四季家からの招待
※※※※※
銀次とソラが花火デートをしていた同日。偶然にも愛華も着物姿にて、華道の発表会に参加していた。愛華自身の作品が並ぶわけでなく、新進気鋭の華道家達の作品を見るという名目での交流会という側面が強く。国内外問わず、資産家達が集まっていた。愛華はその中でも特に注目を集めている。
「愛華嬢は見るたびに美しくなる。今宵は和装ですか、素晴らしい」
「活躍は聞いていますわ。羨ましい……四季家も安泰ですわね」
「お父様もさぞお喜びで……」
「オォ、これがキモノですか。日本で見れて良かった」
自身に対する賞賛の言葉に笑顔で応じ、愛華は古い屋敷から出て送迎の車に乗る。
クラッチバックからスマホを取り出して、確認をすると澪からのメッセージがあった。どうやら夏休みにある姉妹校との交流会について色々決まったようだ。適当に指示をだして次に、別のメッセージを確認する。
「どのくらいで、ホテルに着くの?」
「あと十分ほどでございます。雅臣様もレオナ様もすでに付いております」
「……十五分で着くようにして、今日の着物のテーマを見直しておくから」
「かしこまりました」
スタイリストからのメッセージを読み直して、どうしてこの柄でこの帯で、この色なのかをもう一度確認する。愛華の母親はかつてはモデルをしており、今は四季家とは別のブランドをいくつか立ち上げている実業家だった。海外育ちでありながら着物にも造詣がある。もし、突っ込まれた場合に返答できるように準備する必要が愛華にはあった。
きっかり十五分後にホテルに到着して、最上階のレストランに行くと個室へ通される。
扉の前で深呼吸。ノックして扉を開けた愛華は完璧な笑顔だった。
「お父様、お母様。お待たせしてすみません」
「あぁ、愛華謝らないでおくれ。私達が勝手に先に来たんだよ。さっ、座って食事にしよう。今日は親子三人でゆっくりできそうだ」
「そうね。私が出れれば良かったんだけど、手伝わせてごめんなさいね」
「いいえ、では皆さんが気を使ってくれたから大丈夫でした」
スーツとドレス姿の両親が愛華を温かく迎える。雅臣は落ち着いた色合いのスーツでありレオナはスマートカジュアルを意識したワンピースを着ていた。発表会やその場での資産家達とのやり取りの話を話しながら食事をする。いつかの会話の後、レオナが愛華と同じ碧眼を向けながら口を開く。
「そういえば愛華。今日の着物はソラが選んだの?」
愛華の持つ、ノンアルコールのスパークリングワインの表面が微かに震えるも、その表情は愛らしい笑顔のままだった。
「いいえ、今日はスタイリストに依頼しましたの」
「そう……私の娘はドレスも着物も似合っていて素敵だわ。……それで、ソラはどうしたの? 最近、屋敷にも来ていないようだけど?」
猫のような碧眼の釣り目が細められる。
「ソラは私の付き人を辞めたがっていましたから、距離を置いています」
「知っていたのダーリン?」
「あぁ、愛華から聞いてね。ソラは今、自らの道を模索している。素晴らしいことだ。男装もやめて、レディとして成長している」
「お母様、それにお父様も折角久しぶりに三人が揃ったのですから、今はあの子のことは話さなくても良いと思いますわ」
被せるように愛華はそう言ったが、レオナは口元に指をあって少し思案する。
「……そうね。ごめんなさい愛華。でもわかってほしいの、ソラは私にとっては可愛い姪だわ。お義兄さんとは仕事で顔を合わせるし、あの子のことも知っておかないといけないでしょう?」
「そうだとも。ソラも大事な家族だ。それはそうと、兄に合ったのかいハニー?」
「えぇ、と言ってもフランスで一瞬だけですけどね。相変わらず忙しそうにしていたわよ。今度一緒にビジュアルアートを作る予定なの」
「こっちにも連絡をするように伝えてくれ。まったく、少しはソラに会いに日本へ戻ればいいのに……おっと、すまないね愛華」
「いいえ、もちろん私にとっても大事な従姉妹ですから」
話はいちど仕切り直し、その後はソラの話題はなかった。食事が終わると愛華は退席を申し出る。
「すみませんお父様、お母様、発表会で疲れてしまって……」
「当然よ。ゆっくり休みなさい、疲れは弱みになってしまうわ。でも、最後に少しだけ話があるわ。ごめんなさいダーリン」
「女性の話に割り込むわけにはいかないな。待っているよ」
扉を出た所で、レオナが愛華の頬を撫でる。
「お母様?」
「学校での成績を聞いたわ。随分落ちてしまったようね」
愛華の血の気が引く。しかし、レオナは愛華に軽くハグをした。
「気にする必要はないわ。そのことを伝えたかったの、それは弱みにならないわ。成績を上げる必要は無いからその順位を維持しなさい」
「わ、私はやれます。今回は予定が重なってしまっただけで……」
「愛華」
「……」
冷たい声音に愛華が肩を震わせる。
「聞きなさい。成績はこれ以上下がらなければいいわ。……お休みなさい。髪の手入れは大事にね」
「……はい、お母様」
愛華を見送り、部屋に戻ったレオナは雅臣の横に座りワインを受け取る。
「愛華が今日使ったスタイリストは、二度と依頼しないようにした方がいいわね。華道の発表だから着物の色を抑えようとしていたようだけど。あの子自身の髪色との配色にセンスが無いわ」
「すぐに手配するとしよう」
「それにしても……ひどいわダーリン、私だけ仲間外れなのかしら」
「何のことだいハニー? 私が君をないがしろにしたことなんて一度も無いよ」
「ソラのことよ。学年一位になったのよね」
「あぁ、驚いたよ」
「ええ、驚いたわ。……あの子に好きな男ができるなんて。愛華も貴方も知っているんでしょ? 教えて欲しいわ」
レオナの言葉に雅臣はため息をつく。
「君には隠し事はできないな。どうやって気づいた?」
「勘よ。母親のせいで自分の才能を恐れて、力を表すことを恐れて潰れたかと思っていたのに立ち直った……あの年頃の女の子が劇的に変わるとしたらその理由は一つ、恋よ。それ以外にないわ。ソラが選んだのはどんな男なの?」
「眩しいほどに真っすぐな少年さ。それでいてあの年齢にしては多くの物が見えている。まだ粗削りだが、然るべき環境を与えれば成長するだろう。ソラの才能に耐えうるかはまだわからないが、私は見どころがあると評価している」
「ダーリンが男を褒めるなんて見込みがあるのね。ねぇ……頼みがあるのだけど?」
顔を寄せたレオナが雅臣にキスをして、耳に口を寄せて何かを呟いた。
「全く……愛華にその表情は見せられないな。悪い女だ。……愛しているよハニー」
「私もよ。ダーリン」
※※※※※
一晩を過ごした(行為はしていない)銀次とソラ。二人で準備した朝ごはんを食べようとすると、ソラのスマホが鳴る。それを確認したソラは心底嫌そうな顔をする。
「どうしたんだ? また四季からか?」
「ある意味そうだよ。愛華ちゃんからじゃなくて叔母さんから。今、日本に帰ってきているから、挨拶したい人が集まる会食に来いって……あの人押しが強くて苦手なんだよね。何考えているかわかりづらいし……お父さんも苦手だって言ってたっけ……」
「四季のお袋さんか、そりゃ我が強そうだ。嫌なら断ればいんじゃねぇのか?」
「そうしたいのはやまやまだけど、ここで断ったらもっと面倒なことになると思う。芸術祭のこともあるからさっさと顔だけ見せて終わらせるよ。愛華ちゃんだって、ボクと会いたくないだろうしね。メッセージ送信っと、さっ、朝ごはん食べようよ」
「パーツも今日届く予定だしな。忙しくなるぜ」
二人で準備した和食の朝ごはんに手を付けようとするとまたソラのスマホが鳴る。
「ゲッ!」
女子が発するにはあまりよくない声があがる。
「どうした?」
「銀次も絶対につれてくるようだって……」
「……は? 俺も?」
二人で顔を見合わせるのだった。
次回は月曜日更新です!
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