銀次、潜入する。
スーツを着た銀次が絵を持って、パスを受付に見せる。
「はい、確認できました。7階の第一ホールになります」
「どうも」
妙にスーツが似合っている銀次は特に怪しまれることも無く、会場へ行くことが出来た。本来ならば会場で設営をしているスタッフに絵を渡して終わりなのだが、わざわざスーツを着てこのまま帰るわけが無い。会場で絵をスタッフに渡して紛れ込める場所を探す。
「パスもあるし、怪しまれない場所はどこかあるかなっと」
ちょうど、使用人用の控室を発見。堂々と入り、何食わぬ顔で他の使用人達の中に入る。やや浮いているが、注意されるほどではない。
銀次の狙いは一つ、四季 愛華とソラの関係。四季がソラのことを本当はどう思っているのか、それを見極める為に学校以外での二人の様子を見たかったのである。
ほどなくしてパーティーの準備が整い、招待客が訪れ始める。
使用人室の柱の陰に隠れながら、様子を伺っていると愛華が現れた。周囲の使用人達も四季を見て、ヒソヒソと話し始める。
「あれが、四季の令嬢か……お美しい」
「うちの坊ちゃんが、お近づきにとプレゼントを準備していたけどどうなるかしら」
「今日は彼女の絵が披露されるとか……大したものだ」
愛華は使用人達の間でも、お嬢様として有名なようだ。そしてその後ろにパーティースーツを着たソラが歩いている。サイズを合わせているはずなのに、肩幅があっておらずまるで似合っていない。
ソラが愛華を離れてこちらへ向かって来ようとしたので、銀次は冷や汗を掻くが、愛華がソラが離れるのを止める。
「何やってんだ? チッ、聞こえねえ」
この場ではこれが限界か、身を引いて二人を視界に収めつつ人込みに紛れる。
そこから十数分経ってパーティーが始まった。かなり大きなパーティーであり、容姿端麗な愛華に人だかりができたこともあって声が聞こえる位置まで銀次も接近することができた。
壮齢の男性が一人、近寄ってくる。身長は180近く、目鼻が整っておりやや日本人離れしている。
ソラの話ではクォーターらしいが、確かに愛華にも通じる容姿をしていた。
「お父様、遅かったですわね」
「すまないね。可愛い娘の自慢をしていたら遅くなったのさ」
「あら嫌だ。お母様はご一緒ではないの?」
「彼女なら、グラスを取りに行ったよ。すぐに来るはずさ……ソラも来てくれて嬉しい」
「ど、どうも」
俯くソラの表情は銀次からは見えない、眼鏡はしていないので顎の細い端正な顔立ちが横から見える。髪型を整えると中性的な要素が増して性別がわからなくなるので、アイツもアイツでアニメみたいな容姿だよなと銀次は密かに思う。
「ふぅむ。今日もその恰好かい、たまには愛華と並んでも……」
「お父様。ソラは自分からこの恰好をしたいと言っています。配慮が無いのではなくて?」
「そうか……まぁ、個人の嗜好に口出しはよくないね。楽しんでくれ、兄ももう少し連絡があれば良いのだが、いつも勝手な奴だ」
「……お父さんは忙しいから」
「機会があればよく言っておく。困ったことがあったらいつでも愛華に伝えてくれ」
「はい」
「じゃあ、愛華、私は主催として挨拶をして回るよ」
「いってらっしゃい、お父様」
愛華の視線を気にしながらソラは応え、愛華は父親に手を振った。
どうやら、叔父はソラに対して悪感情はないようだ。これは大きな収穫だと銀次は安堵する。場合によっては愛華の両親も敵になりえると考えていたからだ。
「それにしても……四季の奴、本当にソラを連れている意味がわからねぇな」
その後も観察した結果。愛華は学校では厭味ったらしくソラからマウントを取っていたが、この場所ではまるでいない物として扱い他の人と話している。ソラもソラで愛華の様子を見ながらオードブルを取りに行って渡したり、手荷物を預かったりと使用人が板についている。聞けばメイクまでさせているそうだ。
ソラが有能だから使っているというよりは、どうでも良いことをさせて浪費させているような……。
銀次は自分が感じていた違和感に思考が近づいているのを感じた。しかし、それを形にできない。
頭を悩ませていると、愛華の元へ30代ほどの左右非対称の奇妙なスーツを着た細見の男性が近づいて来た。
「やぁ、アイカ。会えてうれしいよ。四季さん……君の父親とは先程話したのだがね」
「榊原先生、御会いできて光栄です」
誰だあいつ? と銀次は訝しむが、名前はわかったしとこっそりスマフォで検索するとすぐにヒットした。そこに書かれていたのは海外を拠点に現代画の分野で注目されている芸術家のネットニュース、銀次にはまるで理解できないカラフルな絵が目玉が飛び出るような金額で取引されている内容だった。
「先月のコンクールで提出された絵は素晴らしい物だった。今日も絵を持ってきたと聞いたが、凄まじい制作意欲だ。感心するよ、海を描いたんだって?」
「えぇ、描きたいものが多くて。水の表現を勉強していますの、どこに展示されているのかしら?」
「展示物は……西側」
ソラの囁きを聞いて、愛華はすぐに榊原に向き直る。
「西側に飾られているみたいです先生、恥ずかしいのですけれど厳しいご意見をいただきたいです」
「はは、私は意見を言うのは苦手でね、感想は得意だ」
ソラが愛華に伝え、にこやかに笑う愛華がちらりとソラを見る。
あの芸術家先生がどのように『愛華を真似したソラの絵』を評価するのかと、バレないように銀次は一行について行くのだった。
ブックマークと評価ありがとうございます。感想も嬉しいです。
ジャンル違いではありますが、ハイファンタジーでも連載しております。
作者自身は面白いものを書いていると本気で信じています。下記にリンクを張っていますので、もしよろしければ読んでいただけたら嬉しいです。
『奴隷に鍛えられる異世界』
https://ncode.syosetu.com/n9344ea/