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我慢できそうにないから

 祭り当日。ソラ宅の部屋に入った銀次は頬を引きつらせていた。


「……浴衣を用意してくれているとは聞いたけどよ。なんでこんなに数があるんだ?」


 部屋にはラックが用意されており、浴衣がざっとニ十着は掛けられていた。もちろん用意したのはソラである。帯も五本は用意されている。


「厳選に厳選を重ねた結果だよ。いやぁ、スズと一緒にレンタル浴衣を見てきたからさ。銀次に似合いそうな柄を届けてもらったんだ。サイズはばっちりなはずだから安心してね」


「また、こんな金のかかりそうな……」


「レンタルだけなら安いから! 着つけならボクがするから! お願いだよ銀次!」


 銀次が難色を示すことを予想していたソラは、先んじて目をウルウルと潤ませて銀次に縋りつく。

 演技が入っていることは銀次もわかってはいるが、楽しそうなソラに水を差すこととの葛藤を考えため息をついてソラの頭を撫でた。


「はぁ……半分は俺も払う。次からは俺にも相談しろよ。んで、どれを着りゃいいんだ?」


「ありがと銀次っ! えっと、まずはこっちの浅葱色のやつで。帯はこっちを合わせてみて!」


「おう……着方わからんから、教えてくれ」


「ふっふっふ、任せてよ。男性用の着つけも勉強しているからね。じゃあ、早く脱いで」


「……いや、自分で着るからやり方をだな……」


「恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。これは言わばお手伝いだから、大丈夫、大丈夫だから。ちょっとだけだから、ジュルリ……」


「落ち着け!」


「うにゃっ!」


 手をワキワキと動かしながら近づくソラに銀次のデコピンが炸裂したのだった。

 数分後、途中まで自分で浴衣を着た銀次がソラに手直しをさする形で着つけする。銀次としてはただ立っているだけなのだが、布をめくられたり引っ張られたりとどうにも落ち着かない。


「むぅ、銀次はやっぱり落ち着いた色が似あうなぁ。ここはシンプルにチャコールでいこうかな? その分帯は柄が合った方が良い感じだよね……」


「落ちつかねぇなぁ」


「そう? 体格がいいから似合ってるよ。今度、反物を買って浴衣作ってあげる」


「浴衣まで作れんのかよ」


「意外と簡単だよ。型紙とかもネットにあるしね。ボクの浴衣は自作のやつだし」


 浴衣のたるみを調整しながら、会話が続く。


「マジかよ。すげぇな」


 素直に感心する銀次を見上げたソラは少し照れくさそうに頬を掻いた。


「エヘヘありがと、なんだか銀次から褒められると素直に受け止められるね」


「ソラはもう少し褒められ慣れとけ」


 それから数着を着替え、柄の無いチャコールの浴衣を着た銀次はソファーにぐてっと脱力して座っていた。


「疲れた……時間はまだ大丈夫だな」


 ソラ自身は自分で着つけをすると言って上の階で着替えているようだ。なんとなくだが女性の方がこういったものは時間がかかる気がする。スマホでバスの時刻を確認していると、パタパタと足音がしたので振り返る。


「思ったより早か……」


「浴衣はすぐに着られるからね。むしろお化粧の方が時間かかった……どしたの銀次?」


 落ち着いた色合いの銀次の浴衣とは対照的な、白を基調に朝顔の柄が浮かぶ浴衣姿のソラに銀次は息を飲む。

 薄い化粧であるはずなのに、アイラインが引かれた瞳は涼やかな目元を強調し、耳が隠れる程度のショートカットは少しカールされて女性らしさを訴える。わかっているはずだった。否、わかっているつもりだったのだと銀次は思い知る。振り切って女性の姿をしているソラはあまりに魅力的だと言う事を。完全に自分が見惚れていたことに気づいた銀次は自分の顔に手を当てて息を吐いた。心配そうに顔を覗き込むソラとの距離の近さにドギマギする。さっきまでのやり取りとのギャップもあって、どうすればいいのかわからない。ただ、気持ちだけは真っすぐに伝えたかった。


「見惚れてたんだよ。なんつうか、すごいな、似合ってる。浴衣も化粧も、綺麗だと思うぞ」


 化粧もまた絵の技量が反映されているのだと実感させられる。童顔ゆえに可愛らしさを普段は感じているが、今のソラからは大人っぽさと言えるような色気があった。ここまで変わるのかと、驚くばかりだ。


「ありがとう。フフ……変な銀次。そっちの方が浴衣に合ってると思うけどな。お出かけもう少し待ってね、まだ口紅を引いてないんだ」


「そ、そうか」


 じゃあなんで降りてきたんだ? と銀次が尋ねるまえに襟を持たれて引き寄せられる。

 唇に柔らかな感触。緑がかったヘーゼルアイがこちらを見ていた。ソラが離れる。


「エヘヘ、我慢できそうにないから。今のうちに補給したのです。浴衣褒めてくれてありがと」


 クルリと背を向けて、化粧を仕上げに階段を登るソラ。銀次はドサリとソファーにもたれかかった。


「ったく、もたねぇぜ」


 一方。部屋に戻ったソラは大きく息を吐いた。ベッドに置かれたタブレットには電子書籍で化粧や夏祭りデートについての記事が開かれている。


「やってしまった。浴衣姿の銀次がかっこよすぎてつい……いや、でも、ドキドキしてくれたはず。綺麗って言ってくれたんだし、せっかくの浴衣デートなんだから今日は頑張らないとっ。目指せ大人の女性! だよね老師っ!」


 もし、スズ(年齢=彼氏無し)がその言葉を聞いたのなら『誰がそこまでやれと!?』と突っ込むであろう暴走状態のソラなのだった。

次回は月曜日更新予定です。


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奴隷に鍛えられる異世界生活

― 新着の感想 ―
白地の浴衣とな? 高いソラの城が白雲を纏う、ラピュタやん オールブラックスの目が目が〜〜
ただただ幸せでありがたい話です。 これはいよいよ決まるんですかね? ソラちゃんは決める気みたいですが••• お祭りではナンパ撃退イベント以前に ワ○ピースの覇気みたいに近付く前に バタバタ倒れていく圧…
祭にこんな気合いの入ったソラが行ったら…大量出血中のアザラシをサメの群れに放り込むようなもんと言うか、新鮮な肉をピラニアのだらけの水槽に投げこむようなもんと言うか。まぁ銀次なら大丈夫か。
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