モックアップ!
作業二日目、午後に工場に集合した銀次とソラは、作業室でパーツの組み立ての確認をしていた。溶接してしまうと後戻りはできない。二人は意見の衝突を恐れずに真剣な表情で考えを言い合っていた。
「……この角度じゃ見えずらくないか? ちょっと、確認してくれ」
「斜めにすると見えやすいけど、どういう形か答えをすぐにわかるようにしちゃダメなんだ。疑問を持って、そこから理解へと繋がる過程こそがテーマなんだよっ! 具体的に言うと、浮かび上がる泡がハートへと変化していく。水中から光のある水面へ照らされて、初めて自分の気持ちに気づくようなメッセージがあるんだ」
「ちゃんと見てもらえるような場所じゃないだろ、わかりやすさも大事だぜ」
「それはわかる。バランスについては調整ができるところは徹底的にやろう」
「だな。大まかな位置はわかってんだ。ここはしっかりやるべきだ」
円形から徐々にハートへと変化していくステンレスのパーツを支柱のどの位置に取りつけるかを設計図通りにくっつけて、ペンで印をしていく。どう見せるか、どう見て欲しいか、その二つがせめぎ合う。ほんの数度のこだわりで全く違う印象へと変わっていく。溶接の問題で設計通りにいかない部分もあり、その修正で時間はすぐに過ぎ去っていく。
結局、その日は角度や見え方の調整で制作の時間が終わってしまった。
桃井宅での晩御飯を食べた後も、話し合いは続いていた。二人してスケッチに顔を突っ込んでいる。ちなみに哲也は気を使ってか自室で勉強中である。
「この部分、もうちょい接点を多くできるか? 強度が不安だ」
「それなら、ハートが繋がる箇所を作れるばいいんじゃないかな?」
「いや、このふんわりしたような感じは好きなんだ。……わかった、ここはスポット溶接に切り替えよう」
「任せるよ。ボクは今日の感じでパーツの感じは掴めたから、調整をもう少し詰めたい」
「それなら、明日の集合までは俺はスポット溶接の練習しとくから、ソラはそっちしてくれ。明日の夕方からパーツの印を完成させて明後日に溶接だ。塗装まで間に合うだろ」
「うん、日程的には余裕だからレンタルしている塗装ブースにだけ間に合えばいいよね」
一通り、予定を決めた後はソラは満足気にスケッチを片付ける。今日の工程としてはむしろうまくいかなかったくらいなのだが、嬉しそうなソラだった。
「嬉しそうだな。設計通りにいかない部分があったってのによ」
ちょっと不満気な銀次の言葉を受けて、ソラは少しの間キョトンとした表情をした後に、フニャリと脱力するように笑った。
「だって、今まで教えてもらったり、一方的に指示をされることはあってもこうやって一緒に作るなんてしたことなかったもん。なんていうか……遠慮せずに言い合えるのが新鮮で楽しい。こういう風に自分のやりたいことを言って、相手の意見を聞いて工夫していくのってドキドキするんだ」
甘えてくるソラの頭を撫でながら銀次はむずかゆそうに頬を掻く。
「そういうもんか。じゃ、明日からもガチで行くからそっちも遠慮なく言ってくれよ」
「やらいでかっ!」
二人は拳を合わせる。
翌日。銀次は工場へ溶接の練習をしに行き、ソラは早朝の画塾で、針金と紙粘土をこねくりまわしていた。画塾には紙粘土などを使ったモックアップ(試作用のモデル)の為の道具が揃っているからだ。
エプロンを付けて、ライトを調整しながらナイフやヘラでモックアップを作っていく。一度作ってはぐるりと回して、記憶し、崩して別のモックアップを作っていく。頭の中で形になると、それをスケッチで形にしては、またモックアップ作りに戻るという作業だ。
そんな、モクモクと作業をしているソラを見る人影が入り口にあった。
「うわっ、ほんとにいるよあの天才ちゃん。何してるんだろ……」
「最近来ないと思ったら、模型をつくってるっぽい。……絵になるなぁ。モデルになって欲しいなぁ」
「ね、ちょっと話しかけて見ない?」
美大を目指す留年生女子三人である。彼等の中でソラは偶にきて批評をするとほぼほぼ一位を取る上に、その容姿も相まって『天才ちゃん』と呼ばれていた。自分達が夏季に利用している画塾の授業があるまでの間にここを利用しようとしてソラを見つけたようだ。授業でない今なら話しかけられそうと三人はソラに近づく。
「あの~……」
「!……」→ビクっと震えて、周囲を見渡すソラ。
「いや、シゲ先生の授業で偶に会いますよね。ちょっと、気になってて、ほら批評でも一番だし。高校生だよね?」
「……」無言で三人を睨みつけるソラ。
話しかけた女子は髪色がかなりカラフルでメッシュも入っていた。高校生では一般的には許されない髪色でありソラ的にはスズ達よりも一段階上のギャル。いわば大人のギャルである。
こわっ、ギャルの人だ。こわっ!
とギャルに対する謎の苦手意識で警戒心が爆発していた為にカチコチに表情が強張り、無言で睨みつけてしまう。勝手にギャル認定された留年生は無言で睨んでくるソラに勝手に孤高のイメージを持ち、振り返って三人でヒソヒソ話をする。
「ちょ、やっぱ、アタシ等なんか眼中にないって」
「そりゃ、あんだけ上手けりゃそうでしょ。今時、油絵なんて古臭いジャンルやってるし硬派なんだって、絶対怒ってるって」
「いや、あんたも西洋画学科志望でしょうが」
謎に圧倒されている三人に後ろから声がかけられる。
「あの……」
振り返ると、エプロン姿のソラがジーと睨みつけながら。口をモゴモゴされて、絞り出すように小さな声で。
「……おはようごじゃ……ございます」
『噛んだ』と心の中でツッコミをいれる三人。その背景には稲妻が走っていた。
そして、噛んでしまったことに顔を真っ赤にして、恥ずかしいので椅子に座り直してモックアップ作りに戻るソラ。三人は顔を見合わせる。ソラが別に怒っていないと気づいたようだ。この界隈によくいるコミュニケーションが取りにくいタイプなだけでは? と思い始めてさらに距離を詰める。
「ね、いつもはスケッチとか水彩や油絵だよね。なんで粘土触ってるか聞いてもいい?」
「そそ、こう見えてもこの子なんかは3Dプリンタとかも使うからこういうの詳しいし」
「……人並みだって」
ソラは横目でちらりと三人を見る。
「……作品のモックアップ……です」
やっぱり、ちゃんと応じてくれるタイプの子だっ! と三人は目線で合図を送り合う。こうなると、がぜんソラに対しての興味が湧いて来た。謎の天才美少女とお近づきになりたいと詰め寄る。
「へぇ、ね、見るからに抽象的っていうか、何がモチーフなの?」
「……」
ジロリと睨みつけてくる(と三人は感じる)ソラに少したじろぐ。ヤバいちょっと踏み込み過ぎたかと思っていると、たっぷりと時間をおいてボソボソと何かを喋る。聞き取れなかったので近づくと。
「……初恋」
ともう一回呟いた。
「「「……!!!」」」
耳まで真っ赤にしたソラの呟きの攻撃力の高さに衝撃を受ける三人。しかし、三人にはその受け取り方も普通とは少し違う。例えプロではないとは言え、創作に身を置くものとしての矜持が三人にはあった。ソラが耳を真っ赤にしても、逃げずにテーマを言い切ったことの意味。それは誰かに見せる為に作品を作る以上、例え恥ずかしくてもちゃんと自分の伝えたいことを言い切ること。
誰かに笑われるかもしれない、実際に絵を描いていると何度も心無いギャラリーに嘲られたことがある。
それでも、描き続けて表現し続けてきた。自分にしか表現できないものがあると信じて今日まで努力してきた。恥ずかしくても恥じてはいない。自分だけは己の作品に対して向き合わなければならない。この子も、私達が絵を描く人間だから誤魔化さず答えてくれたのだとわかった。三人は顔を見合わせて頷く。
「「「協力させて」」」
心からの真剣な声を受けて、ソラはコクリと控えめに頷いたのだった。
ちなみにその後。
「彼氏と合作!?」
「……か、かれ、彼氏? 初恋……! あばば」
「高一……青春、あれ? 私って高校でずっと美術室で何してたっけ……これは……涙?」
ソラと一緒に昼食を食べて、深刻な追加ダメージを受ける美大留年生三人なのだった。
次回は月曜日更新予定です。
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