夏祭りの始まり
ソラの家から近い位置のバス亭に行き、バスを待つ。時間は夕暮れ、錆びたバス停で待つ二人。
「少し歩いたけど、足は大丈夫か?」
「平気、その為にわざわざサンダルにしたからね」
ソラが浴衣の裾を捲る。淡い桃色のサンダルに和柄が描かれている。確かにこれなら下駄より歩きやすそうだ。
白く小さな素足に何か見てはいけないものを見た気になって目を逸らす。
「そっちこそ、一応下駄を用意したけどそれで良かったの?」
銀次が履いているのはいかにもといった木製の下駄だ。
「問題ないぜ。むしろ歩きやすい位だ。涼しいし、自転車に乗らないならこっちのがいいかもな」
緊張を悟られない様にややおどけた調子で返す。
「なるほど……焼き桐の下駄とか良さそう……」
「勝手に買うなよ」
釘を刺す銀次に目を逸らすソラ。
「え、絵の資料とかだから。領収書切るから」
「嘘つけ、っとバスが来たぞ」
河沿いを走るバスが到着する。中に乗るとすでに浴衣姿の人がいるようだ。問題なく座り窓側にソラを座らせ通路側に銀次が座る。銀次が右を見ると、ソラと目が合った。
「エヘヘ、目が合ったね。銀次、やっぱり浴衣似合ってるよ。」
「……」→顔を抑える銀次。
片耳ショートで化粧をした彼女の破壊力に早々に撃沈される。浴衣に化粧でここまで印象がかわるのか、普段は体のラインが見えないくい少しダボッとした服を好むソラだからこそ、浴衣姿になった時の印象に頭が混乱しそうになる。むしろ、普段が慣れてしまっているだけで俺の彼女ってめちゃくちゃ可愛いのではと、思考がグルグルする。
「ソラも似合ってるぞ。というか似合すぎだ」
「……ホント?」
「嘘なわけないだろ」
肩に頭を乗せて、手を握って来るソラ。
「愛華ちゃんの和装とかも手伝ってたことがあるんだ。ボクは目立たない服や男装をして、でも実はやっぱり可愛い服に憧れてたりして……お化粧も、自分のことをするなんて思わなくて……ねぇ、銀次どうしよう?」
「ソラ?」
鏡の前で紅を引いた。美しい従姉妹に化粧をした時の何倍も緊張した。姿鏡の前でなんども浴衣と帯を確認した。好きな人の為に、服を選ぶことは何度やっても恥ずかしくて、こそばゆい。
「幸せ過ぎて、どうにかなっちゃいそうなんだ」
せっかくお化粧したのに、涙が出そうになる。
「いいんじゃないか? 実際、俺も現実感が無くてフワフワしている。浮かれてんだろな」
ニギニギと指を絡ませる銀次。男装を強要されていたソラにとって浴衣姿が特別であろうことはわかる。だからこそ、自分には何ができるだろうか? 考えても答えなんてわからない。
「浮かれてるんだ」
「あぁ、可愛い彼女との浴衣デートだ。カッコ悪いけどな、めっちゃ緊張してる。手汗とか大丈夫か?」
「うん、ボクも手汗掻いてると思う。でもこれでいいでしょ?」
「だな」
そこから二人は無言でバスに揺られる。手は解かれることはない。
徐々にバスに乗る人が増える。そして、河川敷につく。バスを降りるとお祭りの独特の匂いがした。
「うっし、花火まで時間があるし、なんか食おうぜ。場所取りもしないとな」
「やらいでかっ! 銀次は何食べたい?」
「イカ焼き、焼きトウモロコシ、ポテト、牛串、焼きソバもはずせねぇな」
「おおう、絶対お腹いっぱいになるやつ。ボクは甘いものがいいな」
「型抜きもとかもやってもいいかもな。俺、結構得意なんだぜ」
「ボクも得意。勝負しよっか?」
「いいぜ、そういや斎藤達も祭りに来るっぽいから会えるかもな」
「そうなんだ。浴衣姿を見られるのは恥ずかしいけど、銀次も浴衣だから大丈夫かな」
「アイツ等、ソラを見たらひっくり返るんじゃないか?」
「アハハ、そんな漫画みたいなことないでしょ。それよりも早く屋台を見に行こうよ」
「だな。あー、腹が減る匂いだぜ」
緊張感はあるが、祭りの雰囲気に背中を押される。人の流れはあるが、はぐれるほどではない人数だった。祭りあるあるを話しながら歩きだす二人。屋台が並ぶ通路に入ろうとした時、どこからか盛大に何かが転がる音がした。
「ん? 何の音だ?」
「さぁ、どこからだろ?」
耳を澄ますと「誰か、誰かタンカを!」「ばかやろう、早く苦いものを!」「メディーック!! 斥候が全滅だ!」「ここはもうダメだ。一度立て直す!」とか言う台詞が微かに聞こえる。
「サバゲーでもやってんのか?」
「絵画教室に行く時に河川敷でやってるのは見たことあるけど、この時間にお祭りの横でやらないと思うけどね」
二人で顔を見合わせて首を捻るのだった。
すみません、投稿時のミスで予約投稿してませんでした。消すのもアレなので、このまま投稿します。
次回は月曜日更新予定です。
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