注目を浴びるのは
会食が開かれる時間まで銀次とソラは用意された部屋で一緒に待機していた。
「……」
「……」
圧倒的無言。その原因はソラの様子にある。出会った頃の陰鬱な雰囲気とも違う、もっと強い感情を孕んだ表情。銀次の背に冷や汗が流れる。女性の機微などには疎いという自覚はあるが、それでも今のソラが何を感じているのかは、今もつよく引き寄せられている腕の感触からわかる。
「……昨日、最後まですればよかった」
ボソリとソラが呟く。むぎゅうとコアラのように銀次にしがみついて離れない。
「落ちつけソラ。どうした? 四季の奴なんか無視すりゃいいだろ」
一瞬でも愛華が銀次をエスコートする場面を思い浮かべたことでソラの心に【嫉妬】の炎が燃え上がっていた。それは例え本気でなくとも、挑発だとしても、絶っっっっ対に許せないことであった。これまでも銀次が他の女子に言い寄られている(ソラ視点)ことはあったが、その時とは比べ物にならない攻撃的な感情が燃え盛っていた。
「落ち着いているよ。ボクはすこぶる冷静さ。とりあえずキスしよっか?」
男子のような口調でとんでもないことを言っている。
「話の前後が繋がってねぇ! ちょ……んっ」
されるがままに唇を奪われる銀次。顔を離したソラはゾッとするほど妖艶な表情をしていた。昨日とはまた違った女としての表情に圧倒される。
「リップついちゃったね。お化粧しなおさないと……大丈夫、銀次はボクが守るから。誰が相手でも、絶対に許さないから」
目が据わっていた。明らかに怒っているソラにたじたじの銀次である。
「お、おう……」
まさか先程の舌戦の中の一言が原因でソラが暴走しているとは気づかない銀次は、なぜこうなっているか思い当たらない。そして、そのまま会食へと時間は進む。
景観を壊さない様にそれほど階数の多くないこのホテルでは一階が美しい庭園となっており、その景色を見ながらのパーティーになる。ライトアップされた庭園を空調のきいた部屋からガラス越しに見るのはワビサビについて考えさせられる趣向であるが、快適なことは間違いない。
すでに、50人ほどが会場に入り立食をしながら話をしていた。雅臣とレオナは主賓として引っ張りだこで何人もの参加者に囲まれている。
そこに、愛華が入っていく。年齢よりもずっと大人びた化粧と紅のドレス。彼女の美貌があって初めて成立するような鮮烈な格好で会場の視線を集めていた。すぐに人だかりができる。レオナの仕事の関係が多く、外国人も三分の一ほどいるようだ。
「愛華嬢、こんばんわ。素敵なドレスですが、貴方はより美しいですな」
「あら、お上手。先生も素敵な御召し物ですわ」
こういった場は愛華にとってもっとも自信のある場所だった。母親ゆずりの圧倒的な容姿に幼少期から学んできた社交場での立ち振る舞いを使い、年齢を問わず異性を強く惹きつけて魅了する。愛華にとってそれは誰にも負けない自分だけの特権だった。
年配の資産家と話し、他にも顔を売りたい人を探していると不意に自分に向いていた注意が別の方向へ向いているのを感じた。両親かとも思ったが、雅臣とレオナは別の場所にいた。注目の的になっているのは銀次とソラだった。パーティーが始まってやや遅れて入ってきた黒髪二人に会場の外国人が反応したようだ。愛華の視線を追って、会話をしていた男性がソラを見る。
「おや? あれは……見ない子ですな」
「……従姉妹ですわ」
自分に近づくなとは言ったものの、会場の注目を集められるのは面白くない。苛立たし気にソラを睨みつけていると、ソラと視線が合う。
「ッ!?」
パーティーの前に合った時は目線を下に向けていたはずなのに、今は自分を真っすぐに見ている。それも、強い意志を込めて睨みつけてきていた。それは一瞬だが、冷や水を浴びせられたような強烈な体験だった。思わず親指の爪を噛む。
「何よ……」
先に視線を逸らしたのは愛華だった。
「愛華嬢?」
「あ、いえ、何でもありませんわ。何のお話でしたかしら?」
一方、愛華を睨みつけていたソラは愛華が近づいてこないことを確認して安堵のため息をついた。銀次に近づいたら許さないと敵愾心むき出しでメンチを切っていたソラだったが、愛華に恐怖を与えていたという自覚は全くない。
「ソラ、大丈夫か?」
「うん、愛華ちゃんはこっちには近づかないね。他に女子は……」
「……なにを警戒してんだ?」
「銀次が連れていかれない様にしているんだよ」
慣れない場所では銀次の後ろに隠れることの多いソラだったが、今は銀次を守ろうと前に出て周囲を警戒していた。ソラとしては銀次には自分がいるとアピールしているつもりである。
「様子がおかしいと思ってたら、そんなこと気にしてたのか」
なんとなくソラの様子がおかしい理由に気づき始める銀次。キョロキョロと視線を動かすソラの青い雫のような飾りのイヤリングが揺れている。
「俺は離れないから、さっさと四季の両親に挨拶をすませようぜ。その為に来たんだろ?」
「そうだね。早く終わらせて帰ろう。こんな場所にボクの銀次を置いておけないよ」
「……大分誤解しているっぽいから、後でゆっくり話そうぜ」
銀次の腕に指をかけたソラはそのまま会場を進んでいく。青系で統一したシャツドレスにレザーのバックル姿のソラは愛華とは別の魅力を放っていた。濡れ烏の羽のような艶やかな黒髪に大きな瞳、幼いように見えて、体の線はしっかりと女性らしさを主張している。儚げかつ蠱惑的であり、見る者に怜悧ともいえる印象を与えていた。……実際は愛華に対する警戒心から、攻撃的になっているだけなのだが周囲の人間にはそんなことわかるはずがなく「ボクの恋人に手を出すな」というオーラを出している(と本人は思っている)ことがその容姿を際立たせていた。
愛華もソラもその容姿で注目を集めていたが、違ったのは他者に対する態度。
一方は有力者へ積極的に話しかけに行き、一方は連れ合いの腕に手を置いてその他を拒絶している。
どちらが正しいのかといえば愛華が正しいのだろう。だからこそ、この場にそぐわない態度を取っていたソラと一緒にいる銀次に会場の注目が集まる。会場の注目のバランスは徐々に愛華からソラへと移り、その潮目を見越したかのように他の参加者との会話をすませたレオナが雅臣と共に二人に歩み寄る。
「こんばんわ、ソラ。久しぶりね」
「……お久しぶりです。レオナ叔母さん」
二人が挨拶を交わした時には、会場への注目は完全にソラへと集中していた。
今年最後の更新になります。この作品を読んでくださってありがとうございます!
皆様、良いお年をお迎えください。
次回更新は月曜日になると思います。