怪しい案内人
早朝の始発、夏休みということもあってガラガラの電車にのる銀次とソラ。
「んにゃむ……」
「……ったく。昨日も夜更かししてやがったな」
半分寝た状態でソラは今は銀次の肩にもたれ掛かって眠っていた。その手には着替え以外にも色々準備物を入れたバックが抱かれている。今日の為に色々準備したのは良いがそのせいで寝不足では本末転倒……にならないのがソラなので、今だけは甘んじて肩を貸す銀次である。
「おい、そろそろ着くぜ」
「ん、スッキリ」
「ホントかよ」
駅を降りて、ガラガラのバスに乗る。本当に目が覚めたようでバスでは塗装用の色について銀次と確認する。工場近くのバス停に降りてそこから2キロほど歩くつもりだったが、クラクションを鳴らしながらミニバンが二人の横に停車した。
「おっはよう。迎えにきたよん」
窓が開いて、スーツ姿の美沙がパタパタと手を振る。早朝なのに化粧もバッチリで一流企業のキャリアウーマンと言われても通用しそうな器量だった。これが社会人かとちょっと感心する銀次と挨拶するタイミングがわからずキョロキョロするソラ。
「おはようございます。美沙さん、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます。おはようございます」
「……」
「美沙さん?」
「と、とととと」
「と?」
口を開いたまま意味不明な音を連呼する美沙に眉を顰める銀次。
「とりあえず暑いから乗って!」
「うっす」
「お邪魔します……」
「じー」
二人が後ろ座席に乗ると美沙は振り返ってソラをマジマジと見つめ、ソラは怖がって銀次の腕を掴んでいた。
「可愛い!」
「へぁ!?」
近距離で叫ばれてビクリと飛び上がるソラ。
「すんっっっっごい可愛いじゃない! 何この、何? 顔小っちゃ、肌、白、髪綺麗、うっはぁ、綺麗な瞳……え? この子マジで銀ちゃんの彼女なの? どこかのアイドル攫っちゃってない?」
人見知り発動中でやや挙動不審なソラとの間に銀次が入る。
「あー、そう言えば美沙さんはソラに気づいていなかったのか」
オムライス店で美沙と話をした時になんとなく二人は顔を知っている思っていた銀次だったが、実際は、ソラは美沙の顔を見ているが美沙はソラに気づいていないのだった。
「か、彼女です」
消えりそうな声で、それでも譲れない部分をアピールするソラである。
「やっちゃったわね銀ちゃん、大金星、奇跡よ、アメージングよ。一生分の幸運を使ったんじゃない!」
「否定はできないっすね」
「そこはしてよ銀次っ!?」
恥ずかしさから銀次の腕をブンブンと振り回すソラ。それを見てカラカラと笑う美沙。
「改めて自己紹介するわ。金光 美沙です。一応今から二人が行く工場の跡取り、銀ちゃんとは家族ぐるみのお付き合いで、銀ちゃんが赤ん坊のころからの知っているからもはや親戚感覚。だから彼女が出来たって聞いた時は驚いたけど、まさかこんな美少女連れてくるとは、いやぁ、私も鼻が高いっ!」
「髙城 空です。銀次の彼女です。今日はよろしくお願いします」
「任せといて!……いやぁ、しかし、これは……グフフ」
「邪悪な笑いが漏れてますよ。美沙さん」
「ハッ、いやいや、何言ってるの銀ちゃんこの私がそんな笑いをするわけないでしょ、さ、出発するわよ」
ミニバンが出発し、すぐに工場に到着する。昔ながらの町工場のような作業場やコンクリ壁の今風の工場など複数の建物が敷地内に建てられている。
「おぉ、すごい。作業場がかなり細かくあって広いね」
「敷地だけは広いからね~。60年ほど前は県内一だったんだけど、不況のあおり受けて倒産寸前まで追い詰められてからなんとか少しずつ盛り返したって所よ。お父さんが昔ながらで頭でっかちだからね。私が新しい風をこの工場に吹かせているわ」
「実際美沙さんが新しく手掛けた所はギリギリ成功してますもんね」
「ギリギリとは失礼ね。ちゃんと採算とれてるわよ。ただ、そろそろ一発どでかい山を当てたいのよ。まぁ、その話は置いといて。作品はもう届いているわよ。塗装ブースの場所はわかる?」
「大丈夫っす」
「現地にうちのスタッフを一名つけているから、使い方とか注意点とか聞いてね。まぁ、銀ちゃんなら大丈夫だろうけど。じゃ、私は仕事があるからここでお別れね。塗装の区切りがついたら連絡してね~、ちょっと話したいことがあるから」
「話したいこと?」
気になる言葉に銀次がツッコムと美沙は笑顔で手を振る。
「ぜ~んぜん、大したことじゃないわよ。ちょっとだけ、時間がもらえたら嬉しいな~って」
「……まぁ、いいっすけど。じゃ、お世話になります」
「お、お疲れ様です」
「はーい、いってらっしゃーい」
美沙に見送られる銀次とソラ。塗装ブースに向かいながら銀次は顎に指を当てる。
「銀次、どうかしたの?」
「長い付き合いだからな……ありゃあ、変なこと考えている顔だぜ」
「長い付き合い……」
少し黒いオーラが漏れているソラが銀次の手を握る。
「いや、親戚的な付き合いって意味だぞ」
「わかってるよ。うん、わかってる。でも、綺麗なお姉さんだったね」
「ちょ、ソラ。怖いぞ」
ソラのオーラに押されて足早に塗装ブースへ向かおうとする銀次なのだった。
一方。事務所へ戻った美沙は、自分のデスクに座り一枚の契約書を持ち上げる。
「も、もう後戻りできない……頑張るのよ美沙、この交渉にわが社の命運がかかってるの! なんとしても、彼女ちゃんに協力してもらわないと……」
視線を落としたその先にはメタル製のスマフォケースが置かれていた。
次回更新は月曜日です。余裕があれば合間に不定期で更新が挟むかもしれません。
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