手袋越しのグータッチ
「でさ、どうすりゃいいんだよ銀ちゃん?」
「……知らないっすよ」
ソラとの合流まで工場で溶接の練習をしていた銀次は、その合間の昼休憩時間中に工場で働いている20歳ほどの金髪の若手に話しかけられていた。
「だってよ! 銀ちゃんの方が俺よりよっぽど強面なのに彼女できてんじゃん! 俺も欲しいんだよ! 振られてから彼女ができねぇんだよ~。それに、彼女めっちゃ可愛いじゃん。あんな子、見たことすらあんまないレベルじゃん! 羨ましい~! つーか、その弁当も彼女の手作りか! この野郎!」
「いや、これは自分で作ったやつです」
冷えた麦茶を水筒から飲みながら銀次は返す。昼までミッチリと溶接の練習をした為に、熱と疲労を感じておりおざなりな態度であるが、それを許されるくらいには気安い関係だとも言えた。
「俺も彼女が欲しいなぁ」
「グッさんならできるでしょ。実際、彼女いたことあったんでしょ?」
遠くで工場のおっさん達の笑い声が響く。誰かが手遊びで作ったお手製の風鈴が鳴り、温い風が休憩所を吹き抜けていた。グッさんと呼ばれた金髪の若手は勤務二年目のであり、軽薄そうな見た目とは裏腹に真面目な相手であることを銀次は知っていた。
「……ん~。そりゃ、まぁ、遊んでたからなぁ。高校でも彼女はいたしなぁ」
「その子とはどうなったんですか?」
「向こうは大学へ行って、それきりだ。俺は学が無いからそのままここに就職だしな。社長が拾ってくれなかったらまだフリーターだったかもなぁ」
グッさんもペットボトルの麦茶を喉に流し込んで、盛大にため息をついた。
「……そうっすか」
一般的には高校で付き合ってずっと一緒というのは少数派なのだろう。ソラのいない生活は今となっては想像できないが、一緒の未来というのもどうなるのかわからない。そんなことを考えると無性にソラに会いたくなった。
「おいおい、なーに黄昏てんだよ。あんな可愛い彼女がいるんだから、もっと人生楽しまないとダメだろ。俺はああいう清楚な子との接点も無いし、どうすりゃお近づきになれんのか教えてくれよ」
「だから、偶然ですって。つーか、ソラは別に清楚じゃないっすよ。なんか……本当に偶然が重なって、付き合うことになっただけです」
「なんだよそれ、めっちゃ幸運じゃん。奇跡じゃん! ズルいぞ銀ちゃん、俺にもおすそ分けしろ、マッチングアプリで詐欺られそうになった俺を慰めろ!」
「そうやって、彼女作る努力してんなら、グッさんならできますよ」
「……本当に?」
「遅刻もせず、残業もして、資格だってちゃんと取ってるじゃないっすか。凄いっすよ」
この界隈にいると連絡無しに来なくなる新人が割と多くいる為、ちゃんと働くということのハードルの高さを思い知ることがある。この工場ではあまりそういう人がいないあたり社長の人を見る目は確かという事なのだろう。そういう意味ではこの頼りない年上のことを銀次は本気で尊敬していた。そんな言葉を受けたグッさんは真顔で銀次を見つめる。
「……銀ちゃん、料理上手かったよな。弁当も旨そうだし」
「人並みっす。何すか急に?」
「家の仕事も手伝っているし。将来有望、顔は怖いが大人顔負けに気も利く……」
「……?」
「銀ちゃんが女だったらなぁ」
繰り返すが彼は真顔だった。
「冗談でもキツイっす!」
「ガハハ、そりゃあ彼女もできるって思ったわ。俺も頑張んねぇとな、とりま、いいバイクでも買ってナンパするわ!」
「グッさんなら彼女できますよ。……だから寄ってこないでください!」
すり寄って来るグッさんを手で牽制しながら、ソラのことを想う。
偶然が重なって今のソラとの関係がある。それは会話にあったように幸運とか奇跡とか、そういう類の単語が当てはまるようなことなのかもしれない。その幸運を大事にしたいと心から思う。
「じゃ、俺、もう一回作業場へ入って来るんで」
「おう、彼女ちゃんにもよろしくな!」
先のことはわからないが、だからこそ目の前のことを頑張ろう。それに、グッさんに言われるまでもなくソラといる時間や一緒の作品作りは楽しくてしょうがない。合流するまでにもう少し練習しておくか。とトーチと溶棒を持って銀次はもくもくと練習に励むのだった。
しばらく集中して練習をしていると、作業着を着たソラがやって来る。流石に走ってはいないが、子犬のようにチョコチョコと近づいてくる。
「銀次っ!」
「ソラ。もう来たのか」
「いや、普通に時間通りだよ。って、めっちゃ練習してる!」
作業場の机には端材でできた鉄のサイコロや、繋ぎ合わされた小さな鉄板が無数に並べられていた。
「おう、午前中はスポット溶接の練習して、午後はティグの練習してた。手は温まってるぜ。そっちはどうだ?」
「ギャル先輩達と友達になった」
エッヘンと胸を張るソラ。
「お、おう? どういうことだ?」
「後で話すよ。微調整はバッチリだから安心して。じゃ、いよいよ、パーツの溶接やる?」
自信満々にスケッチブックを取り出すソラはちょっとハイテンションだ。きっといいことがあったのだろう。少し離れていただけなのに、寂しくなっていた銀次は大分やられているなと心の中で苦笑する。
「だな」
手袋越しのグータッチをして、二人は一緒に作業へと取り掛かった。
次回は月曜日更新予定です。展開が遅くてすみません。
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