レストランでの会食
会場から銀次が逃げ出したのを見たレオナは目を細めた。その表情を見た雅臣が問いかける。
「ハニー、なぜあんなことを?」
「ソラが腐らずに本気を出せるなら、こういったことは何度も起きるわ。経験させておくべよ。それにあの子のナイトがどう動くかもしりたかったの。……ダーリンはわかっていたようだけど」
「桃井君には謝っておかないとな。だが、君がそういうとは、どうやらソラのことを見誤っていたのは私だけだったようだ。君はあの子について気づいていたんだね? いつからだい?」
「さぁ? 貴方は優しすぎるのよ。さて、問題は……」
レオナが動かした視線の先には紅いドレスの愛娘が人に囲まれていた。
銀次とソラの退室後、愛華の元へ訪れた参加者達は口々にソラのこと尋ね、愛華は引きつった顔で対応している。
「えぇ、あの子は同じ年ですからいつも一緒にいて……横の男性とも面識はあります。伯父様とも定期的にネットで通話をしていますの。えぇ、四季の家との繋がりはもちろんあると思いますわ」
本人がいなくなったことで、従姉妹だということが広まった愛華にソラへの質問が集まる。それは愛華にとって屈辱極まることであったが、どうすることもできなかった。結局、途中で雅臣が愛華にこの後の食事について伝えるまで愛華はソラについての質問に答え続けた。
一方、用意された自室に戻ったソラと銀次はソファーにへたり込んでいた。ホテルの部屋はちゃんと二人分用意されていたが、銀次から離れたくないソラが銀次の部屋に入っている。
「あぁ、この後はレストランで食事か……こんな食欲の失せることもねぇな」
「うぅ、帰りたい……でも、銀次がいるからがんばる……」
ネクタイを緩めて、上を見上げる銀次とその腕に抱き着いて離れないソラである。ラウンジでのことで多少は回復しているが、会場でのダメージはそれなりに残っているようだ。
「というか、俺、高いレストランでのマナーとか知らないぞ」
「適当でいいよ。どうせ貸し切りだし。また、今度教えるよ。今はこうさせて……」
「……おう、あとひと踏ん張りだぜ」
銀次に抱き着くソラとその頭を撫でる銀次。その温かさを感じながら、ソラは不思議に思う。
前は辛いことがあっても一人で耐えられていたはずなのに、今は銀次がいないことが考えられない。弱くなったと愛華なら笑うだろうか?
「どうなんだろ?」
「何がだ?」
見上げると、シャツのボタンを外した銀次がいる。この角度から見上げると非常に良き……強さとかどうでもいいから、後でこの光景をスケッチに書こうと、己の欲望に忠実なソラなのだった。
しばらくすると内線でレストランに行く時間を告げられる。二人は身だしなみを整えて、レストランへ向かった。
「お待ちしておりました」
ホストと呼ばれる案内人に促されて席にいくと、まだ誰もいないようだった。
ソラの座る椅子を銀次は引こうとしたが、動き出す前にスタッフが椅子を引いていた。
やはり慣れないなと思いながら銀次も引かれた椅子に座る。
「息がつまると思ったが、いい場所だな」
「だね。二人きりならまた来てもいいかもね」
和を意識したレストランのようで、部屋は個室のみのようだ。天井を見ると大きな梁が通っていて存在感がある。明るすぎず暗すぎず柔らかな色合いの照明に、木目の美しいテーブルが調和している。下の華やかなパーティー会場とは違った落ち着いた場所であった。
「失礼します。お待ちの間に食前のお飲み物や水はいかがでしょうか?」
所作の美しいスタッフにそう聞かれる。勝手のわからない銀次がソラを見ると頷く。
「ノンアルコールで何かおすすめはありますか?」
「本日は、季節の赤紫蘇を使ったジュースか冷抹茶がおすすめでございます」
「なら、冷抹茶で。銀次もだよね」
「あぁ」
「かしこまりました」
持ってこられた抹茶を飲みながら待っていると、愛華、レオナ、雅臣がやってくる。
愛華は下で着ていたドレスにカーディガンを羽織っていた。レオナと雅臣の服装は変わっていない。
「美味しそうだね。それは抹茶かい? 私も同じものを頼むよ」
「私は日本酒のカクテルがいいわ。愛華は?」
「……お水をいただきます」
各々が座るとすぐに料理が運ばれていた。下で会食があったからか数品が順番に持ってくるようだ。
白い皿に味付けされた京野菜が少しだけ置かれた(と銀次は形容した)前菜が配られる。
「ここは野菜が美味しいね。そう思わないかい銀次君?」
「そうっすね。歯ざわりがいいっす」
「うふふ、若い男の子には量が足りないでしょう。何か追加でお願いしましょう」
「いえ、これで大丈夫っす」
「……」
「……」
愛華とソラは無言である。やけに距離感の近い雅臣との会話をしている銀次であったが、横のソラの様子と不機嫌な愛華をどうするかと考えを巡らせていた。なんとも言えない雰囲気で進む会食であったが、野菜の後にスープが出てきたタイミングでレオナが頬に手を置いて、口を開いた。
「愛華」
「はい、お母様」
「楽しんでいないようね」
レオナのタイミングに愛華の手に持ったナイフが微かに震える。
「い、いえ、久しぶりのお食事ですから緊張してしまって……」
「そうかしら……ねぇ、貴方は桃井君のことをどう思っているの? 同じクラスなのでしょう?」
愛華はそんなことを伝えたことはなかったが、学校と繋がりのある雅臣がいる以上、知られていることは覚悟していた。
「……あまり話したことはありませんから。ただ、変わった殿方だとは思っています」
「あらあら、貴女がそう言うなんて素敵な方なのね」
「そんなことは言っていません!」
クスクスと笑うレオナと心底嫌そうに否定する愛華。銀次はこれはほほえましい場面なのかどうなのか考えていたが、横を見るとソラが完全に無表情で愛華を見ていた。瞬きすらしていない。
「ハハハ、すまないね銀次君、妻はこう言う話が大好きなのさ」
「銀次は……ボクの恋人ですから」
コミュニケーションが下手な人間特有の、会話の流れをぶったぎるようなタイミングでつぶやくようにそう言うソラにレオナが視線を合わせる。
「えぇ、そうね。信頼できる相手というのは何よりも得難いわ。時として家柄や能力よりも優先できるものよ。ソラは昔からセンスがいいわ」
「お母様……何を言っていますの? この子はセンスがいいだなんて……私の方が昔からずっと優れていましたわ」
「……ソラは絵の活動はどうするつもりなのかしら」
愛華を発言を無視してレオナは会話を続ける。なんとなくだが、これがレオナがここにソラを呼んだ理由だと銀次は思った。
「続けます。今は絵を描くのが好きに成れそうだから。好きなものを描いていこうと思います」
「そう、それは良かったわ。お義兄さんも喜ぶことでしょう」
「そうだとも、愛華も絵を頑張っているし、二人でよりよい関係になればいいだろう」
「……」
「……」
愛華がソラを睨み、ソラもそれを受けて立っている。実際はソラは絵の活動よりも銀次に関することで愛華を睨んでいるのだが、愛華はそれに気づいてはいない。
「時間があれば桃井君とはゆっくり話がしたいものだ。君、経営に興味はないかい?」
「将来的には親の仕事を継ぐつもりなんで、一応そっちの勉強もする予定です」
「それは素晴らしい。よければ援助したいのだが」
「いえ、結構です」
銀次はいつソラが爆発するか気が気でなかったが、会食そのものはその後は当たり障りのない内容で終わった。銀次とソラが部屋へ戻った後、愛華は改めてレオナに呼ばれていた。呼ばれた個室には雅臣はいない。椅子に座ってワインを飲むレオナの前に愛華は立つ。レオナはグラスを置いて愛華に告げた。
「愛華、ソラと競うのは止めなさい。少なくとも、絵で同じ舞台に立つことは控えなさい」
「お母様? ど、どうしてそのようなことを?」
困惑する愛華にレオナは続ける。
「腐っていたあの子なら貴方の手助けにちょうど良いかと思っていたのに、まさか貴方もあの女のように潰そうとするなんて……私達は利用する側の人間であるべきなのよ」
それは愛華がこれまでソラにしてきたことをレオナが知っていると言う事だった。愛華はパニックになりながら詰め寄る。
「私は、ソラより優れています! あの子がいなくなっても問題はありません」
胸に手を当てて愛華がそう言うが、レオナは何を考えているのかわからない、人形のような無表情でため息をついた。
「……ダーリンが立ち直ったソラの才能に気づき始めているわ。もし敵対するつもりだったのならこうなる前に潰し切っておくべきだったわね」
「今からでも遅くありません。あの子よりも私が優れていると証明します!」
愛華が部屋から出た後、レオナはグラスに残っていたワインを飲み干す。
「本当に……センスのない子」
静かにそう呟いたのだった。
次回からイチャラブに戻ります。
更新は月曜日になりますが、もしかしたら追加で更新するかもしれません。
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