逆玉なんて初めてみた
夏休みということもあって、オムライス専門店の中はそれなりに人が入っているようだった。
「少し待つかもね。メニューでも見て待ってよっか」
「だな、ソラは車でもいいぞ」
人込みが苦手ソラを気づかった銀次だったが、ソラは首を横に振る。
「銀次と一緒がいい」
「塗装でもだいぶ体力使ってんだろ、無理すんなよ」
「むぅ、大丈夫だって」
疲れているのも人ごみが苦手もなのも図星だが、それでも折角のちょっとおしゃれなお店だから好きな人といたいソラである。そんな二人のやり取りをなんとも言えない表情で見る美沙。
「いや、まぁ、今日は特別に予約しているから大丈夫よ。……それにしても、仲良いのね。きょうび、こんなカップル珍しいんじゃない?」
「そうっすか? 普通っすよ」
「他のカップルのこととか知らないですから」
「自覚ないパターン……テツ君が被害に遭ってないといいけど。まっ、仲良きことはいいことよ。ささ、入った入った。暑いからね~」
案内されたテーブルで、銀次はキノコのデミグラスソースオムライスを大盛、ソラは定番のケチャップオムライスをハーフにしてスープ付き、美沙はオムライスではなく野菜スープとバケットを注文していた。程なくして注文した料理がでてきて銀次とソラが会話しながら食べ始めるのだが、美沙はスプーンを持っては置いて、さきほどから水をせわしなく飲んでいる。
「……あの、美沙さん?」
スプーンを置いた銀次が口を開く。
「な、なにかな。おかわり? じゃんじゃんいっちゃっていいよ」
「じゃなくて……そんな落ち着きがない感じでいられると気づかないふりするのも無理なんで」
「……ボク達に何か言いたいことがあるんですか?」
「グッ、よくぞ見破ったわね」
「バレバレっすけど」
「そうよ、朝言ったように話があって……そのことが気になって食事どころじゃないのよ。大人の余裕何てないわよ」
「先に話します?」
「それはダメ。料理を作ってくれた人に失礼だわ。タバコ吸ってくるから二人はゆっくり食べてて」
美沙は加熱タバコを持って、外へ出て行った。
「大丈夫かな?」
その後ろ姿を見送ったソラは銀次に向き直って心配そうに告げた。
「話の内容もアタリがついてる。前に話した時に、自社ブランドのデザイナーを探してたからな。その依頼だろ」
「ボクのデザインってスマホケースのことだよね。流石に商品のデザインは専門外だよ」
ソラが自分のスマホを取り出す。金属製のスマホカバーの背面にはソラがデザインしたギアボックスが描かれている。
「だな。気にせず断ればいいぞ、今は好きなものを描けばいい」
「……うん」
しばらくして、美沙が戻り二人が食事を終えると、口元を引き締めた美沙が座り。
「話を聞いて欲しいの」
開口一番で一気に話し始めた。
必死に父親を説得した自社ブランドがうまくいかず、最初の商品であるデザイナーズチェアーも発売前だが予約が入らず、ここいらでテコ入れをしたいが上手く言っていないということ。
「もうね、銀行にも融資の話をつけちゃったし、職人さん達の日程も抑えているのに肝心の! 注文が! 入らない! いやね、赤字覚悟っていうか採算は置いて進めた話だけど、それは話題になるからであって、話題にもならないのに赤字商品売ったら完全にアウトなの。爆死覚悟で物作る前に爆死がわかってる状態なの。別にこれで借金まみれってわけじゃないけど、お父さん辺りは『ほれみろ。俺らはいい部品をしっかり収める。これでいいんだよ』とか前時代的なことを言うに決まってるわ。あの馬鹿親父、女が工場を継ぐってだけで難色しめすような前時代の人間なの。このままだと工場なんて先細りだってのに! ……ゼェゼェ」
「あっ、お水どうぞ」
「……ありがとうソラちゃん。やっぱりあなたって天使だわ」
一気に言い切った美沙にソラがお冷を渡し、銀次はその強面をさらに強張らせている。
「親父さんは美沙さんに工場を継がせないことなんて無いと思うっすよ。んで、その自社ブランドのテコ入れにソラを使いたいと」
「流石銀ちゃん、話が早いわね」
ギラリと濁った眼で二人を睨みつける美沙。
「その話は断ったすよね」
「そうなんだけどね……ちょっと、見て欲しいの」
美沙が鞄から取り出されたのは銀次とソラが持っているスマホカバーとは少し違うデザインが施された金属製のスマホカバーだった。
「あっ、これ頼まれて描いたやつ」
「やっぱり、銀ちゃんの彼女ちゃんのデザインよね。あの時見たものとそっくりだったもの」
「どういうことだ?」
いまいち話しがわからず銀次がソラに尋ねる。
「ボク達のスマホカバーを作ってもらったところから没案を別デザインとして販売してもいいか、って言われて描いたやつだよ」
「そういやそんなこと言ってたな。そのスマホカバーをなんで美沙さんが?」
「それがビックリなのよね。本当に偶然なんだけど、さっきの自社ブランドのことで金属のレーザー加工やエッチングができる職人を探していたらこれを作っている職人さんに合ってね。加工とデザインですぐに銀ちゃんのスマホカバーを作った人だってわかって……聞けば予算さえあればすぐにでも作れるって話だったから……チャンスだと思って……」
「……椅子が売れる目途が立たないのに、別の製品を作ろうとしたんすか?」
突き刺さるような銀次からの視線に身体を縮こませる美沙。この手のワンオフ品は注文があってから作るのが常であり、利益が確定しているならともかく、不確かな状況で先に契約するのはリスクが高すぎる。美沙もその自覚はあったのだが、父親へ成果を示す為に焦った結果。先の見えない賭けに出てしまったのだ。しかし、賭けに打って出るほどの確信が彼女にはあった。
「……このスマホカバーは絶対に売れるし、話題になるわ。椅子と違って宣伝もしやすいし、製造コストも安い。大事なのはデザイン。今時、メタルカバーなんてありふれているけど職人の手作りかつ、デザインによる付加価値はわかりやすい宣伝材料になるわ。職人さんは当然お客のことは話せないから、デザインについてはソラちゃんに確認を取りたいってことだったけど、私にはこれが銀ちゃんの彼女が作ったものだってわかってから、先にこっちで連絡をとろうとしたら、銀ちゃんの方から塗装のことで依頼があったってわけ。……一生のお願い、ソラちゃんが職人さんに渡したデザインの使用許可が欲しいの! ちゃんとした契約をして報酬もだすわ」
ガバッと頭を下げる美沙。スーツ姿の女性が子供二人に全力で頭を下げる図に、周囲からは変な目で見られているが、美沙にはそれを気にする余裕はないようだ。
「いや、それは――」
銀次が断ろうとした時、机の下でソラが銀次の手を握った。
「許可は出せません」
はっきりと、よく通る声でそう言う。美沙が顔を上げると、見惚れるほどに綺麗な少女はまっすぐにこっちを見ていて、その視線からは強い決意が感じられた。
「そう……そうよね。急な話だし、元々は顧客の情報だったわけで、偶然とはいってもコンプラギリギリっていうか普通にアウト……」
「渡したデザインは没案なので、しっかりとした契約ならブラッシュアップしたものでないとお渡しできません」
「え?」
呆然とする美沙に対してソラが少し照れくさくなったのかすぐに視線を逸らす。
「……いいのかよ?」
「うん、ギアボックスは銀次との特別だけど、それ以外は別に大丈夫だよ」
銀次が心配するが、ソラは穏やかな表情で頷く。あんまりにもその表情がしっかりしていたから、銀次もそれ以上は何も言えなった。
「ほ、ほほほほ、ホント? ありがとう~、相場以上は絶対に出すわ、勝算があるの。この試作品だけでも銀行から追加で融資を引っ張れそうだったし」
「ソラがいいなら大丈夫っすけど、未成年なんでその辺も配慮しないとダメっすよ。バイト扱いだったとしても学校とも話ししないといけないっすから」
「大丈夫よ。その辺は任せておいて、とりあえず保護者さんにお話ししてもいいかしら」
「はい、父は外国なので今は叔父が保護者なんです。すぐに連絡します」
「……あっ」
すっかり『そのこと』忘れていた銀次が急いで止めようとするが時すでに遅し、ソラは自身の叔父である雅臣に電話をかけてしまった。しかもワンコールででたようだ。
「え、えと、叔父さん? あの、実はちょっとやりたいことがあって……うん、いや、そういうのじゃなくて……」
ソラがやや緊張しながら、美沙との話の内容を伝えていく。美沙は「叔父さんなのに随分かしこまってるのね」みたいなことを呟いたが、銀次はこの後のことを想像しながら天井を仰いだ。そうして、説明が終わるとソラが美沙にスマホを差し出す。
「あの。叔父が直接話をしたいそうです」
「美沙さん、ソラの叔父は――」
「大丈夫。こういう話は慣れているわ。貸してもらうわね。もしもし~私、金光金属加工所の金光 美沙と申します。姪御さんのことでご相談が……ええ、契約に関してですが……これから? 代理人弁護士とプランナーが同席? 融資をしたい?……あの、失礼ですが叔父様のお名前は……ひゃばばっばばあ、し、失礼しま、しました四季グループの代表取締役……いえ、その、はい……もちろん、時間なんていくらでも、はい、はい!」
傍からみて違いがはっきり分かるほど顔から血の気が引いていく美沙。後半などは全身が震えていた。
震える手でソラにスマホを返すと、電話で拾われないよう小さな声で銀次に向かって絶叫した。
「四季グループの社長の姪っぃいいいい!!!???」
ガクガクと涙目で銀次を揺さぶる。
「く、首が。だから説明しようとしたのに、美沙さんがさっさと話を進めるから!」
「県どころか国単位のボスよ。うちの工場なんて指先で潰せるわよ! どうするのよ、これから代理人が来るって、失礼があったら終わりよ、新事業失敗なんてレベルじゃないわ、一族と社員が路頭に迷うわ!」
「そういう人ではないと思いますよ。つーか、代理人が来るなら契約できるってことですよね。よかったじゃないですか」
「なんで落ち着いてるの! え? 私がおかしいの? なんで銀ちゃん、あんな奇跡みたいな子捕まえてるのよ。逆玉にもほどがあるでしょ! 令嬢よ令嬢!」
「一応美沙さんも社長令嬢じゃないっすか」
「田舎の工場の娘と比べものになんないでしょうが! なんなら私元ヤンよ。一流企業となんて下請けの下請けの下請けくらいしかしたことないわよ!」
「元ヤンだったんすか」
「そこはどうでもいい!」
繰り返しになるが、この会話はごく小さい声で行われている。
そうしていると今後は銀次にスマホが差し出された。
「銀次、叔父さんが銀次とも話しがしたいって」
「お、おう。俺もか」
頭を抱える美沙をほおって銀次がスマホに出る。
『やぁ、銀次君。素晴らしいニュースをありがとう。姪とビジネスの話ができるなんて今日はいいワインを開けなきゃな。兄さんも喜ぶはずさ』
「……ご無沙汰してます。雅臣さん」
電話口の声は盆と正月が一度に来たかのようにはしゃいでいた。
次回更新は月曜日です。余裕があれば合間に不定期で更新が挟むかもしれません。
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