パーティーの準備
四季家からの招待を受けた翌日。銀次とソラは、早朝の駅で集合していた。銀次はショルダーバックのみの格好だがソラは水着デートでも使ったトランクケースを持参している。
「一応確認だが、こっからどこ行くんだ?」
「……京都。新幹線の予約もすませてあるって」
「マジかよ。言われた通り服とかは持ってきてねぇぞ」
「行きながらなんとかするよ。うぅ、昨日はパーツの吟味をしながら芸術祭に向けて作品を作る予定だったのになぁ。ゴメンね銀次」
急な小旅行の為に、ソラは準備をする羽目になり二人の作業は二日ほど遅れることになってしまった。
四季家の面々と顔を合わせたくない為に負のオーラを纏うソラを見て、銀次はその肩に手を置く。
「気にすんな。嫌なことは二人ですれば負担が減るってもんだ。生徒会の仕事だってそうだったろ? パーツに関しては、バリ取りして溶接できるように下準備をしといたから心配すんな。工場の人達が手伝うってのを必死で止めたんだからな」
「ボク等の作品だもんね。うん、せっかく銀次とのお出かけなんだし、気持ちを切り替えていくよ」
「その意気だ」
そのまま二人は電車に乗り、乗り換えをはさんで新幹線に揺られ数時間かけて京都駅へ向かう。駅弁を食べて爆睡している銀次の横でソラはタブレットを操作していた。到着すると、キョロキョロする銀次を慣れた様子のソラが案内する。
「夏休みってこともあって、人が多いな。この数の外人を見たのは初めてかもしれん」
「京都は初めて? ボクは結構来てるんだ」
「小学校の修学旅行で一回だけ来たことあるぜ。……木刀買って母さんに怒られたっけなぁ」
「あれ、買う人いたんだ……とりあえず八条口のロータリーに迎えが来ているから行こうよ」
「おう、案内は任せた」
ロータリーの前には真っ黒なセダンが停車していた。二人が近づくと運転手が現れて礼をする。
「お待ちしておりました。空様」
落ち着いた雰囲気の壮齢の男性が頭を下げる。
「お久しぶりです。銀次、この人は四季家の専属運転手の草薙さん。草薙さん、こっちは……か、彼氏の桃井君です」
「そういう紹介でいいのか? うっす、桃井 銀次っす」
照れながらソラが銀次を紹介する。人見知りなソラがわりと普通に対応しているので、それなりに顔見知りなのだろうと銀次は推測した。
「奥様より聞いております。どうぞ、お乗りください」
二人が乗り込むと、滑るように車が発進する。車内でソラがパッドを取り出して銀次に見せる。
「ホテルについたら、フォーマルな服に着替えて、ホテル内のホールで開催するパーティーに参加って感じのスケジュールだね。ヘアスタイルに関してはボクがするよ、スーツは新幹線でレンタルを依頼したから届いているはず」
「お、おう」
人が変わったようにテキパキと予定を述べるソラを見て、パチクリと目を丸くする銀次。
「どうしたの?」
「いや、随分手慣れているなって……そういや、四季の付き人してたもんな」
「い、嫌だったりする?」
「凄いって感心してたんだ。俺も負けてらんねぇな。彼氏としてビシっと挨拶するからよ」
ニカっと笑う銀次を見てソラはしばらくもじもじして肩に頭を乗せる。
「……よろしくどうぞ」
「任せとけ」
猫のように頭を擦りつけるソラだったが、ルームミラー越しに草薙と目が合う。なんなら銀次も忘れていたようで、二人は磁石が反発するように離れる。
「……あ、あれ、何の寺だ?」
「アレはネー、 南禅寺カナー」
大きな三門を指さしながら下手くそなごまかしをする二人に対しても、無反応で草薙は車を運転していた。だが、ソラには一瞬だけ、草薙がかすかに笑ったことがわかった。照れくさいので掘り返さないようにする。
銀次も自分のガードが下がりに下がっていることにちょっと反省していた。昨晩のこともあって、ソラとの距離感がバクっているのかもしれない。と、哲也が効いたら無言で首を横に振りそうなことを考えている。こそばゆい空気が車内を満たすが、その運転にはいささかの影響もなく、目的地へ到着した。
「ドレスルームに着替えを用意しているから行こうか」
「せっかくの京都なのに、全然ゆっくりできないぜ……」
移動だけで結構つかれた銀次だが、ソラは慣れているのかケロリとしている様子だった。
「会食は今晩だけだから、ホテルに泊まって明日は観光して帰ろっか」
「そうしたいが、作品のことも気になるんだよな。やることを後回しにするのは性に合わん」
「確かに、じゃあ、新幹線の最終で帰れるように準備しとくよ」
二人はホテルのドレスルームの一つへ入る。事前に用意されていたそこには銀次とソラが切る予定の衣服がすでに準備されている。
「じゃ、銀次は鏡の前に座って」
「……おう」
付き人モードのソラにより、髪の毛のセットからスーツの着付けまでミッチリとされる銀次。その後は部屋の外で待っていると、自身の着替えと化粧を済ませたソラが出てきた。
「お待たせ。うん、やっぱり似合っているよ銀次」
疲れた様子でベンチに座っている銀次の格好は落ち着いた雰囲気のシングルジャケットで、ソラの目測によりサイズも完璧に調整されていた。ソラはボーイッシュな淡い水色のシャツドレスを着ており、腰を大き目のレザーバックルでとめている。露出は少ないのに体のラインにフィットしている為、女性らしさも感じられるようになっている。二人共カジュアルよりの格好であった。
「どうにも首がしまるな。ソラは似合ってるが、俺は本当にこれで大丈夫か?」
「いやいや、銀次の方がずっと似合ってるよ。その年でスーツが似合うのは流石銀次っ!」
「誉め言葉として受け取るよ」
暗にジジ臭いと言われた気がするが、ソラ自身はスーツ姿の銀次を本気で気に入っているようで、目を輝かせている。そうして話す二人に横から声が掛けられた。
「あら、しばらく見ない間にドレスなんて着るようになったのソラ?」
「愛華ちゃん……」
声の主は紅いストレートなドレスにジャケットを着た愛華だった。
「……よう、四季。元気そうだな」
委縮するソラの前に出るように銀次が間に入る。数秒間、二人は視線を交わした。
「……桃井君もお元気そうでなにより」
「そっちも、元気そうだな。葉月はいないのか?」
「京都まで連れてきてないわ。……ふぅん。貴方、意外とスーツが似合うのね」
「ソラが選んでくれたからな」
「エスコートでもしてもらおうかしら?」
「冗談だろ。嫌だね」
「社交辞令も分からないの?」
靴の先から視線を上げるようにして愛華が近づく。必然、上目遣いになっていた。二人の身長は同じ位で、敵意をむき出しにした火花が散るような視線のぶつかりあいだったが、焦った様子でソラが間に入る。
「愛華ちゃん。近いよっ!」
銀次の後ろにいたソラだったが、銀次の腕を引いて自分のものだと言わんばかりに抱き寄せる。
「っとソラ……」
頑張って愛華を睨みつけるソラを見て、反抗された愛華は不機嫌そうに舌打ちをす。
「チッ……仲がいいのね。会食では私に近づかないでね。一緒にされたくないから」
そう言い残し、愛華はその場を立ち去ったのだった。愛華の背中を睨みつける銀次は気づかなかったが、自分の腕を抱き寄せているソラは静かに呟いていた。
「エスコート? ……ボクの銀次に?」
次回更新は一週間ほど先になりそうです。
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