ドレスよりもツナギが好き
一晩明けた朝、早朝の京都を走るバスに銀次とソラは乗っていた。
「いいのか? 挨拶もせずに出ちまってよ」
「一応、フロントへ伝言はしておいたし大丈夫だよ。あれ以上そこにいても絡まれるだけだもん」
「そういうもんか……ふぁ……まだ、眠いな」
根が小市民の銀次としては、あれほどの部屋を奢ってもらいながら礼をも言わず出ることに抵抗があったが、早朝から銀次を起こしに来たソラに急かされて今に至る。
「なんとなくだけど、レオナさんは銀次のこと気に入ってると思うんだ。……あのままいたら、いい様にされちゃうかもよ。愛華ちゃんも油断できないし」
「四季は普通に俺の嫌っているだろうし、レオナさんだって将来のことを考えたら、嫌われるよりかはいいだろ。油断できる相手じゃないってのがわかっただけでも直接会ったかいはあったさ」
「……なにさ、四季の家に用事でもあるの? やっぱり美人だから? うわっ!?」
ソラの頭を銀次が乱暴に撫でる。
「馬鹿ヤロウ。彼女の親戚だろうが、距離感は大事だが敵対してもいいことはねぇだろ。苦手でも向き合うことは必要だからわざわざここまで来たんだろうが」
自分の為であることを疑いはしないが、正直に言われるとちょっと嬉しいソラ。照れ隠しでそっぽを向く。
「……銀次って本当に高校生?」
「そうだっての、まだガキさ」
「なんか大人っぽくて腹立つ……でも好き」
「どういう情緒なんだよ?」
意地を張っていた自分が子供っぽいじゃんと唇を尖らせるソラを見て、穏やかに笑う銀次だった。
京都駅につくと、すでに売店は開いていたので二人でお土産を買って新幹線に乗る。がっつり二度寝をした銀次を横にスマホを持ってしばし悩むソラ。
「……ぎ、銀次に置いて行かれない為だし」
そう言って、形式的なお礼の言葉をメールで送る。愛華が母親のことを強く気にしていることは知っていたし、他者を理解することに勇気がいる自分にとっては積極的に関わりたい相手ではない、だからと言って意地を張っても子供っぽい気がしたのだ。横をみれば口をあけて気持ちよさそうに眠っている銀次がいる。この人に相応しい女性になりたい。
「愛華ちゃんには負けないもん」
男性の前では猫を被る愛華が感情的に話す姿をみたことはない。ソラのことがあったとはいえ銀次は唯一の例外だろう。銀次は否定するが、その可能性を自分が考えてた時点で愛華は逃げ出したい相手から超えるべき壁となった。とにかく絶対にこの場所(銀次の横)は死守!。と愛華が聞いたら全力で否定することを考えるソラなのであった。
新幹線から電車に乗り換えいつもの駅へと戻る。時刻はすっかり昼を回っていた。
「いい時間になっちまったな。どうする?」
「お土産も買ったし、哲也君に渡す次いでに何か作るよ」
「そうすっか、明日からは芸術祭に向けての作品作りだからな」
「うん、楽しみ」
そうして桃井宅へ帰ると、哲也が無表情で出迎えてくれた。
「おかえり」
「ただいまテツ、二日も悪かったな。色々あってよ」
「わかってる」
クルリと後ろを向く哲也。さすが我が弟と頷く銀次。
「……母さんには上手く言っておくから」
「なんか変んな勘違いしてんなお前っ! 中学生がマセてんじゃねぇぞ」
「兄貴には言われたくない」
「あっ、テツ君。これ京都のお土産。多めに買ったから学校の生徒会の人達にもどうぞ」
「助かりますソラ先輩」
「じゃあ、台所借りるね」
慣れた様子で台所へ入り、自分のエプロンを付けるソラ。銀次も手伝おうとしたが留守にしていた間にバイトのメールが来ていたらしく、居間でパソコンを立ち上げて哲也も一緒に勉強をしている。30分ほど経つと徐々に甘じょっぱい香りがしてくる。
「できたよ。おまたせ」
ソラがもってきたのは、夏野菜のあんかけに卵たっぷりのゴーヤチャンプルーだった。
「冷蔵庫にゴーヤがあったからチャンプルーにしたよ。お腹に優しいメニューにしました」
「助かる」
「色々任せてすみません」
ノートパソコンを閉じた銀次が眉間を揉む。
「集中してた」
「ブルーライトカットのメガネとか使えばいいのに……メガネ銀次……いいかも……」
「勝手に買うなよ。眼鏡をかけたことがねぇからな。それにしても腹減った。野菜たっぷりだな」
「安かったから買った。兄貴かソラ先輩なら料理してくれるでしょ」
ソラの分の食材も考えて買っている哲也である。
「野菜の目利きもばっちりだったよ。流石テツ君」
「いい弟を持って幸せだぜ」
「……べつに、普通です」
無表情のまま食べ始める哲也に続いて二人も昼食を食べるのだった。片付けを三人で行い、哲也は自室で勉強の続きをするために引っ込む。銀次とソラは気持ちを切り替えて芸術祭の作品について打ち合わせをする。使っていたCADのソフトで設計図を見ながら予定を詰めていく。
「明日は工場の作業場を借りれるから、そこで溶接していく。ソラは細かな指示を任せた」
「うん、パーツは予備もあるし、実際に組み立てて見せ方とか角度とか見ないとね。溶接の角度とか大事になると思う」
「角度か、支柱に対してどう溶接するかだな。設計だと斜めだな」
「斜めだけど、少し工夫するつもり。ハートの部分が浮かび上がるようにしたいんだよね。折角立体だから色んな角度から見て楽しめるものにしたいんだ。もしできるならパーツを少し曲げてもいいかも」
真剣な表情で設計図を見つめるソラ。すぐにスケッチブックを取り出して下書きをしていく。
「構造自体はシンプルにするべきだな。俺の理想としては崩れそうなのに実際はしっかりと強度を担保しているものにしたい。ソラの設計もそうだったしな」
「泡が浮き上がってハートの形になるから、不安定さってのは表現したいよね。定まらない思いが形になる部分なんだ」
「まずは当初の予定でいけるか確認してからだな」
CADを動かすよりも自分の頭の中でパーツを動かす方が早いソラはどんどんスケッチを増やしていく。
それが現実のパーツと縮尺が変わらないという精度の高さである。ここまで来ると確かに異常なのだろう。楽しそうにスケッチをするソラを見る銀次はクスクスと笑う。
「どしたの?」
「ドレス着てる時よりもずっと楽しそうでなによりだ」
「そりゃそうでしょ。銀次と作品を作っているんだよ? 夏休みの思い出を込めた作品なんだ。ワクワクする。やっぱりボクはドレスよりもツナギの方が好きだね」
「そうだな。うっし、もうちょい話を詰めようぜ」
「やらいでか」
二人は作品について話し合う。しばらくして、部屋から出た哲也が居間に入ると何枚ものスケッチの上に二人は眠っていた。移動の疲れが出たのだろう。
「ガー……」
「むにゃ……」
「……お疲れ様。でも風邪引くよ二人共」
哲也は二人にタオルケットを掛けて、もう一時間眠かせてあげた後に起こしたのだった。
次回は月曜日更新予定です。
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