ギャルに絡まれた
一日銀次を甘やかしてツヤツヤになったソラが、玄関で銀次を見送る。
「お風呂も入っていけばいいのに。バスソルトとかあるよ?」
名残惜しそうに銀次の手を握ってブラブラするソラ。別れたくなくて、俯く。わがままを言っても銀次は受け入れてくれるから、それが嬉しい。
「自転車で帰ったら、汗かくだろ」
「じゃあ、泊まっていけばいいじゃん」
「……まっ、今度の機会だな」
「しょうがないなぁ。じゃ、最後に……」
「ったく。すっかり甘え上手だな」
触れるようなキスをして、最後に銀次の胸元に頭をグリグリと擦りつける。
銀次はソラの頭を優しく撫でた。
「じゃあな。明日はバイトだから、明後日会おうぜ」
「了解。注文した鉄板ができるのも来週だしね。絵でも描いとくよ」
自転車に乗った銀次がいなくなるまで見送ったソラは、大きく伸びをした。
一階の作業場の灯りを付けて、ポイポイと服を脱ぎ捨ててツナギを取り出し着替える。最近やっていたデッサンの練習をしようとしたのだが、銀次と一緒にいたせいか今日は色のあるものを描きたくなった。
「冬期に一般のコンクールもあるし、なにかやっとくかな……」
キャンバスを置いて地塗り剤を並べて椅子に座り、頭の中で下地から考えていく。
舞う埃の音が聞こえそうなほどの静かな時間。幾層にも色が重ねられる。キャンパスの前に座ること数時間、結局ソラは地塗り剤を塗ることなくその日の作業を終えた。成果がなかったわけではない。やりたいことが多すぎた。銀次とのデートを通して自覚した目に見えないものを形にしたいとう想い。それを如何に表現するか、新しい方法か、過去に勉強した技法か。得意な事か、苦手な事か、技術とはまた別の感覚を求めていた。数時間キャンパスの前で座っていたソラは目を閉じて大きく伸びをした。
「うん、決めた」
この日、決まったことは一つ。銀次に自分の気持ちを伝える為の絵を描こうということ。それが一番おもしろそうなモチーフだった。芸術祭に提出するオブジェもそれが目的なのだ。たくさんの人の前に見せる物であっても、一番に伝えたいのは銀次だ。自分はそれでいいと思う。
これで終わりと椅子から降りたソラはツナギを脱いで、一階にもある洗濯機に放り込む。下着姿のままで二階に上がり浴室へ入る。シャワーを浴び念入りに肌のケアをして、部屋着に着替える。冷えた牛乳を一気飲みして三階へ、自室のベッドに倒れ込むとスマホが点灯していた。
「ん? スズからだ」
送り主はスズだった。
『スズ:ソラち、海どうだったー?』
『ソラ:最高だったよ!』
飛び立つロボのスタンプを送るソラ。
『おおう、いいね。それでさ、明日暇? もしよかったら何だけど、駅前でも回らない? 銀次も一緒でいいからさ』
「駅前か……せっかくの夏休みだし、いいよね。友達と遊ぶのとかなかなか無いし……了解、銀次はバイトで難しそうっと」
ポチポチと返信する。
『よかったー、実はレンタルしたい浴衣とかあって、見て回りたかったんだよねー。明日はよろしくー』
「へー浴衣か。そう言えば、随分着てないな。銀次も浴衣似合いそうだよね……」
脳裏に銀次の浴衣姿を思い浮かべる。強面の銀次は大人っぽい格好が似あうので落ちついたグレーや藍色の浴衣を着せてみる。
「おぉ、良き! スズの買い物だけど、男性の浴衣も見れればいいな……エヘ、なんか夏休みっぽくていいなぁ。フフフ、ボクもすっかり女子高生らしくなったね」
これまでの生活を思い出して、自身の成長を実感したソラは満足そうに笑みを浮かべながら電気を消して眠りについた。
翌日、先に待ち合わせ場所についたソラは人込みをさけて街路樹の日陰に入る。ダボッとした長袖のシャツにデニムのサロペット、お気に入りのデカスニーカーを履いてツバ広のキャスケットを被っていた。銀次とのお出かけでは女子らしい恰好を意識していたが、スズとのお出かけということもありボーイッシュで動きやすい格好である。最近は何かと声を掛けられることが多い為、体のラインが出づらく顔がある程度隠れるこの恰好は街の一人歩き用として重宝していた。しばらく待っていると、スズがこっちに手を振りながらやって来た
「ソラち~、ゴメンね。待った?」
Tシャツにカーディガン、ボトムはワイドパンツと可愛らしい格好であった。
「ううん、全然。じゃ、行こっか? どこのお店なの?」
ソラが尋ねると、スズは目線を右に逸らす。
「あー、えーと、ちょっと想定外があって……」
「?」
ソラが首をかしげると、スズの後ろから二人の女子が顔を出す。一人は高身長でおでこの広い女子、もう一人は校則に触れない程度に髪を染めていかにもギャルといった感じの女子である。
「わー、本当に髙城さん! 全然違うじゃん! かわいい~!」
「全然違う。え、おしゃれ、ウチらのこと覚えてる?」
「ふぇ……え、えと」
一瞬パニックになるが、ソラの記憶力はすぐに二人が私立中学時代の同級生だと気づく。スズがすぐに間に割って入った。
「こら~。ソラちが驚いてるでしょ。本当にゴメンねソラち、そこで偶然会ってつい口が滑っちゃって」
申し訳なさそうにしているスズとは対照的に二人の女子はソラに興味津々で口早にしゃべりかけてくる。
「えーだって、スズが楽しそうにしてるから男子とデートかと思えば、あの『姫』の付き人と合うって聞いたんだもん。うちら、中学からエスカレーターで女子高に入って、マジでグレーの生活だから共学に行った子の話しとか聞きたいじゃん。浴衣とかも興味あるし、一緒に見て回ろうよ」
「そうそう、週末に花火大会とかあるしマジタイミング神じゃん。ねね、いいでしょ?」
距離を詰めてくる二人にソラは思わずうなずくが、パニックは継続している。
ギャルだギャルに絡まれた! と心の中で叫ぶソラなのだった。
次回も月曜日更新予定です。
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