粛清される野球部
※※※※※
野球部合宿の最終日の夕方、これまでのどの合宿よりも気合の入った内容を終えた彼等は校内のシャワールームで汗を流していた。シャツと短パンを着て仲間内で制汗剤のスプレーを回し合う。
「いやぁ、練習の追い込みめっちゃキツかったなぁ。でもやり遂げたぜ!」
シャツから見える腕で力こぶを作りながら斎藤がそう言うが、その表情は晴れ晴れとしていた。
シャワー室は全員が使うことができないので、利用しているのは一年生だけである。二年と三年は先に解散している。合宿終わりの打ち上げはあるのだが、さすがに合宿終わりの当日に騒ぐ元気はなく、片付けをした一年が最後にシャワー室を使っていたのだ。
「だよな、これも髙城ちゃんのカレーのおかげよ」
「めっちゃ旨かったなぁ。ジャージ髙城ちゃん、エプロン髙城ちゃん、パーフェクトだった」
他の部員達も初日に食べたカレーの味を思い出してニヤついていた。この男達、合宿を終えてもまだ幸福感が続いているのである。
「銀次の奴は羨ましいが、銀次と一緒にいる髙城ちゃんが一番可愛いからな……」
「だからこそ、その笑顔を守るために俺達がいるわけだし」
「ははは、違いねぇ。つーか、今回のことが他の団員にバレるとマジでヤバイからな」
「大丈夫大丈夫、体育館は女子バスの日だったし、他運動部も大会とかでいないのは確認している。文化系の部活はほとんどが四季さん派だし、俺達から漏れなきゃ……」
弛緩した雰囲気の中、扉が開かれる。そこに立っていたのは夏休み中にも関わず集まった他運動部の男子、すなわちオールブラックスの団員達だった。先頭に立つ帰宅部の田中が血走った眼で全員を見る。
「漏れなきゃ……何だって?」
「「「……」」」
その迫力たるや、死線を潜り抜けた戦士もかくやというほどである。
「線超えちまったなぁ! 行くぞ、野郎ども!」
「「「応っ!!!!」」」
一糸乱れぬ連携で捕縛される斎藤達。
「ちくしょぉおお、なぜバレたぁ」
こうして連れて行かれたのは、校内から離れた場所にある高校が所有している格技場でだった。
「……斎藤、お前等も来たのか……グフッ……」
「先輩! 一体何が!」
格技場の中には帰ったはずの野球部二年がぐったりと畳に座り込んでいた。その頬はコケており、顔色は青白い。ほんの数時間前までグラウンドで共に練習をしていた先輩たちがどんな目にあったのか。
「彼らにはすでに罰を与えてある」
「村上っ、先輩達に一体何をしたぁ!」
正面に座る、卓球部の村上を睨みつけるも、周囲の団員に拘束されて動けない。
「ここにいる団員達の失恋エピソードを延々と聞かせたのさ。小学生時代からのエピソードも含め、珠玉の失恋話が目白押しだ。俺も話したさ、小学生の時に好きな子の横の席になって嬉しくて机をくっつけようとしたらそっと離された時のことをなぁ!」
「……なんて酷いことをっ!」
事実に裏打ちされた失恋話は確実に共感を呼び、二年野球部に与えたダメージは甚大だった。
「甘さを俺に甘さを……」「うぅ、ソラちゃんに会いたい……」「夢も希望もねぇよ……」
ゾンビのようにうめき声をあげる先輩達から目を逸らす斎藤。
「お前等にも同じ目に会ってもらう」
ゆらりと村上が立ち上がり、他のオールブラックスも灰色のオーラを纏う。
「ま、まて、話せばわかる」
「わかるものか。お前等、髙城ちゃんの手作りカレーを食べたんだろうが。美味しかったのか!」
「う、旨かった」
「髙城ちゃんのエプロン姿は?」
「クッソ、可愛かった!」
「「「ギルティ!!!」」」
「待て、最後に、最後に教えてくれ」
「……冥土の土産か、何が知りたい」
「なぜバレた? 最悪夏休み中は誤魔化せるはずだった」
「簡単なことだ……女子バスが貴様等を目撃していた」
「……女子バスは四季派閥ではないのか?」
「そうでもないよっ!」
「何奴っ!」
格技場の入り口を振り狩ると、左掌を顔の前に翳す一部のジョ〇サン・ジョー〇ターのポーズで長身の女子が立っていた。
「貴様は……女子バスケ部の……」
「二年……三枝よ」
「俺はここが『髙城ちゃんを見守る会』だった時からずっとこの団の一員だ。貴様等のことは知らんぞ!」
「そうね。確かに女子バスは愛華様派閥がほとんどよ、だけど、一部の部員は違うわ。私はオールブラックスとはまた少し違う立ち位置なの」
「……どういう……ことだ?」
「私はね。四季さんの横についていた『髙城君』……そう! 男装時代の髙城ちゃんがちっこくて可愛い! と思っていた人間よ!」
「古参勢か!?」
古参勢、それはソラがまだ男装していた時代から挨拶運動の時などに「男子なのに、可愛くね?」と思っていた『髙城ちゃんを見守る会』創立前からのソラのファンを差す言葉である。
「部としてはほとんどが四季さんのファンだけど、生徒会の手伝いをしている髙城君が可愛いと個人的に気にしていたら、実は女子だったと知って色んなものが歪んじゃったわ! 女子としても可愛いし、ボクっ子だし、なんなら今の女子っぽい髙城ちゃんに男装してもらいたい!!」
「願望が駄々洩れてやがる!」
「彼女はオールブラックスとは離れた位置にいてこれまで交流が無かったのさ、しかし、今回の一件を知って我々にコンタクトを取ってくれたのだ」
「クッ、まさかこんな所に髙城ちゃんのファンがいたとは……」
「末期の水は飲んだか? ……そろそろケジメをつけようか」
「ま、待てっ!」
「問答無用! 喰らえ、我等の非モテエピソードを!」
「「「ぐわぁああああああああああああああ」」」
その後、たっぷりと他団員の失恋エピソードを聞いた斎藤達は二年野球部と一緒に畳に倒れることとなった。その横で満足そうにしている他団員達。背信者を裁いた村上は三枝に話しかける。
「助かりました。ありがとうございます三枝先輩」
「いいわよ。私だって……私だって、髙城『君』のカレー食べたかった……」
ギリギリと奥歯を嚙みしめる三枝にちょっと引いている村上と田中。
「そ、そうですか。というか、それほど髙城ちゃんのことが好きならオールブラックスの一員になりませんか。うちは最近女子も増えてますし」
「あー、それは無理。今、女子のバランスがかなり不安定だし」
「えっと、バランス?」
「四季さんって女子人気高いし、うちの部活にも憧れている子多いのよね。でも髙城ちゃんもテストで満点とか取っているし可愛いしで注目凄いわけ。私としては髙城ちゃんを見守りたいけど、四季さんの派閥の子もいるから。部活に所属している以上はどっちかに偏ると面倒なの、個人的に協力は惜しまないけど、立ち場としては他の女子と違って中立でいさせてもらうわ」
振り返らずに去っていく三枝。その後ろ姿を見て、横で伏す野球部達を置いて田中と村上が話し合う。
「四季さんか……もともと、派閥ができたのって四季さんの人気がすごいからだよな」
「だな。銀髪でハーフで才色兼備で、絵にかいたような学園のアイドルだったわけだし」
「まぁ、俺達は近づくことすらできなかったからな。むしろ四季さんの横にいる男装時代の髙城ちゃんが羨ましーって感じだったし」
「その四季さんに対抗できるような女子なんていないと思ったら、髙城ちゃんがテストで一位取るわ目に見えて可愛くなっていくわで人気になったから頭抜けたアイドルが二人になって派閥なんてできたんだろ」
「女子ってそういうの好きだよな。四季さんは美人だし、髙城ちゃんは可愛いでいいんじゃねぇの?」
「そう言うが実は男子の中にも髙城ちゃんを避けている奴らが一年にいるらしいぞ」
「マジかよ。そいつヤバいな」
「生徒会とか成績優秀者とかで四季さんに声をかけてもらった男子らしい。アイツ等、髙城ちゃんの話がでると露骨に逃げるらしい」
「……探り、入れるか?」
田中が細めて提案するが、倒れていた野球部のうちの一人が立ち上がる。
「必要ねぇよ」
ゆらりと立ち上がった斎藤が二人の間に割り込む。
「斎藤?」
「髙城ちゃんには銀次がいる。男装していた理由や、四季さんやその取り巻きの女子と仲悪そうなこととか、色々あるんだろうけどそういうのは外野が何かすることじゃねぇよ。大事なのは今のソラちゃんがめっちゃいい笑顔だってことだ。外野には外野の守備範囲がある。髙城ちゃんことは銀次に任せときゃいいだろ」
「確かに。俺達は『見守る会』だもんな」
「そういうことだ。しかし……『今の』髙城ちゃんを夏休み後に見る奴らはどうなるかな?」
カレーを作っていたソラを思い出す。これまでのことや関係性を除外しても今のソラは夏休み前に比べて別人のように魅力的になっていた。
「夏祭りとかヤバかったのもんな」
「髙城ちゃんを知らない学外の人達も普通に見惚れてたからな。画像は撮らせないようにしていたとはいえ、SNSでも話題にされてたし、クラスの女子達が知ったらひっくり返るぞ」
「変な虫も湧くだろうし、俺達の出番はまだまだ増えそうだ」
こうして、オールブラックス達は自分たちの推しを守るための決意を新たにするのだった。
「……それはそうと斎藤。お前、まだ元気そうじゃないか?」
「いや、もうかなり足に来ているし……お前等だって自分でダメージを受けてるだろ?」
「俺達は……抜け駆けしたお前等にダメージを与える為なら己の黒歴史を見せても一向に構わん」
「や、やめ……ぐわぁああああああああああああ」
この日何度目かの悲鳴が格技場から上がり、その日以降、オールブラックス団員がソラと交流する際は報・連・相をすることが鉄の規則に定められたのだった。
次回更新は月曜日です。余裕があれば合間に不定期で更新が挟むかもしれません。
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