ジャージエプロン
家カレーには一家言あるソラだったが、今日は質より量を求められているので基本的なカレールーを使ったレシピを作ることにした。
「大きな炊飯ジャーは使い方よくわかんないし、保護者の人が来るまで放置するとして……僕等は下拵えだね」
「だな。幸いでかい調理器具には困らん。まずはボールとザルだな」
「それなら横の準備室だよ。持って来るね」
渡された鍵で家庭科準備室の鍵を開けてボールを持って来るソラ。
「詳しいな」
「まぁね。愛華ちゃんの手伝いをしていると時に生徒会の面倒事色々見てたし、この学校の器具なら大体見たことあるもん。用具のリストも見たことあるし」
一度でも見たことあるならば、記憶できてしまう。男装姿の時から雑事を任されてきているので教師でもどこにあるのかわからないようなものもソラは大体把握していた。
「……お前がいなくなって生徒会が混乱するのもわかるぜ」
「そうかな? ほら、ジャガイモを洗うよ」
「おう、こういうのは得意だ」
二人はバンダナとエプロンを着て野菜を水で洗っていく。水洗いが済めば次は皮むきだ。銀次は素手だがソラは調理用ゴム手袋をつけている。
「普段は包丁派だが、今日は量もあるしピーラーだな」
「わかる。料理してる感がして包丁の方がいいよね」
二人で雑談しながら慣れた手つきでスルスルと野菜の皮むきをする。ピーラーで皮を剥いていると、二人のマダムが日焼け対策万全の服装で家庭科室に入って来る。
「あら、もうお料理しているの!?」
「早めに来て、準備しようと思ってたのに悪いわねぇ」
斎藤が言っていた、料理を手伝う予定の二人のようだ。銀次とソラは手を止めて挨拶をした。
「おはようございます。一年の桃井っす。今日は、よろしくお願いします!」
「た、髙城 空です。おはようございます」
「あらあら、ご丁寧に。三年の中沢の母です。暑い中ご苦労様」
「二年の吉永の母です。今日は、悪いわねぇ。保護者会でいつもお昼は作ってるんだけど、人手が無くって、息子から今日は二人のお手伝いをするように言われてます~」
挨拶もそこそこに、母親達は下拵え中の野菜や他食材などをぐるりと見渡す。
「あらやだ、本当に準備が終わってるじゃない。手際いいわね」
「えと、まだご飯ができてなくって……カレーに関してはボクと銀次……桃井君で大丈夫だと思うんですけど……」
コミュニケーションが苦手な人間特有の距離感がわからないムーブで状況を説明するソラだが、二人のマダムは困惑した表情でお互いの顔をみてからソラを二度見する。
「可愛い!! 今年すっごい子が入学したって聞いたけどその子はハーフで銀髪って聞いてたし、他にも凄い子がいたのね……はぁ、なんだかため息でるわねー」
「息子が料理に手を出さない様に言った意味がわかったわ。ちょっと、写真とってもいい?」
「あ、汗かくと思ったので……写真は恥ずかしいので……」
その後、見かねた銀次が間に入るまでマダム達がソラに迫り続けたのだった。
「じゃ、お米の設定ね。といっても、分量通りに炊くだけだどね。少し固めでいいかしら?」
「はい、それでお願いします」
母親二人に炊飯器を任せて戻ると銀次がピーラーを洗って片付けていた。
「ん、ジャガイモ剥きおえたぞ」
「じゃあ大き目に切って、水に晒しておいて。あとでニンジンと一緒に下茹でするから」
「おうよ。玉ねぎは飴色にしなくていいのか?」
「時間ないし、旨味はトマト缶で補う方向で、でも最初に炒めるのは玉ねぎからで」
「了解。じゃ、玉ねぎも少し大きめにしとくか」
銀次も慣れた様子で野菜を切り分けていく、その様子を見ているマダム二人。
「ねぇ、中沢さん。今日、息子からできるだけ手伝う方向でって言われていたけど……そもそもあの二人私達より料理上手じゃない?」
「そうね。カレーなんて具材全部いっきに炒めてお水淹れるだけかと思っていたけど、具材ごとに下処理してるわね。うちの娘なんて今年大学卒業するのに包丁の握り方も知らないわよ」
業務用の炊飯器二台を稼働させながらヒソヒソと話す二人。
そんなマダム達のことなぞおいて銀次とソラは調理を進める。大型のアルミ鍋二つを取り出して二人で玉ねぎをから炒めていく。
「最初に玉ねぎちょっとだけ炒めて、トマト缶いれるよ」
「煮込む時に入れんじゃないのか?」
「それだとちょっと酸っぱいんだよね。先に半分ほど玉ねぎと炒めると甘味がでていい感じなるよ」
「へぇ、今度やってみっか」
「銀次にならいつでも作ってあげるってば」
「自分でやるのもいいんだよ」
「むぅ、じゃ一緒に作る」
完全にいつもの調子で軽口を叩き合う二人。そしてそれを見ていたマダムが目をキラキラさせて近寄って来る。
「ねね? お二人は当然付き合ってるわよね?」
「そりゃそうでしょう。中沢さん、きっと小さい時から一緒にいて付き合って三年ってところね。そうよね」
若い二人の恋バナに興味津々のマダムである。
「……」
すぐに返答できないソラだったが、銀次が横からさらっと答える。
「高校で出会って、夏休み前に付き合い始めた感じっす」
「「その距離感で!?」」
綺麗にハモった。
「最低でも同棲はしている距離感だったわよ」
「そうっすか?」
「……」→照れて、無言で野菜を炒めるソラ。でも、まんざらも無さそうである。銀次が付き合っていると言ってくれて嬉しそうであった。そんな話をしていると、外から掛け声が聞こえてきた。
「エーイ、オー」
『エーイオー』
先頭の部員の掛け声を後ろの部員が復唱しながら外周と呼ばれるランニングをしているようだ。
「ん? いつも、坂道を昇り降りするルートなのに、ここを通るのか」
「おぉ、おっきな声だ」
「あら? いつもこの道通らないと思うわ」
男子の大声にちょっとビビるソラ。声はしだいに近づき、家庭科室の前にユニフォーム姿の野球部がやってくる。
「整列!」
『はいっ!』
野球部が家庭科室の前で止まる。
「そういや、斎藤が挨拶するって言ってたな」
「え? 整列までするの?」
「ここは私達がしておくから、ちょっと出てあげて」
「そそ」
「いや、こういうのはお母さん方が……」
銀次が遠慮するが、その時窓の外から鋭い視線が飛んでくる。そしてマダムは二人は何かを察したかのように頷き合った。
「はいはい、私等は慣れてるからほら行ったげて」
「若い子が前に出るものよ」
というわけで半ば強引に鍋を奪われて、外へ出る二人。
「ガハッ」「ゴフッ」「グッ……」
幾人かが咳き込み、何人かが自分の外腿を拳で叩く。
「ぜ、全員。今日、料理をしてくれる桃井君と髙城ちゃ……髙城さん。あと俺の親と吉沢のお母さんに、礼!」
「「「「オネガイシャス!!!」」」
「ふわっ!」
帽子を取って深めに頭を下げるその礼は軍隊のように規律正しい。タイミングどころか声のピッチまで揃っているような見事な礼だった。銀次は素直に感動し、ソラは声の大きさにちょっと飛び上がった。
「うっす!! 夏大会お疲れさまっした!! 合宿頑張ってください!!」
「が、がんばります、ので、頑張ってください」
「「「……」」」
二人に見えない角度で目尻を拭く部員達。
「グスッ……ありがとう。全員……もう少しだ。外周! エイ、オー」
「「「エイォオオオオオオオオオオオオオ!」」」
中沢の号令に応え、全員で声だしをしながらランニングを続行する。二人は部員の列が校舎の影でみえなくなるまで見送った。
「やる気入ってんな! くぅ~。俺も走りたくなったぜ。まずは旨いカレー作らなきゃな」
「す、すごい気迫だったよ。なんだかボクも元気貰った気がするよ」
部員達の熱量を感じた二人は気合を入れ直し、部員たちの様子を見ていた母親二人は……。
「アホね。でも、気持ちはわかるわ」
「……試合より声出てたわね」
息子たちのその熱量の方向性を正しく理解して、遠い眼をしていた。
※※※※※
校舎裏まで声出しをしながらランニングした野球部……否、オールブラックス一行は自分達が銀次とソラから見えなくなったことを確認して倒れ込んだ。体力的には余裕であるが、全員の心臓は早鐘のように打ち鳴らされ、膝は震えている。事前に隠していた缶コーヒーを取り出して全員が一気飲みすることでなんとか呼吸を落ち着けた。
「斎藤から聞いていたが、まさか、予想外の攻撃までくるとはな……」
「ジャージエプロン……一瞬意識が飛んだぜ。しかも応援まで……生きててよかったが、死にかけた」
「俺、髙城ちゃんが男子を怖がりながらも頑張って会話しようとしてくれるのが好きなんだ……」
「お、異端者か?」「処すか?」「まてまて、行動に移さなければいいだろ」
「というか、マジで夏休み前から変わってないか。なんというか、立ち姿というか、仕草というか、浴衣とか抜きで可愛くなってるよな?」
「あぁ、各段に女子っぽくなってる。あと背が少し伸びているな」
「背筋を伸ばしているからだろ、成長期ってのはあるかもしれんけど、後髪型も女子っぽいし……前を見ているから目が良く見える。髙城ちゃんの可愛さがよくわかるようになった……」
「胸を張っているから、猫背だった前と比べて格段に……『あれ』があることがわかって死にかけた」
「ジャージエプロンやばかったなぁ……卒業したくねぇ……」
「わかります先輩。あれ、私物っすよね。俺、マジで心臓がドキドキしてました。涙が出てきましたもん」
「なんだかんだ無防備な所あるよな髙城ちゃん」
「……もう一回見たいよな」
「「「…………」」」
「今日の外周は全部家庭科室の前を通るコースにしよう」
「「「賛成!!!」」」
次回は月曜日更新予定です。
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