合間の一日
野球部へカレーを振る舞った翌日。ソラの家で銀次はノートパソコンをいじっていた。すると、扉が開いて一階のアトリエからツナギ姿のソラが入って来る。
「あ”あ~。疲れた~」
なんとなく描きたくなったという理由で、レイヤーを重ねるような描き方の水彩画を早朝から描いていたソラだった。最近は芸術祭向けに金属やモックアップ用の模型ばかりいじっていた反動で発作のように描きたい欲求が沸き上がったらしい。
「おう、お疲れ。休憩か?」
「描き終わった、朝から描いてたから……」
「何、描いてたんだ?」
「……恥ずかしいから秘密」
「なんだそりゃ?」
「いいから、シャワー浴びてくるね」
しばらくしてシャワーを浴びて短パンと大き目のシャツに着替えたソラが風呂上がりの牛乳をコップに入れて銀次の横に座る。
「銀次は、何してたの?」
「明日の塗装をさせてもらう所へ確認のメールだな」
「明日は下塗りだからね。塗装ブースがある場所って、ちょっと遠いよね」
「中央の駅まで行く必要あるな……そういえば、ソラも合ったことのある人が経営している工場だぜ」
「え? 誰?」
「前に、オムライスの専門店であった人の所だよ美沙さんってんだけどな。母さんの大学の後輩だよ」
「あぁ、あの人か……女の人」
スズと一緒に中央の駅からバスで行った場所だ。あの時は銀次が女性といたことに混乱したっけ。
でも、今のボクは彼女レベル上がっているはずだし、あの時ほど混乱は……やっぱりしそうかもと複雑な表情をするソラである。
「美沙さんの所は積極的に設備拡張してるし、塗装ブースもいくつかあるんだよ。デスクサイズからトラックの塗装までできるぞ」
「おぉ、楽しみだよ。下地の塗料ってどんなのがあるの?」
「一覧はすぐに出せる。ちょっと、待て……ほいこれだ」
銀次が塗料のサンプルを画面に広げると、ソラは上機嫌で確認する。その際に体が密着するので銀次が横にずれようとするが、ソラは体重を預けて離れないように固定する。風呂上がりの柔らかなシャンプーの匂いがする。
「……熱くないか?」
「エアコンの温度下げる?」
「そう言う意味じゃないっつーの」
「今日はのんびり銀次分を補給するの。……やっぱりメタルプライマーかなぁ」
「質を挙げたいならエポキシもありだな。というより、俺はこっちがいいと思う。仕上がりの資料もあるぞ。美沙さんところの工場を紹介することあるから、資料は揃ってる」
銀次がフォルダから塗料について資料を取り立して見せると、ソラは目をキラキラに輝かせる。
「おぉ! 凄いよ銀次。わかりやすい……プライマー(下地)の上に地色を付けたいから。色付きがいいのがいいよね」
「筆書きはなんの絵の具だ?」
「油絵具……と行きたいけど、乾燥に何日もかかるからここは大正義アクリルだね」
「じゃあ、やっぱエポキシプライマーだな。地色を付けやすい。一応色の表もあるぞ」
「配色表もあるんだ……スプレーの組み合わせは一応頭に入れてるけど、これを見てもやっぱりエポキシかな」
「ん、じゃあ。トップコートの予約も入れて美沙さんにメールしとくわ」
「……なんか銀次、仕事できる人みたい」
「みたいとは失礼だな。こう見えて、大人相手に何度も泣かされてるんだぜ」
「じゃあ、ボクが慰めてあげる。ナデナデ」
ソラに頭を撫でられながらメールを送り伸びあがると、脱力してソファーにもたれ込む。
「ソラの絵も終わったなら。どっか行くか」
「えー、今日は家でよくない? ホラー映画でも見ようよ」
だらけ切ったソラである。もともと、インドア派なのと連日のイベントが続いていた為に銀次と二人きりで過ごしたかったようだ。
「明日はカッパきて塗装ブースで汗だく決定だからな。今日はのんびりすっか」
「そうそう、外だと思いっきり甘えられないし、尽くせないじゃん」
「尽くしたがりの発作も出てんのかよ」
「それは常に出てる。というか、最近銀次に尽くしたがりできてないかも」
体を起こして、銀次を見るソラ。そうは言われても基本的に夏休みに入ってからずっとご飯を作ってもらっているし、銀次が何かする前にはソラが終わらせているような状況なので客観的には常に尽くされているようなものである。
「いや、ほぼ毎日なんかしてもらってけどな。こっちがお礼をしないといけないくらいだ」
「それなら……泊まってく?」
「お礼の意味がいかがわしくなるだろうがっ!」
デコピンをすると唇を尖らせるソラ。
「しょうがない……ンっ」
かと思ったら、すぐに銀次の頬にキスをする。
「今日はこれでいいよ。じゃ、おやつを用意するから一緒に映画みようよ。晩御飯はカレーね」
「……おう」
照れている銀次を見てクスクスと笑うソラなのだった。
その日の夜。家に帰ろうと一階のアトリエを通った銀次はキャンパスに立てかけられている水彩画を見て思わず吹き出してしまった。そこには、昨日作ったカレーがその熱さや匂いが感じられるほどの説得力を伴って描かれていた。
「好きなもの描けてるってことか?」
「ぬわぁあああ、銀次。それ、見ちゃだめ!」
「なんでだよ良い絵じゃなねぇか」
『銀次と作ったカレー』というそのまんまなタイトルの水彩画を必死に隠そうとするソラとカラカラと笑う銀次。そんな二人の夏休みの一日だった。
次回更新は月曜日です。余裕があれば合間に不定期で更新が挟むかもしれません。
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