に舌打ちをする柄井を目ざとく咎める銀次。


「美沙さんに言いつけますよ」


「冗談だっての銀次くーん。じゃ、エアスプレーの準備をしますかねっと」


 柄井が慣れた手つきでエアスプレーの圧力を設定し、試し拭きするとソラが顔を近づけて確認する。


「うん、この色でいいです」


 空が一回目の塗装に選んだのは『濃藍』と呼ばれる色だった。


「濃紺じゃなくて濃藍ね。青緑のニュアンスを入れてるが、金属の上にスプレーだと少し藍が強くなるね。いい色だ」


「はい、縁起がいいですから」


「ハハッ、違いねぇ。洒落てる」


「どういうことだ?」


 柄井とソラの会話を横から怪訝な表情で見る銀次。


「濃藍は『褐返し』とも言われてそのまま『勝ち色』とも言って縁起がいい色なんだよ」


 得意げに胸を張るソラ。


「へぇ、面白いな」


「今回は色にも色んな意味を入れていきたいんだ」


「塗料にここまで注文つける客も珍しいもんよ。俺も勉強になるね。ほい、準備完了」


 試し拭きを終えたエアスプレーを差し出されると銀次がソラに促す。


「最初はソラに譲るぜ」


「やった」


「んじゃ、終わったら更衣室の内線で呼んでくれ」


 柄井が去ってから、いよいよ塗装を開始する。重ね塗りの一番下なのでしっかりと厚く慎重にスプレーを重ねる。たっぷり40分ほどかけて、最初の乾燥時間に入る。一時間ほど置いてから二回目の塗りを開始。同じように塗装して、乾燥に入る。ポールに泡をイメージした金属板を付けた金属彫刻は黒く深い青に染め上げられた。乾燥時間中にお弁当を食べて、休憩もほどほどに午後の作業に入る。


「次はグラデーションをつけるよ。上部分に向けて日が差すように明るい色を重ね塗りするんだ。深い海の色に白い光が差すイメージだよ。明るい色に少しだけ光沢を入れる感じ」


「下部分をマスキングにして、上部分に薄くシルバーを一端入れてから上に重ね塗りの手順だな。任せとけ」


「細かい部分は筆を使うから。色の変化は大きく見せたいんだ。うーん、ちょっと変えてもいい?」


「おう、部位ごとのマスキングも元から作業工程に入れてるからガンガン言ってくれ」


 ビニルとテープでマスキングをしては塗って、剥がしては塗るを繰り返す。

 乾燥と塗装をひたすらに繰り返して、何度も何度も確認しながら二人で作品を作りあげる。

 見る人には絶対にわからない。作り手だけが知ることのできるこだわりを二人で共有するようにああでもないこうでもないとひたすらに話し合って反映させていく。時間が惜しくて乾燥時間中も色について話し合っていると夕食なんて忘れてしまっていた。美沙にお願いして、レンタル時間を延長し、作業は夜になってようやく終了した。


「終わった~」


「いい感じじゃないか?」


 出来上がった金属彫刻は下部分はマットな濃藍でそこから上に上がる連れて光沢のある白が入った明るい『空色』に近づいていく。泡を模したハート型の金属板はより白が強く交じり合っている。


「よっし、塗装は銀次に頑張ってもらったからここからの絵付けはボクが頑張るね」


「おいおい、ここまで来てソラだけってのはゴメンだぜ。絵付けの時も一緒にいていいか?」


「それはいいけど、暇だよ?」


「いいんだよ。横で見てるから」


「……それは、いいかも」


 銀次の前でこの作品への絵付けをするというのは、ちょっぴり恥ずかしいけど、とてもよき。

 

 そう思ったソラは深く頷く。当然のように残業をしていた美沙に作品のことをソラの家に送ってもらうようにお願いをして、二人で最終の便のバスにの乗る。一日中の作業はかなりの疲労だったが、それが心地よかった。


「あぁ~疲れた。というか、これ終電微妙だぞ」


「ギリ大丈夫なはず……ふわぁ、ねむねむ」


 走れば間に合うようなタイミングで駅に行くが、疲れ切った二人は走る気にもならない。改札を過ぎてホーム前の階段を登ったところで丁度電車が出発してしまった。


「おいおい、今のが最終か?」


「だね、どうしよ。タクシーで帰る?」


「そうすっか」


 払い戻しをして、駅の前に立つが。団体客がタクシー乗り場の前で長蛇の列を作っていた。


「行列……」


「これは、無理そうだね。待てばいいんだろうけど……そうだ、いいこと考えた」


「あん?」


 ソラが妙案を思いついたとでも言うように手鼓を打つ。そして、駅前の通りを指さした。


「いっそ、ホテルに泊まればいいじゃん」

中々追加で更新できずすみません。次回は月曜日更新です。


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