グラインダーよりもかっこいいと思うんだ
「復唱!」
「はいっ」「うっす!」
作業服を来た銀次とソラが源一郎の前で起立をしていた。
「小まめな水分補給!」
「「小まめな水分補給」」
「適度な塩分補給!」
「「適度な塩分補給!」」
「休憩も仕事っ!」
「「休憩も仕事っ!」」
「よっし、気を付けろよ。特に銀次、体力馬鹿のお前が良くてもソラちゃんにとってはしんどいこともあんだからな!」
「すんませんでしたっ!」
「き、気を付けます!」
そう言って、持ち場に戻る源一郎に礼をする二人。熱中症対策の標語の復唱は恥ずかしくもあるが、実際に声を出して確認することは大事だし、工場女子であるソラは楽しかったらしくノリノリであった。ちなみに、少し離れた場所では懸命に復唱するソラの姿を見て謎に悶える若い衆の姿があったとかなんとか。
何はともあれ溶接作業の二日目である。一日目で要領は掴んでいたので、慣れた手つきでクランプにパーツを固定していく。二人で微妙な見え方や正面からの位置などを逐一確認する作業は根気のいる作業ではあるが、元々そう言った作業を苦にしない二人なので、順調に作業は進んでいった。むしろ、順調すぎて作業に熱中し、時折様子を見に来た源一郎に休憩するように指示される程である。そんな感じで二日目にして溶接作業はお昼を回る頃には終わってしまった。
「フゥ……なんとかなったな」
「いやいや、十分だよ。予定よりずっと早いじゃん」
マスクを外してトーチを置いた銀次が背伸びをする。ハートの形のパーツは金属部分を支柱に沿わせるようにカットしている為、固定さえできていれば難しいものではなかったが、支柱を傾けて溶接する必要があり、少し不自然な姿勢での作業になっていた。その為に背中がバキバキと音を立てている。
「本当にくっついてる。しっかりしているし、安心感があるよ。やっぱり金属っていいなぁ」
パーツはしっかりと固定されており、もしソラが本気で揺さぶっても取れることはない出来だった。目をキラキラさせて作品を確認するソラ。
銀次としても細かなミスはしつつも、リカバリーできたと自負しており満足できてはいるのだがその表情は冴えない。怪訝に思ったソラが問いかける。
「どうしたの? 凄くいい出来だよ?」
「そうなんだけどな。こっからのことを考えるとな……」
首をかしげるソラに対し、銀次は無言で作業場の壁に掛けられているミニグラインダーを手に取る。
「ま、まさか……」
それを見て冷や汗を掻くソラ。思えば当然のことだし、工程表でもしっかりと記載はされていた。しかし、溶接が上手く言ったことですっかり失念していたのだ。数日前の地獄の作業が思い出される。冷房をガンガンに利かせているとはいえ、工場の温度は尋常ではない。分厚い生地の作業着を着こんでのその作業名は……。
「研磨すんぞ」
「ぐぇえええええ」
女子が出してはいけない声が漏れる。これが配管ならば最低限の見栄えで良いのだが、これは人に見せる作品である。研磨作業の工程は尋常ではない。
「スパッタ(溶接で発生した微細な金属片)の除去、ビード(溶接の跡)の除去、そこから死ぬ気で磨き上げるぞ。塗装する前までにひたすら磨き上げるからな……ここからが本番だ」
顔を上げた銀次は覚悟を決めた顔だった。
「おぉ……うん、頑張る!」
パーツの発注も溶接もとても楽しい、しかし研磨作業は地獄だ。そして、得てしてそう言った作業こそが工程の大半を占めるのである。銀次はもちろん、創作に携さわるソラもそのことよく理解していた。
「休憩しながらやるぞ」
「やらいでかっ!」
大変ではあるが、溶接中は直接的な作業がなかったソラはやる気十分のようだ。
「今回は塗装前提で、ほとんど機械でするから前よりは多少は楽だな」
「ボクもやりたい! 小さいグラインダーなら使えると思うんだ」
「……あぶねぇからちゃんと保護メガネと指サックつけろよ。絶対にケガしないように気を付けてくれ」
「うん、約束するよ」
前の研磨作業と違って、今回はミニグラインダーを渡され、ソラはすぐに上機嫌になる。プロ仕様のミニグラインダーには研磨する為のディスクが多く用意されており、細かく取り換えることが可能だった。その付け替えやモーターの設定などは機械オタクであるソラにとっては垂涎の作業である。始めは恐る恐るだったが、すぐに慣れて嬉々として研磨作業を始める。なんならマニュアルを完全に暗記して回転数の設定までし始める始末だ。
「ふぉおお、凄いよ。金属のブラシがめっちゃかっこいい! これ、ドリルもつけれるんだよね……買おう」
「これは工場のやつだけどよ、家庭用のマルチルーターとかは一台あると色々便利ではあるな。おすすめのやつを教えてやるよ」
「ホント? 絶対買う。家じゅうの金属をぴかぴかにできるよ……モーターかっこいい……」
涎でも垂れそうなソラである。
「かっこいいのはわかるけど気を付けろよ。お前の指は大事なんだからな」
「ありがと、気を付けるよ」
繰り返し注意される。ここでケガをすると一番気に病むのは銀次だ。だから間違ってもケガをしないように安全に気を付けて作業をしていく。ソラがあんまり楽しそうに作業するもんだから、銀次もつられて楽しくなってくる。そうしてミニグラインダーでの作業は終了した。
「……」
次に支柱を斜めに固定して横並びになって作業をしていく。機械での作業が終われば次はムラを無くすために手作業での研磨だ。ソラはちらりと銀次を見る。目でわからない部分も指で触って違和感を探す銀次は真剣そのものだった。見惚れている銀次と目があった。
「ん? どうかしたか?」
「……ボクの彼氏はグラインダーよりもかっこいいと思う」
「ハハッ、そりゃ褒めすぎだ」
冗談だと受け止めたのか銀次はカラカラと笑った。受けながされたソラは少しむくれて、すぐに後でボクの気持ちを思い知らせてやろうと考えを巡らせるのだった。
次回は月曜日更新予定です。
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