一緒にいよう
『さてさて、これから私の代理人がそちらに行くのだが……君はどうしたい?』
楽しくてしょうがないという声音であるにも関わらず、その問いかけにはどこか機械的で無機質な響きがあった。その響きの中にソラが引き込まれることを考えると銀次は胸がざわつく。
「話し合いに参加します。させてください」
焦燥に背中を押されるように銀次はそう言った。そう言わなければ、ソラがどこかへ連れて行かれるように感じたから。
『君ならそう言うと思った』
時間を調整し、参加の約束を取り付けると促されるままに美沙に電話を代わる。顔を青くしながらなんとか持ち直した美沙は懸命に話をしている。
「……ふぅ……まっ、こうなるか」
「銀次? 大丈夫?」
腕を引くソラの頭をグシグシと撫でる。
「とりあえず作戦会議だ。油断したらどうなるかわからんぞ」
全く、現状を理解しているのかと銀次が思っていると、ソラはしっかりとした口調で答えた。
「うん、わかってる。……こうなるのは予想外だけど、実は考えていることもあったんだ」
「あん?」
懸命に何かを話すソラと店の喧噪が遠くに聞こえるほどしっかりとソラは言った。
「ボク、絵を描いていきたい。ちゃんと、仕事として。その為にはいい機会だと思う。美沙さんには悪いけど、練習って言うか作品を見てもらうってことは大事だし」
「……おう」
正直、銀次にとっては予想外の言葉だった。今は自由に好きな物を描いていればいい、そんな風に自分が思っていたらソラはもう先のことを考えていた。あやふやな夢としてではなく、目標としてそう言ったことに自分も何か言いたかったが、通話を終えた美沙に肩を掴まれた。
「取り合えず、三時間後に話し合いすることになったから! 準備しないと!」
「そうっすね。そろそろ怒られそうですし」
「あっ……あはは」
店中から集まる注目に気づいた美沙は愛想笑いをしながら明細を持って立ち上がった。
工場の事務所へ戻ると、美沙は大急ぎで事務員を呼び出して資料の確認をしに行く。
「銀ちゃん、ちゃんと二人の意見も取り入れたいんだけど……」
「あー、大丈夫。そっちはこっちである程度詰めるんで、美沙さんの準備が整ったらすり合わせましょう」
「助かる!」
部屋の奥に消えて行く美沙。銀次はソラを休憩所に連れ出した。喫煙室の横に自販機と粗雑なベンチが並べられている場所で、並んで座る。昼休憩はとうに過ぎており、この場所には二人しかない。
「今日は、ざっくりとした話だってのに美沙さん張り切ってんな」
「なんだか大事に……悪いことしたなぁ。ボク、別にお嬢様って感覚ないんだけど」
「確かに、お嬢様って感じじゃねぇな。クックック」
「む、反論できないけど、ひどい」
クスクスと笑う銀次の肩をポカポカと叩くソラ。ひとしりきじゃれた後に銀次は話を仕切り直す。
「急な話をした美沙さんのせいだろ。俺達は悪くないって。それより、さっきの話の続きだけどよ。……聞かせてくれるか?」
ソラはしばらく上を見上げたり、目を閉じたりした後に。ポテンと銀次にもたれかかった。
「その、今日の話は急だったけど。カバーのデザインを考えるのは楽しかったし……うん、楽しかった。愛華ちゃんにお願いされたものじゃなくて、自分の好きなものを描いて、それが形になるのがすごく楽しい。……こういうことや、絵を描いてそれを仕事にできたらなぁって……」
ポツポツと銀次にだけ聞こえるような小さな声でしゃべり始める。
「仕事になったら、そうはいかないだろ。やりたくないこともやらなきゃなんないぞ。妥協もするし、嫌な事だって山ほどある」
生産という面において、生活の為にしたくない仕事をする人達を数えきれないほど見てきた銀次はそれが心配だった。まだ高校一年生だ。楽しいままでゆっくり将来のことを考えればいい。だって、ソラはずっと苦しんできたのだ。
「うん、でもそれだって自分が選んだことだよ。やらされることとは違う。画塾に行くと将来の為に努力している人が普通にいて、競い合って、ボクもそういう場所に行くんだと思う。だから……その準備はしないといけないんだ」
「そうか……なんつうか、思ったよりもお前って大人なんだな」
男装していた時から思うと、見違えるように成長していた恋人になんだか寂しい気持ちなる。
「いやいや、銀次に言われたくないよ。というか、そう考えるようになったのって銀次の影響だし」
掌でツッコミを入れるソラ。
「俺の?」
思い当たる節はないという顔をする銀次を見てソラは呆れたようにため息をつく。
「その年で普通に家の仕事を手伝って、大人の人達から信用もされていて……銀次を見ていると、ボクもちゃんとしないとって考えるよ。……その結果、絵描きなんて不安定な仕事を選ぶのどうかとも思うけど」
自分が好きになった人があんまりにも大人っぽいから、頑張ろうと思った。
不安だけど、先なんてわからないけど、せめて銀次には目標を伝えたい。貴方のおかげで、自分の好きなことを続けていきたいと思えるようになれたから。
「……そっか、なるほど。じゃあ、俺も決めた」
銀次は姿勢を変えてソラに向かい合って快活に笑う。
「俺はソラができるだけ好きな事をできるようにする。その為に金も稼ぐし、仕事だって手伝う。……マネージメントっていうやつか、進学先を考え直さなきゃな」
「ええ、いや、そんなボクの為にそこまでしなくてもいいっていうか……」
「ダメか?」
「え?」
その眼差しは出会った頃と何も変わらない。真っすぐで、覚悟に輝いている。ただ、あの時と違うのは信じれないほどに心を惹かれているということ。
「俺の将来にソラのことを入れちゃダメか?」
「そ……れはズルくない?」
こんな幸せなことが、『私』に起きてしまっていいのだろうか?
こんなの泣くに決まってる。『私』だって、銀次と一緒の将来を考えているに決まっている。
「腹はとうに決めてたんだ。ずっと一緒にいよう。まだ先のことだけどよ俺と……」
「う˝ん……」
「結婚してくれるか」
「うん……」
頷いて抱き着いて、鼻水がついちゃうかもだけど。
『私』は銀次にキスをした。
次回更新は月曜日です。余裕があれば合間に不定期で更新が挟むかもしれません。
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