お泊りの夜
風呂から上がった銀次と入れ違いでソラが浴室に入る。居間に戻ると、冷えた麦茶が用意されていた。冷房も効いておりすごしやすい温度だ。
どこに隠したのか、浴衣を吊るしたラックも消えている。背中を洗ってもらった感覚を思い出して少し無図痒くなりながらも、麦茶を飲み干してソファーに座る。
「ふぅ……」
なんとなく、テレビを付けてサブスクを確認する。
一方、ソラはしっかりと念入りに体を洗った後に熱めの湯にしっかりと使っていた。
「ちょ、ちょっと、やりすぎたかな……」
銀次が使っていたお湯ということで、いつもよりなんとなく長く浸かりたいソラである。
別に今日、どうにかなろうとまでは思っていないが銀次はモテる(とソラは思っている)ので、早いうちに次のステップに進みたい。なんならどうにかなっても全然いい。
「色々勉強したし……」
電子書籍にてスズのおすすめの恋愛漫画を読んでみると、同年代でもかなり進んだ恋愛模様が描かれている。銀次は自分を大事にしてくれると感じているけど、もう少し踏み込んでも……。ちなみに、何があってもいいように準備はしているソラである。
ブクブクブク……。
湯の中で息を出す。漫画では初恋は実らないというのが世の通説とあった。
そんなことは嫌だった。銀次以外の人を好きになることはないと言い切れる。この気持ちを誰かに……愛華に笑われても、それでも胸を張って強く言い切れる。『私』は銀次と一緒にいるのだと。
初恋は実らないのは世の通説だ。所詮は世間で言われているだけだ。ボク達はきっとそうはならない。その為に努力することすら楽しい。
焦燥と怯懦もある、でもそれ以上に銀次といると心が温かくなって未来が楽しみになる。
「せっかくのお泊りなんだし、いっぱい甘えて……甘えてもらおう」
気持ちの整理をつけて、ソラは立ち上がった。
銀次がテレビを眺めていると、扉が開く音がして振り返るとTシャツと短パン姿のソラが入って来た。
かなり無防備な格好と言ってもいいだろう。髪はまだやや湿っているようだ。
「長湯しちゃった。待たせちゃってごめん」
「いや、ちょうどよかった。見たい映画を探してたんだ。のど渇いたろ、お茶入れてやる」
「うん、それと……髪を乾かしてくれる?」
「あん?」
桃井宅で使われているものよりもかなり高級そうなドライヤーが渡される。麦茶を飲み干したソラが銀次にしなだれかかる。同じシャンプーの匂いがした。
「……女子の髪の乾かし方なんて知らねぇぞ」
「別に難しい事ないよ。ボクは短い方だし。ほら、教えるから」
「わかったよ」
軽い気持ちで了解したが、自分の腕の中にすっぽりと納まるソラを見下ろすとやや大きめのTシャツの胸元が嫌でも目に入る。
普段はあまり意識しないが、ソラはいがいとある。わかっているのかいないのかソラは銀次を見上げる。
「トリートメントは着けているから、少し離して強風で乾かしてくれればいいよ」
「わかった。ダメなとこあったら言ってくれよ」
ソファーの前にソラを移動させ、少し離したドライヤーで風を送る。
「おぉ、これいいね。……銀次にならちょっとくらい乱暴されても大丈夫だよ」
「分かって言ってるよな!! あと、胸元閉じろっ! 下着見えんぞ」
「なんのことかなぁ~、わわっ」
誤魔化すソラの髪を望み通りやや乱暴に撫でる銀次。なんやかんやあって、最後に冷風に切り替えて髪を整える。トリートメントを付けているとは言ったものの、ベタべタするこち感じはなくサラサラと良い手触りだった。
「……髪、手入れしてんだな」
「うん、前は最低限って感じだったけど最近はちゃんとしてるよ。銀次がいつ頭を撫でてくれてもいいようにしてます」
「そうか」
今や誰が見ても可愛い女子であるソラだが銀次の知らない所でしっかり努力していたのだろう、自分の為にそうしてくれていることは間違いなく、無性にソラを抱きしめたくなる。
ドライヤーの電源を切って銀次が優しく撫でると、ソラは猫のように目を細めた。
「気持ちよかった。今度から乾かすのは銀次にやってもらおうかな。逆に、銀次はボクがするよ」
「もう次の話かよ」
「当然。さて、映画選んでたんだよね。何見る?」
「候補はあるんだが、邦画と洋画で全然違うよな」
ソファーに座り直したソラと並んで画面を見る。
「気分的には洋画かな。馬鹿馬鹿しいのがいいや」
「おっ、同感だ」
「こういう映画の特殊メイクとかどうやってるのか想像するのが好きなんだよね」
「変な楽しみ方してんな」
銀次も銀次で緊張をしていたはずなのに、いつも通りのテンションに戻っていた。
いや、ソラのことは意識しているが、どうせソラにはバレバレなのだ。それなら、楽しんでしまえという心持ちである。部屋を少し暗くしてタコの足が生えたサメ映画を見始める。
「ホラーじゃないなこれ……なんでサメが陸で呼吸できてるんだ?」
「あはは、でも面白いよ」
ソラは銀次に体重を預けてべったりと引っ付いている。映画を見終わった後は、複数のミニゲームが収録されているテレビゲームをし始め、すっかり深夜となる。銀次が大きな欠伸をした。
「ふぁ……眠いな」
「じゃ、寝よっか。お布団持って来るね」
「一応言っておくが……」
一緒の布団は無しだぞと言おうとする銀次の口をソラが人差し指で止める。
「ちゃんと二組持って来るから。でも手を繋いで欲しいんだ」
「お、おう」
机をどかして居間に布団を並べる。敷布団とタオルケットのみだった。
灯りを消して手をつなぐ。眠たいと言ったが、こんな状況ではすぐに眠れるものでもない。
しばらくするとポツリとソラが銀次に呟く。
「ね、起きてる?」
「あぁ」
「こっち向いてよ」
銀次が横を向くと、ソラの顔がすぐそばに合った。手を解いてソラが銀次の頬を掌で挟む。
「好きだよ銀次」
「俺も好きだぜ」
「うん、知ってる」
こそばゆくてクスクスと笑い合う。
「ぶっちゃけ、このまま襲おうか本気で考えた。でも今日はそういうのしないって言ったもんね」
少し真剣な表情でソラがそう言う。ヘーゼルアイが揺れていた。
「……ソラ、俺は男としてちゃんと責任が取れるようになりんたいんだ。今は俺はまだ子供だし、自分のことすらままなりゃしない」
「知ってるよ。でも、ボクはもっと銀次とくっつきたいし、キスしたいし……エッチなことも考えてる」
「ソラ……」
「言っとくけど、め、めっちゃ恥ずかしいからね。今、人生で一番恥ずかしいかも」
顔が真っ赤だった。銀次はソラの頬を挟み返しておでこをくっつける。
「サンキュな。なんつーか、そんなこと自分が言われるようになるとは思わなかった。俺も、そういうこと考えることもある。というか、今日はずっと意識してた」
ソラが顔を上げる。
「じゃ、じゃあ、その……次に来た時……する?」
「次かよ。いや、せめて進路が決まってからでダメか?」
「……ヘタレ」
「……すまん」
プクーと膨れるソラ。そのまま銀次に強く抱き着く。
「いいもん、銀次から手を出してもらえるようにするだけだもん」
「実際ギリギリだからな」
「徐々にステップアップしていくとかありかも。じゃあまずは……これ、揉む?」
「!!!!!ッッッッ」
銀次の手を胸元に誘導するソラ。下着ごしの感触の先に確かに柔らかな何かが形を変える。
ステップアップといいながらロケットスタートさせられている気になる銀次である。
「おぉ、本当に効果あるんだ……」
誘惑に葛藤する銀次を見て挑発的な笑みを浮かべるソラ。銀次がばっと手を引いて、逆側を向く。普段は頼りがいのある彼氏の意外な姿にソラは自分の中でおかしな扉が開く気がした。
「じっくり行くのもありだね。うん、銀次が可愛い」
「この野郎……」
やられっぱなしなのは癪だが、ここで反撃をしようものならそのままカウンターを喰らうことが目に見えている。そんな銀次の腕を取って自分の方を向かせて抱きしめるソラ。結局二組用意した布団は意味をなしていない。
「今日はこの辺で勘弁してあげる。でも、そんなに待てないからね」
「わかってるよ」
「それならいいよ。おやすみ銀次」
「……お休みソラ」
と言ったものの、全く眠れる気のしない銀次なのだった。ちなみにソラはそれはもう幸せそうに涎を垂らしながらすぐに眠りについていた。
次回は月曜日更新予定です。
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