パーティー前日①
時は金曜日の深夜に遡る。一週間の成果を確認した後、二人乗りをしながら話題は明日のパーティーになった。
「金持ちのパーティーってのは想像できねぇな」
「つまんないよ。というかボクは付き人だし、基本的に愛華ちゃんに呼ばれるまで控室で他の使用人達と待機だし」
慣れた様子で足置きを使って立ち上がり、銀次の肩越しに風を浴びるソラ。自分の自転車もあるのだが二人乗りが気に入ったらしい。銀次もおやつを食べさせてもらっているので駄賃と思って受け入れている。
「学校みたいに後ろについていくってのは無いのか?」
「場合によるかな。あっ、しまった。愛華ちゃんに頼まれた絵を梱包しないと。間に合うかなぁ」
「絵? 愛華の代わりに書いてるやつか?」
「そそ、愛華ちゃんの依頼で海の絵を描いたわけ。明日会場に飾るんだってさ」
「なぁ、四季って本当に絵が描けるのか? お前が全部描いているんだろ?」
「違うよ。たまーに愛華ちゃんも描くからね。ボクはそれを見て、筆遣いとか配色の癖を把握して真似して描いてるわけ」
あのアイドルちゃんと絵は描けるのか。ソラの助けがあるとはいえ、やはりそれなりにやることはやっているのだろう。それにしてもと銀次は嘆息する。カラスミのことといい、人の癖や好みを把握する能力に長けているのは絵描きの観察力だろうか。その分析力を自身に向けられないものだろうか。
「……そうか」
「どしたのさ?」
横から銀次の表情を覗き込もうとするソラを危ないからと手で払う銀次。
「そう考えれば、ソラが自分の絵として描いたものはあのバイクと猫の絵しかないな」
「……そうだね。ボクの絵を誰かが見てくれたのは二年ぶりくらいかな? 褒められたのは……小さなころにお父さんに褒められたくらいかな」
「未完成だったけどな」
「フッフッフ、実は完成してるんだよ。銀次がお仕事を手伝ってくれたおかげで時間ができたからね」
「へぇ、破れた状態しか知らねぇから興味があるな」
そのタイミングでソラの家に着く。いつもなら、ここで分かれるところだがソラはモジモジと何か言いたげに銀次を見ている。こういう仕草をしている時は察するべきだと銀次は学んでいた。
「見せてくれよ」
「うん……でも、ここ暗いしなぁ……学校へ持っていってまた愛華ちゃんに見つかっても嫌だし。……銀次、時間ある?」
「ん? まぁ、今日は晩飯当番は哲也だしな。まだ一時間くらいは平気だ」
「じゃあ10……いや15分待ってて」
そう言ってバタバタと家に入るソラ、コンクリ造りの家の中から音は聞こえてこないが、何となくバタバタしてんだろうなってのはわかった。結局20分ほど待たされて汗だくのソラが玄関から出てきた。
「一階の作業場になら入っていいよ。二階はダメだからね」
「あん? いいのか?」
「銀次ならいいよ。特別だからね」
案内されるままに家に入ると、美術室の匂いがした。木クズと油、ケミカルな絵の具独特な香りが混ざっている。ゴミ袋いっぱいのブラシに使い方も分からないような画材道具。そして積み上げらたスケッチブックとキャンパス。奥には絵の保存用の部屋もあるようだ。
「すげぇな。プロの部屋みたいだ」
「ふ、普段はもうちょっと片付けてるから。今日はちょっと調子が悪いだけだから」
明らかに嘘である。パチパチと複数のスイッチを入れて部屋の明度を調整し、簡素な額に入れられた一枚の絵を銀次に差し出した。
「ど、どうぞ」
ライトに照らされたのは一枚の水彩画だった。ブロック塀の前に駐車された黄色のボディのバイクの上に猫がまどろんでいる。背景や猫の大きさと比較するにとても小さいバイクのようだ。線の一本一本に意味が込められているように銀次は感じた。
「かっけぇな。色んなことがわかる」
情報を整理するのに疲れるほどだ。
「どんなことがわかるの?」
「まず、時間だな。日差しの角度的に朝の7時とかだろ? 通学の時に見たのか? 風は左から右だ。少し斜めに少しだけ吹いている。猫は熟睡、バイクを停めて少し時間が経っている。ソラはこれを屈んで観察してんな。ハハ、エンジン周りを見てたんだろ……俺も好きだぜ、こういう肩肘を張らないバイクはいいよな」
「……モンキー125だよ。うん、こういうの好き? って問いかけたんだ。答えてくれてありがとう」
「いいってことよ。……そうかお前、絵の中なら良く喋るんだな。確かに、これがソラの絵だ」
「……銀次にはよく喋っていると思うけど」
鼻の頭を染めた照れ隠しの一言。確かに、ソラは銀次にはよく喋るようになった。
でも、心の動きを感じたのはこの絵を見た時が一番だと銀次は思うのだった。
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ジャンル違いではありますが、ハイファンタジーでも連載しております。
作者は面白いものを書いていると本気で信じています。下記にリンクを張っていますので、もしよろしければ読んでいただけたら嬉しいです。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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