カレーとは勝利の味
「ん、ちょっと甘めだけどいい感じかな? やっぱりもう少しこだわっても良かったかな?」
「ホールスパイスとか使ってたじゃねぇか。匂いもかなりいいし、手間かかっていると思うぞ」
カレー作りも終盤に差し掛かり、鍋とにらめっこをするソラにツッコミを入れる銀次。適度にブレーキを入れないとどこまでも突っ走りそうなソラである。
「カレーってこだわっちゃうよね。前にも少し話したけど、スパイスを並べると絵の具みたいでテンションが上がるんだよね。今度、ボクの本気カレーをご馳走するよ」
「そりゃ楽しみだ。その時は辛めな」
「うん……で、そっちなんだけど……」
ソラが信じられない物を見る目で銀次とマダム二人がしているものを見る。
「いい匂いねー。こっちはもう少しで終わるわー」
「余った福神漬けも具にしようかしら」
「それいいっすね」
三人は余分に炊いた米でおにぎりを作っていた。
「……あの、おにぎりにカレーを掛けるんですか?」
「違うぞ、カレーライスをおかずにおにぎりを食べるんだよ」
「???」
銀次の言葉を理解できず、ハテナを浮かべるソラ。
「ライスだよ?」
「ライスだな」
「ライスで米を食べるの?」
「いや、俺も大丈夫かって思ったんだけどよ。お母様方が言われるからよ」
銀次が横をみると、マダムが顔を見合わせて笑い合うとソラに説明する。
「この炊飯器、たくさん炊けるけど保温機能が微妙なのよ。だから余ったお米を冷蔵庫に入れる為におにぎりを握ったのが発端なんだけど……毎年、食べきるからねぇ。まっ、大丈夫でしょ」
「銀次もよく食べる方だけど、男子ってすごいね」
「運動部はわりとそういうとこあるからな。っと、こんなもんか」
銀次がおにぎりを握り終えて、手を洗い鍋を覗き込む。
「そっちもいい感じじゃねぇか」
「うん、最後にドライスパイスを入れて……んー、こんなもんかな?」
取り皿に移したカレーの味見をするソラ、その表情からもカレーの出来は上々のようだ。
そのまま、もう一口分を取り皿に通してそのまま銀次に渡す。
「味見してみてよ」
「おう……ん、いいんじゃねぇか、最後のスパイスが良い感じだな」
「そう? エヘヘ」
そんな二人を見るマダム二人がヒソヒソと顔を寄せている。
「……ちょっと、見ました奥様? あの慣れたやり取り……もはや夫婦!?」
「ハッ、いえ……よく見ると髙城さんはチラチラと桃井君を見てるわ。……バッチリ意識している……あえて、あえての同じ皿。うわぁ、見ているこっちがキュンキュンしちゃうわ」
「多分それ死語よ」
銀次のリアクションに集中して、マダムに見られていると気づかないソラはミッション達成とニマニマしていた。しかし、全然に意識していない銀次に対して少し複雑でもある。でもやっぱり嬉しい。と百面相をしていた。
「なんだ? 変な顔して」
「……銀次って鈍感だよね」
「隠し味でも入ってたのか? 気づかなくてすまんな。旨いぞ」
「違うけど……でも、美味しいならいいよ」
拗ねたように肩をコツンとぶつけるソラと困惑する銀次。そしてそれを見て謎のハイタッチをするマダム。
カレーが出来上がりに合わせて紙皿や飲み物を家庭科室の外側に置いた机に並べ、配膳の準備をしているとあっという間に昼になった。
「準備できたね。銀次、皆を呼んできても大丈夫だよ」
「わかった……いや、呼ぶ必要なかったな」
首をかしげるソラだったが、すぐにその理由がわかる。凄まじい速度で野球部達がやって来たからだ。
「うわっ、お腹減ってるんだね」
「いいことだ。うっし、やるぞ」
「やらいでかっ!」
カレーの配膳は流れ作業になっており、銀次が米をよそい、ソラがカレールーをかけ、マダム二人が福神漬けなどを盛り付ける。おにぎりはバンジュウに並べられ、自由に取っていくスタイルだ。
「母さん、このカレー……言った通り髙城ちゃんが作ったんだよな?」
中沢が自分の母親から出来上がったカレーを受け取りながら問いかけると、息子の意図を察した母親がジト目で睨みつける。
「……そうよ、髙城ちゃんが『彼氏』の桃井君と作ったのよ。わかってるの?」
『彼氏』部分を強調するが、中沢は無言で頷き、そして他の野球部達の顔も晴れやかであった。
「うちの子、彼女ができる日は遠いわね」
「うちもよ……」
またしても遠い眼をする二人である。そんな視線を知ってか知らずか野球部達は、姫より剣を授かった騎士のようにカレーを掲げていた。異様な風景である。
「俺、この後他の運動部男子に殺されてもいい」「あぁ、ぶっちゃけバレるのは覚悟の上だ」「これが髙城ちゃんの手作りカレー、俺、野球やっててよかった」「銀次の野郎はいつも弁当食べてるもんなー」
などと感想を言いながら、全員に配膳されるのを確認すると新キャプテンの二年生が合図を出す。
「全員、礼!」
「「「「いただきます!」」」」
最初の一口こそおそるおそるだったが、食べて始めるとスプーンは止まらない。
「「「「うめぇ!!!!」」」
丁寧に作られたそれは良く知る味の先にあるからこそ違いがわかる。煮崩れしないように下茹でされた野菜、臭味と余分な脂を取った肉、主張を控える程度に追加されたスパイス、違和感を感じない程度のトマト煮。やや甘めに味付けされたルー。ちょっとした手間の積み重ねは確かな差となって部員達に衝撃を与えた。
「髙城ちゃん……知ってたけどマジで料理上手だったんだな」
「ちょっと、得意げな髙城ちゃんが尊い……」
「いや、普通に旨いわ。えー、ちょっと店とかでも食べたいやつだわ。玉ねぎがめっちゃ旨い」
「わかる」
そんな彼等はすぐにおかわりを要求し、ついでおにぎりを食べ始める。
「カレーおかわり! あっ、髙城ちゃんにルーを注いで欲しい」
「俺も」「俺も」「俺も」
「わわ、ちょっと待って」
特に一年の男子は遠慮が無かった。流石にオールブラックスとしてライン超えだと、数人が動く前に銀次が声を上げる。
「お前等! 人の彼女に変なお願いしてんじゃねぇよ。ソラ、俺が注ぐから代われ」
「ふにゃ!」
不意打ちに変な声が出るソラだが、銀次に彼女と言われるのは嬉しくと口元が緩んでしまう。
一方、ソラの人気に仏頂面になる銀次だが、野球部達は特に文句も言わず銀次に器を差し出す。
「お、おう。素直だな」
「大丈夫だ。ちょっと暴走しそうになったがな。銀次、その場所(銀次とソラが付き合っている)は俺達が夏休み前に通過した場所だ。俺達は全員、髙城ちゃんとお前を心から応援している」
心からの気持ち悪い笑顔でそう言い切る斎藤に少し引く銀次。
「……どこを通って来てんだよ」
そんなことがありながら、カレーはあっという間になくなりなんならおにぎりも無くなっていた。
片付けは野球部とマダム達でするということなので、銀次とソラは最後に野球部に熱烈にお礼を言われて帰路に着く。
「まったく……」
野球部部員達のソラに対する熱狂的な様子にため息をつく銀次。
「あはは、女子に作ってもらうってそんなに嬉しいのかな?」
「そりゃ……」
お前に作ってもらえれば嬉しいだろ。といいかけて口をつぐむ。
銀次を見るソラは本気で気づいていないようだ。こっちをみるソラのヘーゼルアイは光を受けて不規則に色彩を変化させていた。見慣れているはずなのに、見惚れてしまう。否、見慣れてなどいないのだ。日々魅力的になっている自分の恋人を見慣れる日は想像できない。
心底惚れてしまっていると、心の中で苦笑する銀次である。
「どしたの?」
「いや……商店街でも寄って帰ろうぜ」
嫉妬していた自分が恥ずかしくて顔を逸らす銀次。ソラはそんな銀次を見て。
あれ? もしかして銀次、照れてる? なんでこのタイミングで?
と、銀次に負けず劣らずの鈍感さを披露していた。後で老師に疑問は聞くとして、そっぽ向きながら自転車を押している彼氏の手に自分の手をそっと重ねる。
「……」
「……エヘヘ」
なんだかよくわからないけど、彼女アピール作戦は大成功な気がするソラなのだった。
次回更新は……多分月曜日です。もしかしたら明日にももう一回更新するかもしれません。
いいね、ブックマーク、評価、していただけたら励みになります!!
感想も嬉しいです。皆さんの反応がモチベーションなのでよろしくお願いします。