守るべきもの
次回は月曜日更新予定です。
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花火は一発ずつ、夏の夜を彩っていく。20分ほどの打ち上げの間、ソラは遠慮がちに銀次の肩に持たれていた。花火の灯りに照らされた横顔を見ようとソラが銀次を見ると、銀次もソラを見ていた。
「花火見ろよ」
「銀次こそっ。アハハハ」
「ハハッ、まっ、似た者同士ってわけだ」
どうせ花火の音でかき消されると二人は声を上げて笑った。最後の一発が打ち終わると銀次は大きく伸びをした。
「うっし、食い直すか」
「帯がキツイので、家に帰って着替えて食べたい」
「バッカ、家で食べるとおいしさ半分だぞ」
「それもそうか。ね、家で何する? 映画見る?」
「いいじゃねぇか。ホラー映画でも見るか?」
「おぉ、定番だね」
そんな会話をしながら、屋台が並ぶ神社前に戻る。花火を見終わった客が戻ってきている人の流れに乗りながら、もう一週屋台を見て回る。結局、銀次は焼きそばと焼き鳥を食べた後にかき氷まで食べたのだった。最初と違い、二週目は何度かソラが声を掛けられたが、銀次を見ると相手は引き下がる。二週目を回り終えたら、バスに乗ってソラの宅を目指す。バスの中で銀次は哲也に帰らないことを告げた。
『銀次:今日は、帰らないから。戸締りよろしく』
『哲也:了解』
簡潔なやり取りだった。こういう時に、余計なことを聞かないのができる弟たる所以である。
最寄りのバス停に着くと、祭りの感想を言いながら家に戻る。二人で玄関を抜け二階へ行き靴を脱ぐと部屋に入った。
「あ˝あ~」
汚い声を出しながらソラが帯を解いた。しかも、その後もするすると浴衣を脱ぎ始める。
「おおい!」
「あっ! ご、ごめん。いつも帰ったら服脱いでたから」
実は自宅では下着で過ごすことの多いソラである。
「ったく。一応言っとくけど、俺も男だからな」
「え? わかってるよ。バッチこい!」
肩まで脱いだ所で、顔を真っ赤にしながら振りかえるソラ。
「……帰るぞ」
「冗談だってば。上で着替えてくるね。あっ、銀次の部屋着もあるから待ってて」
バタバタと足音を響かせて上に行くソラ。
「ったく……」
ため息をついた銀次は台所に言って自分のコップに冷えたお茶を注ぐ。今しがたのやり取りについて実はめっちゃ動揺していた。そもそも、浴衣がクリティカルヒットでずっと意識していた。相手が冗談だったり、距離感を計っての発言だったら軽口の一つも返せるが、ソラの場合は本気と書いてガチである。銀次がOKと言った瞬間、ソラは文字通り最後まで行く。なんならゴールテープをぶっちぎって想像できない場所まで行くだろう。無論銀次も年頃の男子である。そういった行為が嫌であるわけがないし、なんなら人並みに興味もあるが、どこかで線引きしなければ爛れた生活まっしぐらだという予想がありありと浮かんでいた。『尽くしたがり』もそうであるが、油断すれば本当にソラは全てやる。これは比喩でもなんでもなく銀次が受け入れれば、ソラは銀次の生活の全てを世話しようとするであろう。自分が愛した少女は世間の考えをはるかに飛び越える相手なのだ。
「俺が責任とれるまでは、抑えとかないとな。まっ、流石に今日は大丈夫だろ」
根が真面目な銀次としては、ソラとの関係に責任が取れるまでは……せめて自分の進路がしっかりと決まってから『こと』に及びたかったのだが、正直な所、日に日に異性として魅力的になっていくソラ相手に理性にヒビが入っているのをヒシヒシと感じていた。お茶をもう一杯注いで飲み干す。煩悩が流れ落ちればよいのだが、そんな猶予を与えることもなく足音が聞こえてきた。
「お待たせ~。こんなこともあろうかと、銀次の部屋着からお布団も準備してたんだ。歯磨きセットもあるし、ボディタオルもあるよ。あっ、スポンジ派だったりする?」
Tシャツに前をあけたパーカーに短パンという姿でソラが現れた。髪型もいつものショートヘアであり、浴衣姿よりは幾分幼く見える。手には銀次の着替えを持っていた。
「そういう所だからな!」
あまりに準備万端なソラに思わずツッコム。
「足りないものがあった?」
「無いことに驚いてるんだよ」
いったいつから準備をしていたのかと、冷や汗をかく銀次。
「準備は大事だからね。お風呂の準備するね。汗かいたでしょ」
「家主から先でいいぞ」
「浴衣を洗う準備をしたり、色々することがあるから銀次からの方が時間の節約なんだ」
そう言って、風呂の準備をし始めるソラ。せめて何か手伝えることはないかと銀次の為に準備されていたラックに掛けられていた大量の浴衣を整理する銀次である。そうしているうちに風呂の支度が整ったと浴室へ送り出される銀次。ここで譲り合っても勝ち目が無いと風呂の扉を開ける。
「……広いな」
単純に桃井宅の浴槽の倍ほどの広さの浴槽に湯が張られていた。そしてなんかいい匂いがする。湯に手を浸すと肌がつるりとしていた。どうやらバスオイルが入っているようだ。ちなみに銀次は人生初のバスオイルである。浴室ではソラが浴衣を畳み、洗濯をしているようだ。
「湯加減はどう?」
扉越しに聞いて来た。考えない様にしているが、ここで普段ソラが体を洗っているという事実が思い出され、銀次は大いにうろたえる。
「お、おう。なんか湯が良い匂いしてビビったぜ」
「愛華ちゃんも認めたバスオイルだからね。ボクは肌が強くないからバスソルトよりはそっちのがお気に入りなんだ。後でゆっくり浸かってね」
「あぁ、それと……どれがシャンプーでどれがボディソープだ?」
英語ですらない言語のシールが張られた高級そうなボトルを見て途方にくれる。
「あぁ、それなら。これから教えようと思ってたんだ」
扉が開く。パーカーを脱いだソラが覚悟を決めた表情で立っていた。
「うぉおおおおい!!」
「お背中、お流しします」
ソラがやる気十分で入室してきた。用意されていたボディタオルで股間を隠す銀次。
「するかどうか迷ったけど、迷ったなら進めって老師が言っていたから!」
「誰だよ老師!」
誰だか知らないが、いつか会ったらぶっ飛ばしてやる。
「……大丈夫だよ銀次。ボクは心から清らかな気持ちで背中を流してあげたいだけなんだ。下心はないよ、ハァハァ」
「息が荒いぞ。お、落ち着けソラ。逆ならどうだ? もし、俺がお前の背中流しに浴室に入ったらヤバイだろ? 今、お前がしているのはそう言う事だぞ?」
「……え? そ、それは恥ずかしいけど。銀次だったら大丈夫……だって銀次はボクのことが好きでしょ。そしてボクは銀次のことを世界で一番愛していて……実際にお付き合いしているから……何の問題もないよね?」
「強いな!」
「恋愛に関しては後退のネジを外しているから」
「どっかの空手家みたいなこと言ってやがる!」
「背中を流すだけだから。こういうの漫画で見て、憧れてたんだよね」
「……本当にそれ以外はしないな?」
「しないしない」
「なら頼む」
「やった」
銀次、折れる。そして、ニッコニコのソラによって背中を優しく洗われたのだった。
その後、満足したソラが外に出て、湯に浸かった銀次は大きなため息をつく。
「……ダメかもしれん」
漢、桃井 銀次。今宵、己の貞操を守れる気がしなかった。