夏祭りへの誘い
「うん、スズは髪色が明るいから浴衣も白系でいいよね。帯は……黄色系かな。どうかなスズ?」
「おぉ~。流石ソラち。可愛い!」
カタログを見ながらスズの浴衣を選ぶソラとそれを興味深く見るギャル二人。
「私等の分まで選んでくれてありがたいっていうか、めっちゃ詳しいね」
「姫様の付き人だもんね~」
中学時代のことを思い出してムツとツッキーがうんうんと頷く。それを聞いてソラはもごもごと口の中で言葉を転がした後、小さく返した。
「今は違うよ。愛華ちゃんの付き人は辞めたって言うか……辞めさせられたって言うか。結果的には自分から辞めるって言ったんだけど……」
「え……そうなんだ」
「なんかゴメンね。ソラの中学の時のイメージが残っててさ」
「ううん。おかげでこんな風に衣装とかを選ぶのとかも覚えられたしね。簪も選んでみようよ」
申し訳なさそうな二人に対し誤魔化すように首を振って、話題を変える。そんなソラに対してスズが大仰な動作で抱き着く。
「わっ、スズ」
「ちゅーか、ソラちの浴衣姿も見たいなー」
顔を真っ赤にするソラを見て、ムツとツッキーもニヤリと笑みを浮かべる。なんならムツは涎が出ていた。
「いいねー。うち等で選んであげようよ……じゅるり」
「賛成っ! ささ、更衣室へレッツゴー」
「いや、ボクは大丈夫っていうか。浴衣ならすでに持っているから……」
ガシっと両脇を抱えられ、ワタワタと力なく暴れるソラだが、二人の力が強く抜け出せない
「いいからいいから。観念するのじゃ!」
「ちょ、スズ、わわわわ」
十数分後。
「……わかっていたけど、わかっていたけど! ジーザス!」
「ダボッとした服装に騙されたよ! 着やせしてたんかい! 顔だけじゃなく、スタイルもS級。そういや、姫様の親戚だったわ! 腰の位置からして違うじゃん」
「……いいモンみた。というか私の方がかなり背が高いのに、カップ数負けてるとか……。まぁ、いいもん見たからいいか。うん、眼福」
着つけも想定された広目の更衣室でソラの着替えを見たスズとツッキーは、更衣室の外で日光を浴びた吸血鬼のように悶え、ムツは満足げに頷いている。着替えが終わり出てきたソラはひどく冷めた視線で三人を睨みつけた。
「勝手に脱がせて、どういうリアクションなのさ……」
オーバーサイズ気味の落ち着いた色合いの浴衣をボーイッシュに着こなし、目深にかぶっていたキャスケットを脱ぐと印象的な大きな瞳に整った顔立ちが現れる。元々の雰囲気と相まって清楚な雰囲気の浴衣姿のソラである。
「あたしはわかっていたけど、帽子を脱ぐと本当に別人みたいだよねソラち。むしろ被っていた意味がわかったよ。一人で街歩きとか危ないレベルだよ」
「そう? あんまりわからないけど、前にも男の人に話しかけられたから注意はしてるんだ」
手櫛で髪の毛を整えながら首をかしげるソラをムツがマジマジと見つめる。
「というか、ソラちゃんって中学の時も前髪を伸ばしてたから、ちゃんと顔見た覚えがないんだよね。いやぁ、これはびっくりだわ」
「中学のソラちゃんを知ってる他の女子は信じてくれないだろうなぁ。別人すぎる。雑誌で見るレベルだよ」
「お世辞はいいよ。落ち着かないし着替えるね」
昔の姿を知っているからこそ、今のソラの姿に驚くムツとツッキー。銀次との出会いを経て、女子として努力しているからこその今なのだが、その過程をしらない者にとっては愛華に押さえつけられていたソラとは別人のように見える。短期間での劇的な変化は、心の在り方も大きく関係しているだろう。ソラ自身は女子として身だしなみには気を使っているものの、いまいち自覚を持っていない為に女子達の反応も素直に受け止めていない。そのまま更衣室に戻ろうとするソラだったが。
「浴衣もめっちゃ似合ってるし、銀次が見たら喜ぶんじゃない?」
スズの一言でピタリと止まる。そして、期待を秘めた眼で振り返る。
「ほんと?」
「いや、普通にそうでしょ。花火大会で浴衣デートすればいいじゃん」
「浴衣デート……さ、誘ったら銀次、喜んでくれるかな?」
「「「当り前じゃん!!」」」
何言ってんだと女子一同よりツッコミが入る。
「うわっ、あ、ありがと。とりあえず、着替えてくるね」
更衣室に引っ込むソラ。それを見たムツとツッキーがスズの肩を掴む。
「……スズ、一応聞くけどソラちゃんの彼氏ってちゃんとした相手よね? これでクズ男だったら私、なにするかわかんないんだけど?」
「今のソラちゃんだったらイケメンだろうと余裕で釣れるだろうね。彼氏さんに興味あるかも、どんな人なの? やっぱ、高身長でモテモテな感じなのかな?」
二人の追及を受けて、うーんと悩むスズ。
「ムツ、肩が痛いから。……何度も合ってるわけじゃないけど、悪い奴じゃないよ。顔はちょっと怖いけどね~」
「ソラちゃんがあそこまで変わるような相手ねぇ」
「浴衣デートか……」
考え込む二人にスズが釘を刺す。
「二人共、何考えてるかなんなくわかるけど、ソラちを邪魔したらダメだかんね!」
「分かってるって」
「そうそう、あたし等だって今年こそ彼氏ゲットために逆ナンしなくちゃだからね。ソラちゃん見てたらやっぱ男欲しいくなったし~」
「よしっ! あたし等も男捕まえる為に花火大会頑張るぞー」
「「おおー」」
そんな風に女子達が話している一方。バイト中の銀次はというと。
「クシュン! あっ、ヤベッ!」
「おーい銀次ぃ! 溶接中はくしゃみは噛み殺せ。危ねぇだろうが」
「すみませんゲンさん。トーチは離してます」
「当たりめぇだ。あと、大分長い時間やってるだろ、休憩入れ」
「うっす。あの、ゲンさん。今日、ティグ溶接の練習してもいいっすか?」
「例の作品のやつか、いいぜ、社長には言っとくよ。水、飲んで来な」
「ありがとうございます!」
作業場から離れた銀次は、マスクを脱いで休憩所ベンチに座るとペットボトルから水を飲む。
「あぁ、暑いぜ」
「悪いな銀ちゃん。急に休みが出たもんでよ、バイト代は色付けるからな。それと、親父から聞いた作業場の練習だけど端材も好きなだけ使ってくれや」
「あざっす」
銀次を見たのか社長の岩崎がやってきて、慣れた手つきで煙草に火をつけた。
「ふぅ、元々は取引先との予定調整に来てもらったのに急に溶接をお願いしたからなぁ。ゴメンよ」
「いいっすよ。練習になりますし、実際に現場見た方が作業のことを先方に説明しやすいっすから」
「まったく、高校生とは思えないね。そうだ、礼といえばいいもんあった。ちょっと待ってな」
まだ大分残っているタバコをもみ消して岩崎は事務所へ引っ込むとすぐに戻ってきた。
「これ、使っとくれよ。お祭りの金券だ。週末のお祭りで使えるから」
いかにも手作りといった券を強引に銀次に渡す。
「祭り? なんかありましたっけ?」
「知らねぇのかい? おととしくらいから町おこしでやってる奴だよ。河の方で花火があがるやつさ。税金対策でうちも寄付金だしてるからね。こういう券が回って来るんだよ」
「へぇ、そういやそんなのありましたね。ありがたくもらいます」
「おう、彼女ちゃんと使ってくれい。さて、もう一服したら俺もいくかね」
「吸いすぎは体に毒っすよ」
「嫁さんみたいなこと言わないでくれよ。家では吸わないからここでだけさ」
「そうっすか。奥さんも心配してくれてるんすよ」
「そうかなぁ。まっ、そんなら今晩は早く帰って、嫁と晩酌するかね」
「いいっすね」
人が良さそうな社長と会話をした後、午後もみっちりと溶接の練習をした銀次は家に帰ってシャワーを浴びた後、ソラに電話した。ワンコールで応答がくる。
『もしも――』
『もしもし、銀次っ! ちょうど電話しようとしたところなんだ』
喜色満面といった声音にクスクスと笑う銀次。
『そうか、気が合うな。そっちはなんのようだ?』
『うん、今日スズとお出かけして知ったんだけど、週末にお祭りがあるみたいなんだ。……一緒に行かない? その、浴衣とか着るからさ。銀次に見てもらいたいんだ』
『おいおい、俺もその件で電話したんだ。今日、バイト先でお祭りで使える金券を貰ってさ。ソラを誘おうと思ったんだ。浴衣か、楽しみにしてる』
『本当に!? えへへ、タイミングバッチリ。流石老師だね』
『老師? 時間あるなら今日のこと話してくれよ。どこ行ったんだ?』
『今日は中央の方まで行って喫茶店とか浴衣のセレクトショップとか言ったんだよ。なんと、今日はスズ以外の女子とも話しました。凄いでしょ』
『へぇ、やるじゃねぇか』
学校では愛華のことがあって女子と全然関わらないソラなので、銀次はそのことを純粋に喜んだ。
『うん、それでね――』
その日の電話は夜遅くまで続いたのだった。
次回は月曜日更新予定です。
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