たすき掛け
吊られた提灯と豆電球。紫色の夕暮れから黒く染まっていく時間帯。暗いからこそ祭りの舞台は輝いて見えた。ソラは銀次の手をギュっと握る。
「ソラ?」
「……ちょっと、緊張がぶり返したかも」
今までは少し離れた場所から眺めるような光景だったから少し不安になる。そんなソラを見て、銀次はニカっと笑って巾着袋(ソラが準備した)から券を取り出す。
「岩崎社長から祭りのタダ券貰ってんだ。さっさと行こうぜ」
「うわわ、まだ、心の準備が」
「そんなもん、しなくてもいいって。ほれ、フライドポテト」
「早ッ! いつの間に買ったのさ」
近場の屋台から買ったカップに入ったフニャフニャのポテト差し出される。ソラは握っていない方の手で摘まんで口に入れて、舌をペロリと出した。
「……しょっぱい」
「そうもんだっつーの。じゃ、俺も……どうやって食べりゃいいんだ?」
カップを持った逆の手はソラに握られている。解こうとしたが、ソラは離してくれない。
「こうに決まってるでしょ。あーん」
ソラがポテトを摘まんで差し出す。銀次はノータイムで口に入れて飲み込んだ。
「しょっぺぇ!」
「アハハ、ありがと銀次。慣れないことは楽しまなくっちゃね」
「その通りだ。ポテト、もう一つくれよ」
「歩きながらだと危ないよ。カップ、持ったげる」
それからはお互いに食べさせ合ったりなどして、ポテトを平らげ。フランクフルト、焼きとおもろこし、たこ焼きなどを主に銀次が平らげる。流石に途中でなんどか手を解くこともあったが移動中は繋いでいた。進んでいくと屋台は河川敷の小さな神社で折り返しになっているようだ。食が細いソラは銀次が食べているものを分けてもらったり、量の少ないものをちびちびと食べていたがそれでも結構お腹いっぱいなようだ。
「こっち側はクジに金魚すくい。射的や型抜きと縁日遊びで固まってるね」
「ん、順路通りに進んだが、腹もこなれたところで遊ばせるって感じか。まだ花火まで時間もあるし、なんかやっていこうぜ」
はしまきを一気に食べた銀次が提案すると、その口元をソラがハンカチで拭く。
「ソースついてるよ。……綺麗になった。実はこういうのずっと昔にやったきりなんだよね。10年ぶりくらい? 着物の時は基本的に何かのパーティーやお茶会とかだったからね」
「マジかっ! 浴衣の着つけできるってのに意外だな」
「んー。一番近い記憶で海外のお祭りでボールでの的当てとかはやったことあるかも。悪魔が描かれた木の板に当てるやつ」
「知らねぇ……なんだそのメッセージ性の強い縁日遊びは……」
「なので日本のお祭りはわりと新鮮かも」
「へぇ、じゃあ勝負すれば毎年遊んでいる俺の勝ちだな」
「むむ、言ったね。こういうのはボク、得意なんだからね。っと、遊ぶならこのままだと袖が邪魔だよね……ちょっと待ってて」
神社の折り返し前でソラが黒い腰ひもを取り出し、折った懐紙を口に当ててその上から腰ひもを咥える。そのまま器用にたすき掛けをしてのけた。袖が捲れて白く細い腕が露出する。懐紙を咥えたのはリップが腰ひもに移らないにする為だと少し遅れて銀次は気づいた。絵になる姿であり、ソラを遠目に見ていた通行人も見惚れてため息をついていた。
「かっこいいな」
「ん? 何が?」
銀次の感想に振り返る仕草も含めて、しっかりとその道の教育を受けていることがわかる品の良い美しい所作だった。
「銀次もしてあげるよ。後ろ向いて」
言われるがままに後ろを向くと、あっとう間にたすき掛けをされる。
「これでよしっ。おぉ、たすき掛け姿の銀次もかっこいいいよ! くっ、ボクは大変なものを生み出してしまったかもしれない!」
「いや、こっちの台詞だからなっ! お前……本当に、お前って奴は……」
頭を抱える銀次。恐らくはそれなりに努力して、女性らしい着こなしを身に着けていたのに。浴衣どころか化粧にすら憧れるほどに女性らしさから距離を置かざるを得なかった。そのことも含めて今のソラに伝えたいことがあったが、自分で祭りテンションにソラを誘導した手前、素直に言える雰囲気でもない。
「どうしたの銀次? 変な顔をして」
たすき掛けをする所作に見惚れていたとは言えない銀次は顔をパンと叩く。
「勝負だソラ。負けたら罰ゲームな」
「いいね。やらいでかっ」
とりあえず勝負を楽しむ方向へ気持ちをシフトしたのだった。
次回は月曜日更新予定です。余裕があれば、間に更新するかもしれません。
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