お二人さん、私がいるんだけど?
「では、商談といきましょう」
「なんで、雅臣さんがいるんですか……」
工場の応接室にて、美沙、銀次、ソラの対面に座ってニコニコと笑みを浮かべるのは代理人を寄こすはずだった雅臣本人だった。二人でしっかりと話し合い、美沙と打ち合わせをした後、なんとか形になったと力なく笑う美沙の前に現れたのがこの男である。
「やぁ、銀次君。可愛い姪が初めて事業に関わるというんだ。私が直接話を聞きたくてね。何、『たまたま』時間があったんだ。金光さん。急な訪問すみません」
「い、いえいえ。四季さんに直接来ていただいて光栄です」
にこやかな表情とともに差し出された握手に対して、美沙は心の中で悲鳴を挙げながら握手を返す。
「外で秘書さんが全力で謝罪の電話していますけど……」
時間があったという言葉に対して銀次が目を細めて睨みつけるが、雅臣はどこ吹く風と美沙から渡された企画書をパラぱラとめくる。
「彼等はそれが仕事なのだよ。さて、今回のお話ですが『In space』という御社の事業の一巻として金属製のスマホケースのデザインを姪に任せたいとのことですが……」
「はい。今回ソラさんと御縁があって提案させていただきました」
「保護者としての金銭が関わる契約についての同意のこととのことですが、その前に、こちらからも提案があります。過保護と笑っていただいて構わないのですが……企画書を見る限り、非常に興味深い事業です。当社の方で資金面から広報まで全てをバックアップさせていただきますが、いかがでしょう? もちろん事業に関しての企画提案にはこちらも関わらせていただきますが。おっと、その前に……失礼、確認を怠っていた。銀次君、君、どうしてここに座っているのか理由を聞いてもいいかな?」
当然回答は用意してあるよな? とでも言うような雅臣の問いかけに対して銀次はソラを見てから向き直り頷いたのだった。
二時間後。面談というのなの企画プレゼンを受け終えた雅臣は駐車場で美沙と握手していた。
「本日はお忙しい中、ご足労いただいてありがとうございました」
「いえ、急に来てしまってすみません。良いお話を聞けました」
もう少しと必死で表情筋に喝を入れながら笑顔を維持する美沙と、心からとしか思えない見事な笑顔の雅臣。その背後には死んだふりをするタヌキとそれを睨みつける獅子のオーラが幻視できるようだった。握手を解いた雅臣が銀次とソラにも別れの挨拶をする為に歩み寄る。
「いやぁ、今日は楽しかった。懐かしいものだ。私も留学先で事業を立ち上げたものだよ。ソラ、君がこういった活動をしてくれて叔父として嬉しい。兄にも伝えておくよ」
「はい、えと、一応、ボクからもメールしときます」
「是非そうしてくれ、兄も喜ぶ。銀次君、これからもソラのことをよろしく。いやぁ、今日は楽しかった。では、また!」
ゲッソリとした秘書数人とは対照的にツヤツヤの笑顔で去っていく雅臣を見送った後、三人はゲッソリとした表情で事務所に戻る。冷蔵庫からエナジードリンクの缶を取り出した美沙が無言で一気飲みして机に空き缶を叩きつけて軽い音が室内に響いた。
「プハァ、お疲れ! 嵐のような人だったわね……」
「うっす。それにしても良かったんすか美沙さん?」
「何が?」
「四季家からの事業の支援の提案を蹴っちゃって、ぶっちゃけかなり好条件だったと思いますけど」
雅臣が提示した事業への支援について、美沙はそのほとんどを恐縮しながら、それでもはっきりと断っていた。面談の内容としては当初の話の通り、ソラとの契約内容について弁護士を入れた確認と同意のみに留める結果となっている。
「事前に二人からのヒアリングで、なるべく表にはでないようにしたいってのを聞いていたからね。それに、もし私が出資を受けるって言ったら『In space』の事業ごと乗っ取られてたわよ。いや、工場ごとかしら……」
「「え?」」
「お相手としてはそれも踏まえて、ソラちゃんの契約相手として商売上の駆け引きが最低限できるかどうかを確認しただけね。こんな弱小の一事業なんか文字通りお遊びってわけよ。正直、目線が違いすぎてやられっぱなし、今日は勉強させてもらったということね。企画書もご意見をいただいたし、いやぁ、私もまだまだだわ」
タハーと頭を抱える美沙と顔を見合わせる銀次とソラ。
「俺は何がわからないのかもわからなかったっす。専門用語以外にも会話の流れもどうしてそういう結果になったのかわからない感じのもあって……正直、自分の不甲斐なさを痛感しました」
「叔父さんと美沙さんが笑顔のままで、凄い勢いで感情が動いているのが怖かった……愛華ちゃんもだけど、どうして笑顔のままで話ができるんだろう……」
合間で大人二人から水を向けてもらってなんとか会話に入れていたが、まるで先に行っている大人二人が立ち止まって待ってくれているように感じていた。ソラは幼い時から大人達の会話を聞く機会があったので大まかな流れは把握できる部分もあったが、銀次に関してはまったく付いて行けてなかった。
「なぁに言ってんのよ。あたしなんか二人の年だったら単車乗り回して……コホン……二人が感じているほど遠いわけじゃないわよ。ただ、そう言う風に取り繕う方法を知っているってだけ。それより、話にあったSNSについて、お願いね」
「あぁ、デザインとして会社側以外でもソラのSNSでも告知するってやつっすか。大丈夫そうかソラ?」
銀次の問いかけにソラは自信ありげに頷く。
「それは任せて、愛華ちゃんのSNS管理とかもしてたし、なんならHPも作れるよ」
「相変わらずなんでもできんのな……」
「でも、自分のってことになると難しい……かな。銀次、一緒に管理してくれる?」
上目遣いで体を寄せるソラに対して眉間にしわを寄せる銀次。
「いや、SNSなんてめっちゃ個人的な奴だろ。いくら、宣伝目的っていっても俺がやるのはなぁ」
「ずっと、一緒にいてくれるんでしょ?」
「……ったく。いつの間にか頼み事がうまく成りやがって」
「えへへ」
「お二人さーん、私のこと忘れてない?」
「「あっ!」」
顔を真っ赤にする二人を肴に、エナドリをおかわりする美沙なのだった。
※※※※※
その日の夜。雅臣はヴィンテージワインを開けて、自分でチーズまで切って独酌にふけっていた。
『どうしてここに座っているのか理由を聞いてもいいかな?』
その問いかけに対して銀次は迷うことなく答えた。
『ソラとずっと一緒にいる為です』
若く、まっすぐで、恥ずかしいほどに眩しい。自分にもそんな時代があったかと記憶を辿るが、思い出せない。美沙とのじゃれ合いも含め、今日は楽しかった。企画書を捲りながら今日のやり取りを肴にしてワインを楽しむ。そうしていると、扉がノックされ応じる前に妻であるレオナがスーツ姿で入って来た。
「ダーリン、失礼するわ」
「ノックなんて無粋じゃないかハニー、待ってくれすぐにグラスを出すよ」
「いただくわ。あら、いいワインじゃない。一人で楽しむなんてズルい人」
グラスを受け取ったレオナに対し、雅臣は微笑みかける。
「バレてしまったか。今日はもう、パリへ行くのではなかったのかい?」
「『たまたま』時間があったのよ」
「フフフ、もちろんそうだろうね。ソラのことかい? どうやって知ったのか、私の部下はおしゃべりが多くて困る」
「あら、会話は無いよりもあった方がいいわ。……ソラが関わることになった事業に興味があるのだけど」
「あぁ、資料ならここだ」
雅臣が机に置かれていた資料をレオナに渡す。
「見てもいいかしら?」
「君は止めたって見るさ」
「そうね」
レオナはスマホをスワップするように資料を捲ると、顔を上げる。
「この件、私が預かるわ」
「……チーズのおかわりが必要だな」
雅臣はそう言って、笑みを深めたのだった。
更新は月曜日になりますが、もしかしたら追加で更新するかもしれません。
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